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クロユキ姫と七人の異世界恋人  作者: 水上栞
第二幕 ◆Grumpy(おこりんぼ)@獣人の王子ユリウス
8/12

■第一話 セクシーなシックスパック、ゴチです!


 気がついたらそこは、森の中だった。周囲には横転した荷馬車、そしてそれらに積まれていたのであろう荷物が投げ出されている。


「クロユキ、逃げろ!」


 頭から血を流した中年男性が、私に叫ぶ。どうやら私たちは何者かに襲撃されており、そのうちの一人が私に迫っていた。手には大きなナタ。自分が誰なのかもまだつかめていないが、大変よろしくない状況ということは理解できる。


 しかし、逃げようにも足が動かない。恐怖ですくんでいる上に、さっき傷めたらしく足首に激痛が走る。どうしようかと狼狽えているうちに、ナタの男が私を押さえつけて腕を鷲掴みにした。痛い、怖い、せっかく転生したのに秒で殺されるなんてイヤ!


 その時、私を襲っていた男の体がいきなりポーンと宙を舞った。何が起こったのかわからず、辺りを見回してみれば、誰かが襲撃者たちをバッタバッタと倒している。


「おう、もう片付いたぜ、出てきな」


 数分後、その声を聞いて、馬車の影に隠れていた人々が恐る恐る顔を出す。そこには、年のころ20代半ばと思われる男が立っていた。


 男は身の丈2メートル近い長身で、がっちりとした逆三角形。しかし何より目を引いたのが、たてがみのようなフサフサの髪から覗く、立派な丸っこい耳である。よく見るとはだけたシャツの隙間から、髪と同じ赤銅色の胸毛がファサ〜っと。えええ、それってもしかして!


「なんだ? 獣人族を見るのは初めてか?」


 モフモフ、キターーー! そして私の記憶も流れ込んでキターーー! 私は商人の娘で、父と共に隣町へ仕入れに出かけた帰り道、盗賊に襲われたのである。さっき頭から血を流していたのは私の父で、ハンカチで頭を教えながら獣人の男に礼を述べている。


「助けていただいてありがとうございます。私はこの先にある街で商店を営むエルマと申します」


「俺は、ユリウス。故郷に帰る旅の途中だ」


 あっ、彼が誰だかわかった! 「バンジージャンプしたら異世界で本気マジ恋しちゃいました(略して「バン恋」)」に出てくるサブキャラで、主人公の恋人のライバル役、ライオンの獣人ユリウスだ。読み専なめんな、サブでもいい男なら全部記憶しとるわ!



 その後はお約束のように、命の恩人を我が家へ招待してもてなす流れになったのだけど、私の役どころが全くわからない。こんなシーンは原作にはなかったはず。


 ユリウスは獣人国の王子で、修行の旅の途中で主人公の恋人ジークムントに出会った。そこで腕試しの対決をすることになり、ガチ勝負で引き分けたユリウスは、これを節目に親父(国王)の跡でも継ぐかと帰郷を決心する。現在はその対決の前なのか後なのか。確認するために私は探りを入れてみた。


「すごく強いのでびっくりしました。きっと厳しい修業を積まれたのでしょうね」


 客人をもてなすため設けられた宴の席で、私はユリウスに酒を注ぎながらそう尋ねてみた。原作のイメージ通り、腕っぷしも強いが酒も強い。


「おう、5年ほど世界を回って強い奴らと闘って来たぜ」


「まあ、すごい。その中でいちばん強かった方は、どなたでしたか?」


「ふっちぎりでアラニス王国のジークムントだな。あいつとは、とうとう決着がつかないままだ」


 なるほど、だったら「バン恋」でユリウスが登場するのは対決の場面だけなので、時間軸としてはその後ということだ。どっちにしても、メインストーリーにはかすってもいない。これはユリウスが主役のスピンオフであり、私は本編では影も形もなかった超モブと考えた方がよさそうだ。


 そうなると、動き方は自由自在。私がストーリー作っちゃっていい、ということになる。すいません、原作者さん。クロユキはっちゃけます! だって、さっきから視界に入っている、バキバキに割れた腹筋の見事なこと!思わずよだれが垂(自粛


 もちろん、かっこいいのは腹筋だけではない。我が家にたどり着き、ユリウスに旅の疲れを癒してもらおうと風呂を沸かしたら、上半身裸のまま出てきてウロウロするんだもの、彫刻のように美しいマッチョなボディが嫌でも目に入り、もう眼福で仕方ない! 歴戦のファイターらしく体中に傷があるけど、それさえもかっこよく見える。



 ひとつだけ不思議なのは、私の感情だ。前の世界であれほど悲しかったハインフリートとの別れが、すっかりどこかへ消えている。記憶ははっきり残っているのに、人ごとみたいというか、まるで小説の読後感のようである。


 もしかするとこの転生は、「小説家になっちゃいな」のシステムとシンクロしている可能性がある。転生した世界で過ごした記憶が、次の転生後は自動的に読書体験へと変わり、感情移入が解けてしまうのではないか。



 まあ、考えても仕方のないこと。とりあえず私は、「バン恋」の世界観の中に、野放しのキャラクターとして転生してしまった。さあ、これからどう生きようか。このまま普通に暮らしていけば、ひとり娘なので婿を取って父の商店を受け継ぐだろう。しかし私はもちろん、そんな展開は望んでいない。


「ユリウス様、せっかくですからこの街でしばらくゆっくりして行ってください。助けていただいたお礼に、私が案内いたします」


 そう、私はユリウスを恋の相手としてロックオンしたのだ。だって、こんなにセクシーダイナマイトな男、そんじょそこらじゃ見つからない。しかも、国に帰れば次期国王なんだよ。最高すぎるだろ!


 もちろん、家族は好きだし友だちも大切だけど、田舎の小さな街で一生を過ごすより、王妃のほうがゴージャスで楽しいに決まってる。うん、ユリウスにくっついて獣人国へ行こう。



 ただ、問題は私のスペックだ。さっき鏡で自分の姿を見たら、そこにはなんとお子ちゃまが映っていた。年齢はまもなく13歳、身長は140センチほどで、焦げ茶の髪にサファイア色の瞳。アイドル系の可愛い顔立ちではあるものの、ローティーンではさすがに色仕掛けは難しい。


 そこで、私は幼いことを逆手に取って、あまえんぼ作戦でアプローチすることにした。ユリウスは悪い奴らには容赦ないが、子どもや弱い人たちにはめっぽう優しいのだ。私は上目遣いでユリウスを見上げた。


「来週、中央広場に市場が建つんです。よかったら一緒に行きませんか? たくさん屋台が出ますし、格闘の大会もありますよ」


「なにっ、格闘大会」


 おお、思った通りのってきた。ユリウスは戦闘マニアである。読み専の知識チートありがとう。私はさらにプッシュした。


「優勝者は賞金がもらえるんですけど……、きっとまた今年も同じ人だろうな」


 ぼそっと呟いた言葉に、ユリウスのケモミミがピクピク動く。わかりやすいな、このライオンちゃん。


「どういうことだ」


「アーロンっていう人が、毎回優勝するんです。お代官様の用心棒をしていて、すごく強いの」


「ふんっ」


 耳がピクピク、ピクピク。「すごく強い」に反応してる。そして翌週、私が思ったとおりユリウスは格闘大会にエントリーし、ぶっちぎりで優勝を手にした。


 ユリウスはその賞金で私にお菓子と新しい靴を買い、父と母にも「宿代だ」と言って、かなりの額のお金を渡した。いくら王子だといっても今は身一つ、故郷に帰るには路銀もいるだろうに。ほんと、いい男だわ、ユリウス。


 おまけに、優勝をかっ攫われたアーロンの一味が、逆恨みして帰り道で襲ってきたけれど、それもユリウスは背中に私を庇いながら素手でやっつけた。相手は束になったやくざ者、しかも刃物を振り回していたのに。


 ほんと、強い。かっこいい。そんなのを目の当たりにして、惚れない女がいるだろうか(いや、いない!←脳内で大絶叫)もう私決めた! 絶対にユリウスのお嫁さんになってやるんだから!



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