第11話 不気味な新天地
──思えば生まれて初めて街を出る。
荒れ果てた道を進み、時折遭遇するゴブリンの残党を蹴散らしながら村正はそのことに気付いた。
毒親のもとで育った村正に家族旅行なんてイベントが起こるはずもなく、また学校の修学旅行などもお金を用意できず不参加。
隣町程度ならそれこそ徒歩でも十分移動可能だったが、村正の世界は狭かった。
手元に偉大なるエロ本があったこともあり、わざわざ遠出をして得たい物も考えつかなかった。
村正は歩きながら崩壊した文明の残骸に目を向ける。
知らない商店、落ちた看板には骨董屋と書かれている。
別の方へと視線を移せば村正の来たことがないゴミ捨て場があり、それも大きい。
ここなら新たなエロ本との出会いもあったかもしれないと、今はもう血で汚れたそれらを無念そうに見つめる。
──今更遅い話だ。
文明が崩壊する前であれば、村正の世界はもっと広がったかもしれない。
しかし今のこの崩壊世界で、どれだけ歩こうと新たな出会いがあるのかどうかも定かではない。
そのことに村正は少し勿体ないことをしたかな、と頬を掻いた。
バトルアーマーが邪魔であったが、痒くて掻いたわけでもない。
ただ未練を感じることすら本心からできていない自分に、なんだかなぁと思ったに過ぎないのである。
時々知らない文明の残骸に目を向け、ゴブリンの残党を片手間で片付けながら。
村正の足は、隣町に入ったであろうことを悟った。
前方から一頭の紅い狼が眼に殺意を宿しながら突撃してくる。
ゴブリンではない、あれこそが村正の求める魔物、ブラッドウルフであった。
確かな境界線など知らない村正だが、遭遇する魔物が変わったことで隣町に入ったと断定したわけだ。
泥棒スタイルの布袋を地面に置き、襲い来るブラッドウルフに村正は1歩前へ出る。
拳を構え、待ち受ける村正のその姿は最初ゴブリンと遭遇した時とは見違えるようだ。
距離を詰めるブラッドウルフが交差するように横を抜ける。
爪が振るわれていた、村正の脇腹に衝撃が走る。
──流石にゴブリンのそれとはわけが違うか。
減ったHPゲージは1割にも満たないが、これでもゴブリン程度なら欠片も減らない耐久性を村正は獲得している。
足の速さも、真正面から殴り合うような真似をしない知性も、一撃の重さも。
すべてが最弱のゴブリンを凌駕している。
だが。
「一撃がこの程度なら、やっぱりここで活動するのは間違いじゃないかな」
再度跳びかかってきたブラッドウルフを、村正はカウンター気味に拳で迎え撃った。
それは歴戦のプロボクサーも吃驚な速さと、重さ。
最初から村正はブラッドウルフの攻撃を受けるまでもなく討伐することはできたのだ。
ただ、一撃の重さを知りたくて1発貰ったに過ぎない。
今の村正の耐久性であれば、よもや即死することなどないだろう、と。
カウンターで振りぬかれた拳はブラッドウルフの脇腹を強く殴打する。
苦痛の悲鳴をあげさせながら吹き飛ばした先で、ブラッドウルフは何度か転がった後、起き上がる。
「一撃で死なない……これもゴブリン以上だ。当たり前だけど」
しかし起き上がったブラッドウルフは既に足を震わせている。
勿論恐怖からなどではない。
むしろ身体に大きな損傷を負おうとも、それをやった村正にブラッドウルフの眼光はより一層鋭くなった。
この場合所詮犬畜生、というよりも、所詮魔物、と言い表すほうが正しいのだろう。
そんな所詮魔物なブラッドウルフは、血を吐いたというのに先程よりも格段に速い疾走で村正に跳びかかる。
今度は交差するようにでなく、取っ組み合い牙で喰らいついてやるという意図なのか真正面から。
「それは悪手じゃないか?」
取っ組み合いで立てられる爪に疾走状態からの一撃のような重さはない。
村正のバトルアーマーの素の強度すら貫通できず、爪はここにきてただのお飾りとなり下がる。
なら牙は脅威かといえば、爪を無視した村正に両手で頭を抑えられ、そのまま地面に叩きつけられ紅い花を咲かせる。
戦闘終了だ。
「ゴブリンより効率は落ちそうだけど、それは仕方ないかな~」
最弱のゴブリンと比較される哀れブラッドウルフ。
村正がここを選んだのは隣接する街で一番低い危険度のダンジョンがここで、他はちょっと無理そうだというのもある、が。
それ以外もブラッドウルフというのは何故か単独行動を好むようで、複数で徒党を組むという真似をしないのだ。
それがなんの矜持からくる行動なのか村正は知らないが、ここにきて「これなら複数でもよかったかな」と当初の警戒を弱めた。
実戦なくして想定を加減することはできないが、実際に戦って村正にもある程度の自信がついたのだ。
るんるん気分で泥棒スタイルに戻り、荒れ果てた道を進む。
これならこの街でも魔石集めは捗るだろうと、命の危険がないポイント稼ぎに村正は上機嫌だ。
1つ、地に落ちる魔石を見つけ、これは運がいいと拾い。
2つ、地に落ちた魔石をまたもや見つけ、いいことあるなぁとそれも拾い。
3つ、4つ……10を超えても未だ散見される魔石を見つけ、村正は悟る。
「……ここにもいるのか、やっぱり」
それは地面の至る場所で魔石が輝きを主張していた。
100や200では足りない。
それこそ1000という数あるのではないかというほど、回収されていない魔石が山と転がっていた。
探索者ならあり得ないことだ。
彼らは魔石でポイントを得て、戦力を強化するのだから。
もちろん村正がゴブリンの魔石を放置したように、もう要らないと弱い魔石を回収しないことはあるだろう。
しかしそれなら、こんな狭い範囲だけで1000を超える魔物をわざわざ狩るものか?
先も述べたが、ブラッドウルフは単独を好む。
これら魔石がブラッドウルフのものと仮定して、一度にこれほど集まることなどまずないだろう。
つまりこれらは、狩られたブラッドウルフが魔石に変わった後、新たに現れた個体を狩って、狩って、狩り尽くした結果生まれた惨状ということだ。
「ここはヤバそうだ」
今は姿が見えないが、ここにはこの惨状を作り出したナニカやばいモノがいる。
探索者でないのならそれは魔物で間違いなく、村正の頭には既にそういうことをする異常個体の情報がある。
キングと同じ覚醒個体が、この街にも存在するのだ。
わかってはいた、だが確信はなかった。
村正がダンジョン支配権を獲得する条件が覚醒個体撃破だったが、他所のダンジョンでもそうとは限らないし、すべてのダンジョンでその特典が用意されているとも限らない。
いないところにはいないのではないかという願望が、村正にはあった。
──所詮願望……そりゃそうか。
魔石も拾わず、足早にその場を立ち去りながら自身の中で弱まった警戒が最初より格段に強まるのを村正は自覚した。
彼は考えたくなかったのだ。
最弱のゴブリンですら、覚醒個体はここのブラッドウルフなど手も足もでそうにない怪物級だったのだから。
それが危険度が2つ跳んだこの街で、同様に覚醒個体がいるなどと信じたくない冗談だ。
それでも足を止めず遭遇するブラッドウルフは撃破して村正は進む。
警戒は強めたが撤退などという言葉は存在しない。
そもそも村正に言わせれば撤退する場所などない。
獲得したダンジョンでさえ、いつ女神に没収されるか怪しいものだと、他人を無条件で信じられない村正は進むしかないのだ。
それに……。
「……この街、静かなんだよな。覚醒個体がいる感じなんてしないんだけど」
村正の培われた戦場での察知能力が、絶対強者の存在を否定するのだ。
ゴブリンキングなど遠く離れたビルの上からでもその威容を感じとれたというのに。
もしや既に誰かが討伐した後なのでは、と思うほど、その街は静かだった。
ブラッドウルフとの遭遇率からして、それはないとわかってはいるのだが。
「やっぱり女神の関わることは意味不明だ」
殺戮の痕跡。
静かな街。
不気味な空模様を見上げて村正は息を吐く。
そんな彼を、遠く塔の上より見つめる視線があることには気付かずに……。




