■第二話 異世界、なんか思ってたんと違う?
どれくらいの時間が経っただろう。意識がだんだんと鮮明になるにつれ「もしかして本当に異世界への転生が成功したのでは」という確証が深まり、心のなかで小さくガッツポーズをしたのも束の間、どこからか男性の声が響いてきた。緊張感のかけらもない、間延びした声だ。
「えっと、黒田美幸さんですか」
「あっ、はい、そうですけど」
急に質問を振られて、反射的にそう答えた瞬間、眼の前になんだか見覚えのあるドアが出現した。これって、オフィスによくある会議室のドアじゃない?
白い光の世界に不似合いな会議室のドアを、不思議な気持ちで眺めていると、再びやる気のない声が私に呼びかけた。
「今から面接を始めるんで、中に入ってもらえます?」
なにこれ本当に異世界? 普通は白い服を着た神様っぽいお爺さんとか、超絶きれいな女神様とか、そういう異世界の偉い人が飛ばされた理由を教えてくれるんじゃないの? 混乱する頭でぐるぐる考えていると、声の主がため息まじりに私を促した。
「……黒田さん、後がつかえてるんで」
「あっ、すいません」
ついつい普段のクセで、すぐに謝ってしまう。異世界でも小物感満載の私は、もちろん「失礼します」と言ってドアをあけた。しかしそこには誰もおらず、ただパイプ椅子が一脚置かれているだけである。
「どうぞ、座ってください」
言われるまま椅子に腰を下ろした。なんだこれ、本当に面接みたいじゃん。バイトと派遣で食いつないた約6半年、うんざりするほど見た光景を、まさか死んだ後にも見ることになろうとは。てか、私って死んでるの? どこも痛くないし、普通に生きてる感じなんだけど。
「死んでますよ」
「うわ、びっくりした!」
口に出していないのに返事をされて、思わず椅子から腰が浮いた。そんな私の狼狽をさくっと無視して、だるい声が続く。
「ここはシステムの中なので、脳内に直接メッセージが届きます。白い衣装の神様を期待してたならすいません」
AIか何か知らんけど、なんかイラッとするな。でも知らない世界で唯一言葉が通じる存在に歯向かうほどの度胸はない。私は黙って続きを待った。
「えー、じゃあまず、異世界へようこそ。転生管理局から、今後の流れについて説明します」
いけすかない声が、マニュアル棒読みで語った内容によると、ごくごく稀に死の瞬間、時空の境界を越えてしまう魂があるらしい。生に強い未練があったり、私のように自ら転生を望んだりする人は、特にそうなりやすいそうだ。
それらの魂は転生管理局から新しい世界へ送られ、俗に言う転生者となる。その際、前世の記憶は本人の希望によって、残すことも消すこともできるという。
「どうします、記憶」
「残します、残します!」
新しい世界に溶け込んで暮らすなら、記憶はないほうが幸せなのかもしれない。しかし私はゴリゴリの読み専。日々妄想を膨らませた憧れの異世界、どっぷり楽しんでみたいじゃないの!
「わかりました。ただし、自分が転生者であることは、くれぐれも内密にしてください。行く先の世界に混乱を起こす可能性があるので」
「はい、誰にも言いません」
「では、転生先の世界の設定に移ります」
その瞬間、眼の前に広がる四角い画面。おおっ、これってステータスオープンってやつ? しかしよく見れば、その中に表示されている文言に、やたら見覚えがある。
「ジャンル? タグ? これって、もしかして」
そう、私が愛してやまない「小説家になっちゃいな」の投稿設定画面とそっくりなのだ。読み専なので投稿したことはないけれど、このサイトのことは隅から隅まで把握していると言い切っていい。
「黒田さんの行きたい世界と、タグを入力してください」
「それって、小説の世界に転生できるってことですか」
「ですね、もともと転移者の精神世界の中でシステムが構築されているので。この会議室も黒田さんの記憶の中にあった風景です」
「なるほど、そういうことね」
「あ、ちなみにレーティングはR15までです」
ちぇっ、ノクターンはなしか。でもせっかくなら王道の異世界を体験したいので、表の方がいいや。うーん、ジャンルはやっぱりいちばん読み込んでる「異世界恋愛」だろうな。せひともハッピーエンドの貴族令嬢に生まれ変わりますように。
そう考えていると、ピロリんの顔がまた脳裏に浮かんできた。今ごろ彼は、私が死んだことを悲しんでいるだろうか。ちょっと涙が出そうになったけど、最後に見た女と抱き合うシーンを思い出して、怒りがこみ上げてきた。よし、前世で裏切られた恨みを晴らすためにも、異世界でイケメンと素敵な恋を繰り広げてやる!
気持ちを切り替えた私は、これぞというキーワードを厳選し、タグ枠の中に埋め込んでいった。最大15個、全部使っちゃったけど欲張り過ぎかな?
「あ、大丈夫ですよ。黒田さんの場合、ちょっとレアケースなんで」
「ん、どゆこと?」
「普通は一回しか転生できないんですけど、あなたの場合は七回なので」
「んんんんん、どゆこと!?」
「死ぬ間際、転生って七回唱えませんでした?」
ああああ!言った、言った、確かに!
1秒間に七回のリクエストが入ったことで、システムにバグが生じたらしく、七回の転生がプログラミングされてしまったそうな。そして、計15個のタグはそれぞれの世界にランダムで配分され、恋愛の中で回収できたら次に飛ばされるという。
自ら望んだ転生とはいえ、そんなに次から次へと転生したら、頭がこんがらがっちゃうよ!
「じゃあ、準備ができたようなんで、最初の転生先に飛ばしますね」
何かのスイッチが入ったのか、私の周囲が光り始めた。まだ心の準備ができてないのに!
「えっ、待って待って、どこへ行くのか教えてくれないの」
「大丈夫、きっとあなたの知ってる場所です」
意味深な言葉が耳に届くやいなや、私の体は光に包まれ、エアシューターのような空間に投げ出された。すごい勢いでどこかへ飛んでいく。
「ちょ、待て」
キムタクみたいな声が出てしまったが、もう返事は返ってこない。こうなったら、覚悟を決めるしかないよね。いざというときに開き直れるのは、私の数少ない長所のひとつだ。
なんか思ってたんと違うけど、せっかくやって来た異世界。7回生まれ変われるということは、恋も7回できるということだ。
白雪姫ならぬクロユキ姫、異世界で七人の小人ならぬ「恋人」とフォーリンラブだよ、弾けてやるよ! ちょっと不安はあるけれど、異世界恋愛の世界なら私のフィールドに違いない。
「読み専、なめんな!」
ピカピカ光るシューターの中で、やがて私の意識は薄れ始めた。こんど目が覚めたら、いったいどんな世界が待っているんだろう。