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クロユキ姫と七人の異世界恋人  作者: 水上栞
第三幕 ◆Bashful(てれすけ)@美少年エイドリアン
16/22

■第四話 サクラ、歌って踊って盛大にずっこける


 こうして、王室御用達となったクロユキ商会。さすがに王室の力はすごくて、城下の一等地にあっという間に店舗が出来上がってしまった。王妃殿下が手を回してくださったらしい。内装もゴージャスで、とてもこんな借金は返済できないと辞退を申し上げたのだが、


「大丈夫よ、すぐに返せるわ。私が毎月サロンでお茶会を開くから」


 と、笑い飛ばされてしまった。王妃のお茶会メンバーなら、すごい宣伝になるし客単価も爆上がりに違いない。もっとも、王室にとってもこのサロンはメリットがあるので、ウィンウィンの関係ではある。


 王室側のメリットとは、料理人のインターン制度である。王宮からサロンへ料理人を派遣し、私のレシピを伝授する。そして彼らが王宮に戻って味を再現するという流れだ。マヨネーズをはじめレシピは門外不出であるため、食べたい人はサロンへ来るか王宮のパーティーに招かれるしかない。そして私の方も、腕の良い料理人を借りられるので人件費が浮いて助かる。


 ちなみに、サロンの名前は「ネージュ・ノアール」にした。フランス語で黒い雪という意味だが、貴族ウケは抜群に良くて安心した。現在は数種のマヨネーズ料理とショートケーキ、そして月替りの限定メニューを提供している。今月はマカロニグラタンとトンカツ、そして水餃子だ。私が得意とする料理ばかりで申し訳ないが、私以上にレシピを美味しく再現してくれるエイドリアンのセンスが素晴らしい。



「クロユキ様、今月の王妃殿下のお茶会のことでご相談があると、王宮から書簡が届きました」


「あらそう? じゃあ、新作のマーマレードを持って参内するわ」


 いつもは「おまかせで〜♪」とおっしゃるので珍しいなと思いつつ伺うと、サロンで隣国からの使者を迎えてお茶会をしたいとのことだった。それを聞いて私は瞬時に思い出した。原作で私が悔しい思いをした、あのパーティーの時期が近づいていることを。確か王宮での開催だったはずだが、あちこち原作を改変しているので場所がサロンに変わったらしい。


「それでね……隣国からの客人の中に、アルベール王子がいらっしゃるようなの。私は素晴らしいサロンをご紹介したいのだけれど、貴女が気まずいようならと思って」


 王妃殿下、なんとお優しい。マーマレードで口がテカテカしてなければ、大好きよとハグしたい気分だ。私はにっこり笑って「大丈夫です」と返事をした。アルベール王子が来るならば、サクラもくっついて来るのは必至。私のテリトリーで奴を討ち取れるのなら、むしろ願ったりかなったりである。


 私が隣国で成功を収めたことは、まだ故郷では知られていない。古い頭の両親が「貴族の女が商売なんて」と、内密にしているからだ。きっとサクラも、私がショボい暮らしに甘んじていると思いこんでいるだろう。


 ところがどっこい、今や隣国での私は国王夫妻の覚えめでたきセレブの一員。金も名声も手に入れて、ブイブイ言わせている超勝ち組なのだ。そんな私に、何も知らないサクラが公の場でどんな無礼をやらかすか、今から楽しみだねぇ。



 私は間もなく来るその日のために、とっておきのレシピを考案し、同時にサロンにも特別な仕掛けをした。120%の確率で、サクラはそれに引っかかる。私が丹精込めて作った「バカ女ホイホイ」、どうぞご堪能あれ。




 そして、いよいよパーティー当日。私は韓国風の波打つ巻き髪と、シンプルながら上品なゴールドベージュのドレスで、サクラの対極となる大人のエレガンスを表現した。そして胸元には、王室の紋章が入った金のブローチ。国の食文化に貢献したとして、つい先日国王から賜ったものだ。


「みんな、準備はいい? 練習した成果を見せてね」


 厨房のスタッフに声を掛けると、皆が緊張した面持ちで頷いた。今日は彼らにとっても晴れ舞台である。シェフの帽子を被ったエイドリアンも、引き締まった表情で忙しく立ち働いている。よし、準備は整った。そろそろゲストが到着する頃だ。



「ようこそ、お越しくださいました」


 エントランスで国王夫妻と隣国からの使節団を出迎えた私に、アルベール王子が目を見張った。ずいぶん見た目が変わったこと、そして私がこの場にいることに驚いたのだろう。しかし王族なのでそんな失礼なことは口に出さず「久しぶりだね」と笑顔を見せるにとどまった。ところが彼の連れはそうでなかったようで、私を見るなり敬語も忘れてにじり寄ってきた。


「ちょ、どうしてあんたがここにいるの?」


 さすがにこれには王子も慌てたようで、サクラを後ろに下がらせ国王夫妻に無礼を詫びた。


「大変失礼いたしました。彼女たちは王立学園で同窓だったもので、つい気安くお声をかけてしまったようです」


 サクラは王子の影に隠れて、ムスッとした顔をしている。彼女は男爵令嬢なので、本来この場には招かれない家格である。王子のオマケで呼ばれただけの女がいきなり粗相をし、その場の温度が二度ほど下がった。


 それでも全員が席に着き、料理が運ばれる頃にはみんな笑顔になった。今日のメニューは海産物がメイン。私の故郷は海がない国なので、シーフードがご馳走なのだ。前菜はロブスターに似た大海老で作ったクリーミーなビスク、そしてメインにはムール貝に似た二枚貝のワイン蒸し。そこへカリカリの揚げ芋とマヨネーズが添えられている。この組み合わせは、まじ最高。ベルギー物産展で食べた思い出の味だ。


「おお、これが噂に聞くマヨネーズというソースですか。実に美味い」


「この貝の蒸し物も素晴らしい味ですね。ワインによく合います」


 王子一行が美味しそうに食べる中、サクラだけが固まっている。なんでこの世界にマヨネーズがあるのか、という顔だ。足りない脳みそでもわかるだろ、お前以外にも転生者がいるんだよ。


 やがてデザートになり、スタッフが続々とトレイを持って入ってくる。照明が落とされ、さあショータイムの始まりだ。薄暗いホールに、突然青い炎が舞い上がる。クレープシュゼットのゲリドン・サービスである。ホテルの宴会場でバイトした時に、作り方だけ覚えていた。それをエイドリアンが見事に再現したのだ。


 あたりに広がる、カラメルと柑橘系のなんとも良い香り。実はこのデザートは、国王陛下の大好物である。初めてお出ししたときは、奇声をあげながら3回もおかわりされた。


「こんな美味しいおデザートは食べたことがない」


「すみません、もう一皿これをいただけますか」


「私も、私も!」


 参加者一同、大絶賛しながらデザートを楽しみ、最後に王妃が私をこのサロンのオーナーであると紹介してくれた。


「隣国から留学していらして、我が国の食文化を豊かにしてくれた功労者ですわ。先日、勲章も授与されたのですよ。本当に素晴らしいご令嬢です」


 割れんばかりの拍手が起こり、私が深々とお辞儀をしたその時。サクラが突然席を立って私の方に歩いてきた。これには一同、ぎょっとしたが、空気の読めないサクラは王妃様のスピーチを遮り、勝手に話しだしてしまった。


「私ぃ、クロユキ様の親友なのでぇ、歌でお祝いしますぅ!」


 誰が親友やねん、と内心でツッコミを入れているうちに、サクラはその場で歌い始めた。私がちやほやされて悔しいので、魅了を使って男性陣を味方につけようということだろうが、メンタル強すぎやせんか?


「私は〜サクラ〜♪ 可愛くて困るぅ〜♫ ラララ」


 サクラはそのままワンコーラス歌ったが、回りがドン引きしていることにようやく気づいて顔を引きつらせた。


「えええ、何でぇ、何でみんな反応がないの〜。ねえ王様〜、サクラの歌、ちゃんと聞いてくれました〜?」


「サクラ、黙りなさい」


 慌てて王子が止めようとするも、既に遅し。国王がこめかみに青筋を立てて、氷のような一声を発した。


「そなたに発言を許した覚えはない。不敬であるぞ」


 こうなったら親善も友好もあったもんじゃない。さっきまでの良いムードはどこへやら、サクラは警備の役人に連行され、青い顔をした王子一行は、国王夫妻にぺこぺこしながら退散していった。今夜はきっと荒れるだろうね。サクラがあのまま黙っているはずはないもの。


――そして、その予感は当たった。



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