■第四話 もしかしてラスボスさん、幕末の生まれですか
その日から私は、やけにザックのことが気になるようになった。私たちは、基本的に山道や森は徒歩、大きな街道であれば馬車を雇うこともあったが、隣にザックが来るとドキドキする。何だ、この甘酸っぱい感覚は。
ずっと仲間としてしか意識していなかったのに、うっかり彼の人柄や思いやりに触れて、おかしなスイッチが入りそうになっている。もしかしてこの世界での恋って、タケルではなくザックが相手なの?
でも、だめだ。いくら夫婦仲がこじれているとはいえ、彼は既婚者。そして私にも表向きではあるが、結婚を誓った相手がいる。一致団結しないといけないパーティーなのに、皮一枚めくれば中身はグチャグチャなのが辛い。
それでも私たちは旅を続け、いよいよ最後の野営となった。明日の朝には最終目的地であるダンジョンに突入する。この日は早めに食事を済ませて、各自睡眠をしっかり取ることにした。
「クロユキ、もう少し食っておけ」
ザックが肉入りのスープを私のボウルに継ぎ足した。さすがにあと数時間で決戦だと思うと、緊張して食事が喉を通らない。それでもダンジョンでは私の暗視やマッピングが皆の命に関わる。なんとしても、体力をつけておかねばならないのだ。
「ありがとう」
日持ちのする根菜類と、よく叩いて柔らかくした干し肉、とろみの出るオートミール、そこへ摘みたてのハーブを散らした、食べやすく栄養たっぷりのスープだ。
火の側の小さな鍋の中には、山の中で摘んだベリーのコンポート。ザックはそれを食事の後に、デザートとして出してくれた。ベリーの酸味が疲れを回復させ、程よい甘さがリラックス効果を促す。
今までは単純に、料理が上手いんだなと思うだけだったが、その美味しさは彼の真心によるものだと改めて気付かされる。彼は常にチームの現況を見守り、体力が落ちている者には消化しやすいものを、筋肉増強したい者には脂質の少ない肉を。その細やかな気遣いは、まさにオカン系男子……。
(結婚するなら、間違いなくこういう男がいいわ)
心の声が出そうになるのをグッと抑え込み、私はありがたく料理をいただいた。しっかり食べたので、明日は存分に戦えそうだ。私は満天の星空を見上げて神に祈りを捧げ、安らかな気持ちでテントへ入った。
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そのダンジョンの入口は、深い岩の切れ目の中にあった。緊張しながら狭い隙間を一人ずつ進むと、薄暗い洞窟につながっており、そこから悍ましい瘴気が溢れ出ている。
「浄化」「明燈」「暗視」「マッピング」
暗いダンジョンに必須の補助魔法を発動し、岩に穿たれた通路を進んでいく。先頭にはザック、その後ろにタケルが続き、私と爺様を挟むようにジェシカが最後尾を守る。
最初に出てきたのはソニックバットで、タケルがうっかり踏み込んだ横穴の天井に、びっしりとコウモリ型の魔物が張り付いていた。一匹ずつは大したことないけど、うじゃうじゃ数が多くてキモいんだよね。
「こいつら、引きコウモリ?」
タケルの「天然(すべり芸)」が炸裂し、ボタボタとソニックバットが落ちてきた。お笑いの舞台でやったらハリセンもののショボいネタだが、なぜか魔物にはよく効く。とりあえず不戦勝に気をよくした我々は、そのままどんどん深部へと進んだ。
苦戦し始めたのは、地下6階あたりからだ。魔物のレベルは倒せないほどではなかったが、何しろトラップが多い。そしてタケルがいちいちそのトラップに引っかかっては、なぜかギリギリで躱してしまう。メンバーにとっては、毎度ではあるがメンタルをすり減らす道程であった。
しかし、術者の私としては非常に戦いやすい。ザックが的確に攻撃を散らしてくれるので、安心して術の発動に集中できる。きっと爺様も同じだろう。ザック最高、もう認めてしまおう。私はザックにフォーリンラブ♡だ。
「ち・よ・こ・れ・い・と」
危機が訪れたのは、地下9階。下に降りる階段が見つからず苛立ったタケルが、悪ふざけでグリコのじゃんけん遊びを始めてしまった。そしてチョキの手をしてステップを踏んだとき、我々の視界から彼の姿が消えた。おーい、勇者、どこへ行った!
幻影系の攻撃かと周りを見回してみたが、何の気配もない。やがて、床の下から微かにタケルの声が聞こえてきた。
「集音」
私が音を拾ったところ、どうやら階下へはトラップに飛び込むことで行けるらしい。強運なのかアホなのか。さすが天然勇者。
「みんな、ちよこれいとでやってみな! ぱいなつぷるじゃねえかんな!」
このダンジョン、絶対に転生者が設計しただろ。しかしあれこれ考えていても仕方ない。私も昔よくやったグリコの掛け声を、久々に唱えてトラップに飛び込んだ。
「浮遊」
尻餅をつくと痛そうなので、補助魔法でふわふわ落ちると、目の前にとんでもない光景が広がっていた。なんと、そこがボス部屋だったのだ。広い石造りの部屋の中央に寝そべって、瘴気の源だと思われる紫色のガスを吐いているのは……ええっドラゴン????
そして、何とタケルはそのドラゴンを背景に、まだしぶとく持っていたらしいスマホで自撮りをしようとしている。危ない、タケル、うしろうしろ〜〜〜!
「やりぃ、このために電源切って、あと5%だけ残しといたんだよ」
いやいや、そんなの撮ったって、どこのSNSにアップするんだ。ドラゴンは鱗を煌めかせながら、ゆっくりと立ち上がろうとしている。うわー、タケルが喰われる!
「カシャッ」
今となっては懐かしいシャッター音が聞こえたその瞬間、信じられないことが起こった。ドラゴンの体が揺らめいたのだ。そして苦しそうに首を振って悶えている。
「カシャッ、カシャカシャカシャ」
さらに調子に乗ったタケルが連写すると、ドラゴンは崩れ落ち、動かなくなってしまった。さっきまでこの部屋を満たしていたガスも、既に放出が途切れている。
「ねぇ、これって……」
一同しばらく遠巻きに眺めていたが、やがてザックが近づき、ドラゴンの脚にバトルアックスで一撃をお見舞いした。しかし、ピクリともしない。
「死んでいるようだな」
それを聞いて、タケルが素っ頓狂な声を上げた。手にはまだスマホを持っている。
「えええええっ、死んじゃったのかよ、マジか! 動画も撮るつもりだったのに!」
だから、誰に向けて配信するんだよ。バカまるだしのタケルは放っておいて、なぜ写真を撮ったことでドラゴンの息の根が止まったのか考えてみた。すると前世で聞いた言葉が、記憶の中から蘇った。
「昔の人は、写真を撮ったら魂を抜かれるって信じてたんだって」
もしかしてそれかも。ドラゴンは何千年も生きるので、きっと私たちから見れば超老人。それを文明の道具で撮影したことで、魂を抜かれてしまったのではなかろうか。いいや、きっとそう。ファンタジーだから、そういうことにしておこう。
その後、せっかくラスボスを倒したのに、いまいち喜んでなさそうなタケルを引きずって、私たちはダンジョンから脱出した。ちなみにボス部屋には大きな宝箱があり、古代の遺物が詰まっていた。これは国王への良いおみやげになる。
私はそれらのお宝とドラゴンの死体を、聖女チートでやたら容量の大きなアイテムボックスに収納し、近くの街へと引き上げた。とりあえず、お風呂に入って飽きるほど寝て、それから次なる作戦に移るつもりだ。
任務遂行は聖女として最優先ミッションだったが、一人の女性クロユキとして、落とし前をつけるべきことが残っている。私は国王である父に宛て、ラスボス討伐の報告と「あるお願い」を手紙で送り、泥のように眠った。
戦勝を祝う言葉とともに、娘の願いをかなえる文言の入った文書が、王室印付きで届いたのはそれから数日後。私たちが現在いる場所は、王都まで徒歩なら約一カ月の距離だが、各地の騎士団や自警団が馬車を出してくれるそうで、かなり楽な道中になりそうだ。
さらには、国を救った英雄たちを祝うため、王室が各地に最上級の宿を手配してくれたらしい。こういう場合、すぐにはっちゃけるのがタケルだ。私の父への「お願い」は、それを予測してのことである。
イベント好きな父母は、今ごろノリノリでアップを開始しているだろう。嘘つき勇者め、せいぜい今のうちに楽しんでおくことだな。




