■第二話 ピュアラブの舞台裏で、ゲスい◯◯が……
事態が動いたのは、それから三日目の夜。私たちは道中に出没する魔物を倒しつつ、ラストダンジョンへと歩を進めていた。
その日は小さな村の教会に泊めてもらい、粗末だが清潔なベッドでぐっすり眠っていたのだが、夜中に何やらゴソゴソと音がして目が覚めた。どうやら隣のジェシカが起きて動いているようだ。
私は寝たふりをしながら、サブスキル「暗視」を発動した。半径5メートルくらいしか効かないオマケのスキルだが、暗いダンジョンの中では役に立つのだ。ジェシカは脱いだはずのビキニを身に着けようとしており、私はそれを見てピンときた。
(キスマークの相手に会いに行くのね)
マジか、オラわくわくすっぞ! もちろん、こんなチャンスを逃すはずはない。私はジェシカが部屋をこっそり抜け出したのを確認すると、これまたサブスキルの「隠行」を自分にかけて後をつけた。私は攻撃魔法こそ不得手だが、補助系はかなりの数持っているのだ。
ジェシカは教会の裏手に回ると、納屋に入って行った。そこが密会場所なのだろう。私は「集音」を発動し、中の声を盗み聞きすることにした。悪趣味なのは承知だが、好奇心には勝てない。耳をそばだてていると、次第に男女の声が明確に聞こえてきた。
「ちょっとぉ、さすがに教会でやるのは罰当たりなんじゃない?」
「だいじょぶ、だいじょぶ。俺、ブッキョーだから」
「はぁ、ブッキョーって何」
「俺の国の宗教だよ、ジョードシンシューっていうやつ。神様とは無関係だから問題ナッシング」
私はその声を聞いて、フリーズした。ジェシカの相手はザックでもなく爺様でもなく、まさかのタケルだったからだ。聞き間違いなどではない。所々に入る頭の悪そうな日本語がその証拠だ。私はパニックになって、その場から逃げ出した。
しばらく走って裏庭の大きな木の根元に座り込み、興奮状態が収まるのを待った。タケルに対する恋愛感情はないので、失恋という意味でのショックはないが、裏切られた怒りは大きい。第一、同じパーティー内で決戦を控えた大事な時期に、メンバーが乳繰り合っているのは言語道断である。
ましてや、タケルは王女である私と婚約をしている立場だ。国王に誓って結んだ縁であり、軽々しく浮気なんぞできる状況ではない。それは本人もわかっているだろうに。なぜそんな危険な橋を渡るのか。
そこで私は立ち上がった。もし、彼らが本気の恋をしているのなら、私は潔く身を退くつもりだ。しかしそうでないなら、キツめのお仕置きをせねばなるまい。でないと、タケルを本気で愛した原作のヒロイン、イザベラが不憫すぎる。
私はさっきの納屋に戻り、屋内の様子を探った。特に激しい動きはないようなので、たぶん既に事後(察してね)なのだろう。再び集音のスキルを発動すると、二人が囁く声が聞こえてきた。
「最近、クロユキが塩なんだよ」
「塩?」
「なんか、そっけなくてさ。もしかして俺たちのこと、バレてんのかな」
げっ、私のこと噂してる。教えてやろうか、ついさっきバレたところだよ! よほど戸を蹴破って現場を押さえようかと思ったが、理性を総動員して踏みとどまった。ラスボスとの最終決戦まで、チームの和を乱すわけにはいかない。
「ええ〜、ちゃんと捕まえとかなきゃダメよ。あんたには、王族になってもらわなきゃ困るんだから」
「わーってる、って。ちょっと拗ねてるだけだろ。あいつは俺にぞっこんLOVEなんだからさぁ」
ムカついてこめかみがピクピクするけど、覚えはある。世間知らずのイザベラは、一目惚れしたタケルを追いかけ回して、彼を運命の王子様だと信じて疑わなかった。原作ではピュアな愛のように描かれていたが、実際は二股されていたわけだ。
「頼んだわよ。お屋敷と馬車、ドレスや宝石がいっぱいのクローゼット。それが私の夢なんだから」
さらにムカつくのが、この女だ。ジェシカは王女と結婚したタケルの愛人となって、贅沢三昧の暮らしをするつもりらしい。そうはさせるか、お前ら覚えとれよ!
私は鼻息荒く、その場を去った。甘いラブロマンスだと思っていた小説の裏側で、こんなゲスいNTRが進行していたなんて。タケルは表向きは誠実な婚約者を演じていたので、原作通りなら、ラストシーンで私たちは結婚式を挙げる。今回はないけどね、絶っっっ対に!
激おこ状態を内面に潜め、宿舎に戻るとザックと爺様が私を待っていてくれた。出て行ったのを気付かれていたようだ。何と言い訳をしようか考えていると、爺様がしわがれた声で慰めてくれた。
「知ってしまったんだな、クロユキ」
えっ、もしかして私だけが知らなかったやつ? きっと私に気を使って黙ってたのね。ありがたいとは思うけど、傍から見れば私はさぞマヌケだったでしょうね。
さっきまでは荒々しい気持ちだったのに、今度は急にいじけてしまい、私はポロポロ泣き出してしまった。かっこ悪い、悔しい。別に好きな男ではないけれど、裏切られるのは精神にダメージがデカい。
「辛抱したんだろう、偉かったな」
小柄な爺様が、背伸びして頭をヨシヨシしてくれて、私はさらに涙が止まらなくなった。そこへザックが、紅茶の入ったカップを持ってきてくれた。ふわりと漂うブランデーの香り。一口すすると、蜂蜜の甘さが舌に広がった。
「それを飲んで、寝ろ」
いつも淡々とした語り口の男だが、今夜はその素っ気なさが癇に障る。私は思わず、剣を含んだ言葉をザックに投げつけていた。
「……眠れるわけないじゃない。他人事だからって、簡単に言わないでよね」
ザックはしばらく黙っていたが、「悪かった」とだけ残して男部屋へと消えた。その姿がすっかり見えなくなってから、爺様がバツの悪そうな顔で、私に打ち明けた。
「あのな……、ジェシカはザックの女房なんじゃよ」
びっくりしてカップを落としそうになった。ジェシカとザックが夫婦? 婚約者持ちの男と、人妻? とんでもないな、あいつら。ていうか、さっきザックにひどいことを言ってしまった。私なんかより、配偶者に裏切られた彼の方が何倍も辛いだろうに。
「悪いのは、考えなしのバカどもじゃ。それでも、儂らは共に力を合わせて成し遂げねばならんことがある。クロユキ、すまんがもう少しだけ我慢してくれ」
「ごめんなさい、私」
「いいんじゃよ、ザックもわかっとる。それより、そろそろベッドに入んなさい。奴らが戻ってくる前にな」
爺様に促されるまま、私はベッドで横になった。もちろん眠れなどしない。ジェシカは、それからしばらくして戻ってきて、ビキニを外して何事もなかったように寝た。
それを見ていると、現場を目撃した時よりも強い怒りがわいてきた。ダンナがある身で、しかも一緒のパーティーにいながら、よくもそんな平気な顔で浮気ができるものだ。同じ女として許せない。ザックが気の毒だ。
そんな眠れない夜を過ごした翌朝、寝不足でショボショボした目をこすりつつ、私は教会の聖堂へと足を運んだ。聖女である以上、神への祈りは大切なお勤めの一つであり、これを怠ると神聖力が発揮できない。私が祈りを捧げていると、突然おかしな感覚が背筋を走った。
「うわ、なに、気持ち悪い」
この感覚は、知っている。誰かが私に「鑑定」をかけたのだ。普通なら気づかないが、同じ鑑定持ちの場合は独特の感覚があるので一発でバレてしまう。
私が振り返ると、聖堂の入口から神父が覗いているのが見えた。でっぷり太って、ちょっと神職にしてはギラついた感じのオッサンだ。
「あっ……」
私と目が合うと、慌てて逃げようとする。王女であり聖女である私を、興味本位で鑑定したところ、サブスキルに鑑定を見つけ、これはヤバいと思ったらしい。しかし逃がさん。私はヨタヨタ走る神父の背中に向かって魔法を撃った。
「スタン!!!」
瞬間、全身がしびれて神父が地面に這いつくばった。もうマジでキモいんだけど。前世で言ったら、盗撮とか更衣室の覗きに匹敵するキモさだ。このまま村の自警団に突き出してもいいが、私の頭にある考えがひらめいた。
確かにキモいオッサンだが、私のレベルでは開けない「▷さらに見る」を見られるくらいだから、鑑定のスキルはかなりの上級者だと思われる。信者のプライバシーを覗きまくった結果なんだろうが、そのムダに高い能力、私が有効に使ってやろうじゃないか。へっへっへっ(黒い笑い)




