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クロユキ姫と七人の異世界恋人  作者: 水上栞
第三幕 ◆Bashful(てれすけ)@美少年エイドリアン
15/22

■第三話 美味しくて圧の強い店、ブラックスノウ


 思いつきで雇い入れたエイドリアンとフリオだったが、彼らと屋台で始めた新ビジネスは、クロユキ商会にとって大きな転機となった。結論から言うと、マヨネーズがちょっとしたブームになったのである。


 そもそも彼らの串焼きは人気が高く、そこに私のギルド登録証という後ろ盾ができた。それだけでもある程度の堅実な収益は見込めたのだが、やっぱり売りたいじゃん、マヨネーズ。そこで、串焼きの他に新メニューを加えることにしたのだ。



「芋の揚げ物……ですか?」


 エイドリアンの琥珀色の大きな瞳に?マークが浮かぶ。そりゃそうだ、この国では芋の揚げ物は屋台の定番として珍しくもなく、何でわざわざそんな平凡なメニューを選んだのかと訝しく思ったのだろう。しかし、私の考える芋の揚げ物は「ポム・フリット」。昔、百貨店のベルギー物産展で食べて感動した、フライドポテトのマヨネーズ添えである。


「まあ、食べてみてから言ってよ。まずは芋を細切りにして〜」


 私の指示通りに、見事な手さばきでフリオが芋をカットしエイドリアンが揚げる。やはりこの二人のコンビネーション素晴らしいわ。あっという間にカリッカリのフライドポテトが完成し、私はそれにマヨネーズをつけて食べてみるよう彼らに促した。恐る恐る口にした二人は、揃って目を見開いた。


「「う、うまい!」」



 こうして翌日から、串焼き屋台ではマヨ付き揚げ芋が売られるようになった。最初はみんな珍しそうに眺めるだけだったが、屋台の横で私とテレサが試食を配っているうちどんどん注文が多くなり、数日後には揚げ芋を目当てに人が並ぶほどになった。


 こうなれば、あとは勢いである。私は屋台から近い場所に小さな店を借り、マヨネーズ料理の店「ブラックスノウ」を開店した。店と言っても揚げ芋や持ち帰りの卵サンド程度の品揃えではあるが、マヨネーズの味を気に入った人たちが、瓶詰めマヨを自宅用に買いに来るようになった。そのうち工房の人手が足りなくなり、今週からはメグの姉妹たちにも来てもらっている。


「クロユキ様、今日も売上の最高記録を更新しました!」


 銭勘定の得意なテレサは、クロユキ商会の経理として頑張っている。店をオープンして約3ヶ月、人員もさらに2名増え、この調子なら来年あたりは本格的なレストランも開店できるんじゃないか、なんてウハウハと新たな計画を思い浮かべていたある日、あまりよろしくない報せが飛び込んできた。権力者の横槍である。


「クロユキ様、貴族の遣いという方が、店にこの手紙を持って来られました」


 琥珀の瞳を不安そうに潤ませながら、エイドリアンが私に封書を差し出す。額にはらりと落ちる栗色のサラサラヘアー。ああ、困った顔も美しい。前世の私よりはるかに年下だろうけど、不覚にもお姉さん見惚れちゃったわ……、じゃなくて。何だか厄介な呼び出しが来たよ。


 差出人はルドガー子爵。ここらで大きな顔をしている地場の下級貴族である。手紙の内容は要約すると、クロユキ商会を買い取ってやるから経営者は直ちに権利を手放せ、というものだった。貴族の地位を振りかざして、繁盛している商売を横取りしようという魂胆だろうが、そうは問屋がおろさない。私はすっくと立ち上がり、テーブルのベルを鳴らした。


「テレサ、すぐにドレスの支度をして!」




 数時間後、私はルドガー子爵邸の応接室で優雅にお茶を飲んでいた。シルクに豪奢な刺繍が入ったドレス、ドリルのような縦ロールと真っ赤な口紅。久々の悪役令嬢スタイルである。誰かに圧をかけるときには、これに限る。


「あたくしに店の権利を手放すように、との事でしたわね」


 眼の前には、薄い生え際に汗をびっしょりかいた、ルドガー子爵。店の持ち主は平民だと思っていたのだろうが、やってきたのは隣国の公爵令嬢である。たとえ隣国だとしても、階級が上の者を呼びつけてしまった形になり、貴族としてはありえない無礼だ。


「いや、それに関しましては……、アーデンバッハ公爵家の事業とは存じませんでしたので……」


「お断りすると、良くないことが起きるとも書いてありましたわ。いったい何なのでしょう、とても恐ろしいわ」


 そう言いながら眼光で圧をかけまくる。私のほうがよほど恐ろしいと思うが、令嬢っぽく震える真似をしてさらに子爵を追い込んだ。結果としては、もちろん子爵は金輪際クロユキ商会に手出しをしない。その上で迷惑をかけたお詫びとして、店の売上1ヶ月分の支援金を支払うと申し出た。


 まあ、上出来だろう。しかし私の頭の中には、今後も同じようなことが起きるのではという懸念が浮かんでいた。そこで、思い切った対策を講じることにしたのだ。それは、この国の権力の頂点、王室御用達のブランディングである。王室がバックに付いてるとあっては、悪党も下手な手出しはできまい。




 私はその夜、すぐに国王陛下に向けて手紙を書いた。そこらの商店主なら門前払いだが、そこは天下のアーデンバッハ公爵家。正式なマナーに則ったお伺いを立てれば、謁見が叶う可能性が高い。そして私の願いは受け入れられ、王宮に参じることとなった。クロユキ商会設立より、実に約半年後のことである。


 私は大きなホールの奥の玉座に王様がいる光景を想像していたが、実際は少し大きめの応接室での謁見だった。なぜかというと、すでに王宮にもマヨネーズの噂は届いていたようで、王妃殿下が非常に興味を持っておられるとのこと。


 そこで、親善のために試食会を行うことにした。一応は表敬訪問ということになってはいるが、事業に関する話だというのはお互い承知ということである。よし、話が早い。


 王妃は、献上した特製ロイヤルマヨネーズに目をキラキラさせておられる。ふふっ、これは美味しいですよ。極上のビネガーとオイルを使っていますので。お毒見の後、早速マヨネーズを使用したカナッペを召し上がった国王夫妻は、実に満足そうに頷いている。王宮の食事は伝統的なものが多いので、彼らには新鮮な驚きだろう。


「アーデンバッハ公爵令嬢、これを貴女が作ったというのは本当かね」


「はい、陛下。私がレシピを考案し、専属の料理人に作らせております」


「実に素晴らしい味だ。して、これをどうしようと考える」


 国王がずばりと切り込んできた。そこで私も、図々しく本題に入らせていただいた。


「私の経営するクロユキ商会に、王宮御用達の称号を頂戴したいのです。現在の店、ブラックスノウは庶民が対象でありますが、近々貴族や富裕層向けのサロンを開きたいと考えております」


 ブラックスノウでは引き続き庶民的なメニューを展開し、2号店、3号店を出していく。それとは別に高級路線のサロンを開き、この世界の富裕層が食べたことのない地球の味を流行らせていくのだ。


「サロン? そこではどんなものが提供されるの?」


 サーモンと玉子サラダのカナッペ(3つ目)をようやく飲み込んだ王妃が、食い気味に聞いてきた。私は「そうですね例えば……」と意味深に微笑み、扉に向かって合図をした。外にエイドリアンたちを待たせておいたのだ。


「説明するより、召し上がっていただいた方がわかりやすいかと」


 小さなワゴンを押して、エイドリアンとフリオが入ってきた。大きな皿を覆うシルバーのクローシュを取ると、中から現れたのは苺のショートケーキ。そう、この世界には生クリームがあるのに、ホイップクリームがなかったのだ。なぜ誰も泡立てんのか!


 既にマヨネーズで評価が上がっているせいか、毒見も早々に両陛下はケーキを頬張った。瞬時、とろけるような表情。わかる、初めて食べたのなら、世の中にこんな美味しいものがあるのかと感動するよね、ホイップクリーム。


「王室御用達の称号をいただけましたら、これらの料理が毎日お召し上がりになれますが、いかがでしょう?」



 その翌週、正式にクロユキ商会は王室御用達の称号を受けた。子爵には目ヂカラで圧をかけたが、国王夫妻には胃袋に圧をかけた。せっかく転生貴族令嬢なんですもの。使えるものは何でも使わないとね!




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