■第五話 ついにキタコレ!告白タイム、と思いきや?
パーティーが終わったサロンのホールで、私はそっとテーブルクロスをめくり、今夜の仕掛けを解除して回った。実はサクラの魅了を無効化するために、各テーブルの下に魔石を装着しておいたのだ。
初めて国王に謁見したとき、王宮の柱に不思議な色の石が埋まっているのに気づいた。宝石ではないようだし、何だろうと思って尋ねてみると「解呪の魔石」だと教えられた。王族を呪いから守るために、あちこちに埋められているらしい。
そこで私は王妃殿下にお願いし、サロンにも魔石を貸し出してもらうことにした。表向きは、パーティーに参加される国賓を守るためと言ってあるが、本当の目的はサクラの魅了封じである。魅了の魔法は呪いの一種であるため、この魔石は強力なバリアになる。サクラの芸がすべったのも、その効果である。
また、王子をはじめ隣国からの一行も、魔石の力で既にかかっていた魅了が解けたはずなので、きっと今ごろはサクラのやつ、総叩きにあって泣き喚いているだろう。ああ、いい気味だ。
と思っていたら、思った以上にサクラはしぶとかった。何と王宮のゲストルーム(軟禁されていたらしい)を抜け出して、サロンに突撃してきたのだ。ただし狙いは私ではなく、エイドリアンである。
何やら厨房の方から声がするので覗いてみれば、場に不似合いなヒラヒラドレスが、エイドリアンに迫っているのが見えた。彼はいつも遅くまで残って明日の仕込みをしており、サクラは周囲に人気のないのを見計らって、勝手口から侵入したと思われる。
「ラララ〜♪ イケメンの素敵なシェフ〜〜、私と一緒にレストランをやりましょう〜〜〜」
しまった、厨房に魔石は仕込んでいない。このままではエイドリアンが魅了されてしまう。そう思って助けに行こうとしたとき、驚いて足が止まった。なんと、エイドリアンがきっぱりとサクラの申し出を拒否したのだ。
「お断りします。私はこの店のシェフとして、クロユキ様に雇っていただいております。ここを離れる気はございません」
サクラはポカンとした顔で固まっている。まさかコンマ2秒で拒否られるとは思ってもいなかったのだろう。
「えええ、なんでよぉ! クロユキよりサクラの方が可愛いでしょ? 私の〜〜専属シェフになって〜〜ルルル〜〜〜♫」
サクラはまだ諦めず、しつこく魅了をかけようと必死だ。しかしエイドリアンは極めて冷静な口調で、二度目のアタックをかわした。
「何度おっしゃられても無理です。あなたの国にも有能な料理人はおられるでしょう。アルベール殿下にお願いすればよろしいのでは?」
取り付く島もないその態度に、ついにサクラがキレた。アイドルスマイルはどこへやら、眉間に鬼ジワを寄せてわめき始めたのだ。
「アル様なんてもう嫌いよ! サクラのこと怖い顔で叱るし、礼儀とかマナーとか、言われてもわかんない! 昨日まであんなに優しかったのに!」
ああ、なるほど。魔力石の効果で頭がリセットされたのね。冷静になってサクラを見れば、奇妙なヘアメイクをした下級貴族のアホ娘。そりゃあアルベール王子も「だめだこりゃ」と思うよね。それでサクラは新しい寄生先として、パーティーで目をつけたイケメン料理人にすり寄って来たのだ。
気持ちはわかる、この世界でマヨネーズを食べたら感動するし、他のメニューも前世のレシピだからサクラの舌に合ったはずだ。しかも作っているのは、眩しいほどの美少年。よっしゃゲット、と思ったのだろうが、鉄壁のガードをくらってざまぁ、である。
「何をおっしゃっているのか理解に苦しみますが、私はクロユキ様の料理人です。困っていた私たちを救い、仕事を与えてくださったクロユキ様に、一生をかけて恩返しをしたいと思っています。とても大切な方なんです」
おっと、過去最大級の殺し文句が来た、ボイレコがないのが残念すぎる。私の脳内で「大切な人」というパワーワードがリフレインし、酸素の供給量が足りずにクラクラし始めたその時、サクラが「もういい!」とマジギレして走り去った。
「……クロユキ様、出てきても大丈夫ですよ」
ええっ、私がドアの隙間から覗いてるのに気づいていたの? エイドリアンはにっこりと美しい笑顔を私に向けた。ああ、こんなに幸せで少し気恥ずかしくて、甘酸っぱい瞬間、これぞイセコイの醍醐味じゃないか。これもしかしていい感じのシーンですか? 期待しちゃっていいですか?
「エイドリアン、断ってくれてありがとう」
「当たり前じゃないですか。私はクロユキ様に出て行けと言われても、この店を辞めませんよ。末永くクロユキ様のお側にいたいと思っています」
ああ、酸素が足りない。マラソンのゴールでスーハーするボンベが欲しい。そんな私の動揺を知ってか知らずか、エイドリアンはさらに私を酸欠にさせる言葉を放ってきた。
「……実は、クロユキ様に打ち明けたいお話があります。明日のこの時間、またここでお会いできますでしょうか」
嗚呼、漫画ならバキューンと効果音が入る瞬間だ。すました顔で「わかったわ」と答えたけど、明日の夜まで心臓がドラムロールを打ち続けて、ポックリ逝ってしまうんじゃないかしら。だって、だって、打ち明けるって、そういうことでしょう? 心の準備……いつでもOKよ。ついに私も恋の勝ち組になるんだわ!
そして迎えた、翌日の夜。興奮して睡眠不足のクマを蒸しタオルでごまかし、精一杯のおしゃれをしてサロンの厨房へ行ってみると、あれれ、エイドリアンだけじゃなくてフリオがいる。何でだ、今からあなたは私に告白するんじゃなかったっけ?
「クロユキ様、来ていただいてありがとうございます。大切なことなので、真っ先にクロユキ様にお知らせしたくて」
エイドリアンが少し恥ずかしそうに笑い、その横でフリオが頭を下げる。なんか思ってたんと違うムードになってきた。しかし私は期待を捨てきれず、お嬢っぽく首を傾げて笑顔を作った。
「まあ、いったい何のお話かしら?」
「私たち、近々結婚することになりました」
「けっ……………?」
はぁ、結婚? お前は何を言っているんだと、私の中のミルコ・クロコップがツッコミを入れたところで、アホにも程がある質問が口から飛び出した。だって、本気で意味がわからないんだもの!
「誰と誰が?」
「フリオと私です」
ああ、フリーズだ。完全に思考が固まってしまった。エイドリアンとフリオって、えっと……
>>>> まさかの、BL展開??? <<<<
そんなタグは入れてねぇし、と混乱してフリーズしている私の前で、二人はニコニコしながら馴れ初めを教えてくれた。彼らは同郷の幼馴染で、3歳年上のフリオが働いていた王都のレストランへ、エイドリアンも見習いとして就職した。
ところが先輩やオーナーからエイドリアンが嫌がらせを受け、それをフリオが守っているうちに愛が芽生えたという。結果的に二人まとめて店を追い出され、無許可の屋台で日銭を稼いでいるところを、私に拾われたというわけだ。
「えっと、でも……あなたたち、男性同士では……。あっ、もちろん、そんな愛の形があるのは理解しているわ」
すると二人は真顔になり、次の瞬間大笑いを始めた。えっ、なにか私、おかしなことを言ってしまった?
「クロユキ様、私は女性です。髪が短いので、たまに間違われますが」
今度は私が真顔になる番だ。エイドリアンが女性! あんなに私をときめかせて酸欠に追い込んだ美少年が! いやん、BLじゃなくて私ったら……
>>>> まさかの、百合展開(未遂)<<<<
サクラの魅了がエイドリアンに効かなかったのも、これで納得だ。
そうなったら、もうこの場にいるのが居たたまれない。さすがに今回は脳内で「早く来い、早く来い」と念じてしまった。そしたら来たわ、光る文字。
#追放悪役令嬢 #現代知識チート
うん、合ってる。確かに書いた。でも、今回は恋愛要素は薄かったわ、完全に一人で不完全燃焼した感じ。まあ、それでもビジネスは成功したから思い残すことはない。次だ、次。今度はちゃんと性別を確かめてからドキドキしよう。そう心に決めて、私はギンギラのシューターの中へ吸い込まれていった。




