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クロユキ姫と七人の異世界恋人  作者: 水上栞
第一幕 ◆Sneezy(くしゃみ)@皇太子ハインフリート
3/12

■第一話 婚約破棄と言えば、ピンクブロンドだろ!


 目を開けると、見知らぬ天井があった。おお、いよいよ来ちゃったのかな、異世界。心臓がバクバク鳴っているけど、そこは筋金入りの読み専。まずは状況の確認からだ。


 とりあえず天井があるってことは、室内なんだろうけど、なんだかボロっちいの。雨漏りのシミがあるし、寝ているベッドも硬くてきしんでいる。起き上がって周囲を見渡すと、10畳くらいの質素な寝室で、それなりに女性らしく飾られてはいるものの、どう見てもお金持ちではなさそうだ。


 初めての異世界が貧乏スタートと知り、ちょっとがっかりしたところで、壁にかけられた鏡を発見した。そうだ、どんな容姿に生まれ変わったのか、最も重要なチェックをしなくては。裸足のままベッドを飛び出し、鏡の前に立った私の脳内で、福引の大当たりサウンドが炸裂した。


「こ、これが、かの有名なピンクブロンド!」


 異世界恋愛やファンタジーで、たびたび登場する現実にはありえない髪色。その中で最もガーリーで糖度が高いのが、ピンクブロンドである。私はそんな髪色に生まれ変わってしまった。しかも、透き通るような白い肌にアクアマリンの瞳、エクステみたいなまつ毛と、花びらのようなくちびる。要するに、どえらい美少女なのだ。


 これはなにかの間違いなのではと、ゴリラの変顔をしてみた。鏡の中の美少女もゴリラになっている。間違いなく、これが転生した私の姿だ。イエス、イエス! ちょっとくらい貧乏でも、この見た目なら玉の輿が狙える。それにしても、私はいったい誰なんだ?


「お嬢様、お目覚めでしょうか」


 鏡の前で首をひねっていると、ドアの外から女性の声がした。お嬢様って言ったよね。ということは、私は上流階級の令嬢で彼女がメイド? 待て待て、これは自分が誰なのかを知る絶好のチャンスだ。ダテにたくさん小説を読んでいるわけじゃない。読み専の知識を最大限に生かさねば。


「どなた?」


「何言ってんですか、アリスですよ。お嬢様を起こしに来るのは、私しかいないでしょう。開けますよ!」


 言い終わらないうちにバーンとドアが開き、ガタイの良い中年女性が入ってきた。そして手に持っていた洗面器を台にセットすると、ガタガタする窓を器用に開けてベッドのリネンを整えだした。


「ほら、さっさと顔を洗ってください。もう男爵と奥様は食堂でお待ちですよ」


 貴族の召使にしては、やけに荒々しい。しかし、彼女の大雑把にまとめた茶色い髪や、年季の入ったエプロンを眺めているうち、体の中でおかしな感覚が生まれるのを感じた。えっ、何これ、気持ち悪いんだけど。自分の体がスポンジで、そこへ水が染み込んでくるような感じ。もしかしてこれは……


――記憶が流れ込んでくるってやつ?


 ビンゴだった。その感覚が途切れたとき、私は自分が何者であるかはっきりと認識していた。「小説家になっちゃいな」から書籍化された名作「婚約破棄された公爵令嬢ですが、隣国のイケメン王子とラブラブ♡ハリケーンです(通称ラブハリ)」のサブキャラ、チェルシア・スタンホープ男爵令嬢だ。年齢はぴっちぴちの16歳!


 異世界恋愛では鉄板とも言える、パーティー会場での婚約破棄。皇太子の後ろで震えている、身分の低い貴族令嬢が私である。ピンクブロンド、ようやく納得した。王道中の王道だわ。しかし、どうして私がその小説のキャラクターに? そう考えたとき、転生管理局で聞いた声が蘇ってきた。


――大丈夫、きっとあなたの知ってる場所です


 そういうことかーーーー!!!


 私は過去に自分が読んだ小説の世界に転生したのだ。ジャンル選択も、タグ付けも、そのためだったのね。そこまで理解したところで、私は重大な問題に気づいてしまった。


「ラブハリ」の中でチェルシアが登場するのは、前半のわずかなシーンのみ。皇太子が主人公である公爵令嬢に婚約破棄を宣言し、留学という名目で隣国に追放してしまう。私はそこまでのチョイ役である。物語の本筋は追放された主人公のサクセスストーリーなので、その後のチェルシアはどうなったのか知る由もない。皇太子と結婚してハッピーエンド、それとも……


「お嬢様、お支度は済みましたか? さあ、参りますよ」


 アリスに急き立てられ、一階の食堂まで降りていくと、おそらく40歳前後と思しき両親が、お茶を飲みながら私を待っていた。


 父は小太りで見るからに善人そうな風貌、髪は私ほど鮮やかではないが濃いめのピンクブロンドで、どうやらこの髪色はスタンホープ家の遺伝らしい。そして、母からは顔立ちを受け継いだらしく、ぱっちりお目々のお人形さん系である。ありがとう、母方のDNA。


「おはようございます、お父様、お母様」


「おはよう、クロユキ」


 え、何でクロユキ? そりゃ中身はクロユキだけど、この世界での名前はチェルシア・スタンホープのはず。主人公補正ってやつなのかな。この姿かたちでクロユキって、激しく違和感あるんだけど。


 でもまあ、前世の半分の年齢になれたし、めちゃくちゃ可愛いし、一応貴族令嬢だから働かなくてよさそうだし。とりあえず転生は成功の部類に入るのかな。


 ただし、生活環境は非常によろしくない。寝室の設えも悲惨だったし、朝食のテーブルには硬い全粒粉のパンと茹でたじゃがいも、ちょっぴりのバターとミルクが並んでいるだけで、とても男爵家の食卓とは思えない質素さなのだ。ああ、銀シャリと明太子が食べたい!


 それでも不満や疑問をおくびにも出さず、貴族令嬢らしく静々と食事を終えると、父から声をかけられた。何やら深刻そうな表情である。


「クロユキ、あとで私の書斎に来なさい。大切な話がある」


 おっと、何やら物語が動き始める予感。ならばその前に、いま物語のどのフェーズなのか、きちんと確認する必要がある。それが明らかになれば、今後の身の振り方がわかろうというもの。


 初めての異世界ではあるけれど、世界観とシナリオはすべて頭に入っている。首尾よくサバイブしてやるさ、読み専なめんな!



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