■第二話 悪役令嬢をやめたクロユキ、美少年を拾う
新居で迎える初めての朝。私が真っ先に手を付けたのは、ヘアスタイルだ。昨夜、鏡で自分の姿を見たとき悲鳴を上げそうになった。だって、私ったら黒い髪をドリルのような縦ロールにして、アーチ眉毛に真っ赤な口紅だったのよ。それ、よくある悪役令嬢のキャラデザそのまんまじゃん! 雑なんだよ、設定が(笑)
このままじゃ、新しい人生も悪役令嬢まっしぐら。そこで大幅なイメージチェンジをすることにしたのだ。いちばん驚いていたのは、メイドのテレサである。
「お嬢様、あんなに縦ロールにこだわってらっしゃったのに。どうなさったんですか?」
まさか転生して中の人が変わったとは言えないので、心境の変化だと曖昧に流しておいた。テレサは私が指示した慣れない巻き方に苦心しながらも、器用にコテでS字カールを作ってくれた。そう、前世で大好きだったヨシンモリである。一時韓流アイドルに夢中になって、髪型やメイクをさんざん真似したのだ。最後にテレサからコテを奪い取り、自分でかきあげ前髪を作ってフィニッシュ。
「うわ〜、前の髪型も華やかでしたけど、これもお似合いですね」
どうやら韓流女神ヘアは、この世界でもイケるらしい。さらにこの髪に合わせて、メイクもフルチェンジした。若く透明感のある肌には、薄くお粉をはたくだけ。ストレートに近い太めのナチュ眉と、ポンポン塗りのグラデリップ。悪役令嬢から、一気にモテ令嬢に大変身だ。
「クロユキ様、このお姿でパーティーに行ったら、きっと素敵な殿方からお声がかかりますよ〜」
「いやいや、遊んでる暇はないわよ。ちょっと皆さん、地下室に集合!」
「地下室?」
昨日、家に到着してから構造を確認したところ、厨房の外階段から地下の小部屋に降りられることを発見した。普段は物置になっている部屋だが、私はそこを改造してマヨネーズ工房にしようと考えたのだ。メンバーは私とテレサ、住み込みで働いてくれているジョセフとメグ夫婦。みんな初めて聞くマヨネーズなる調味料に腰が引けていたが、実際に作って食べさせると目を丸くして驚いていた。
「美味しい! 野菜にとても良く合いますね」
「この卵サンドイッチもクリーミーで美味いです」
料理担当のメグは、早速マヨネーズを使ったサラダを今夜の夕食に作ると大張り切りだ。夫のジョセフは卵サンドが気に入ったようで、大きな皿いっぱいぺろりと平らげた。テレサは「これは儲かる」と思ったらしく、目を輝かせながら原価を計算している。意外と商売に向いているのかもしれない。
「さあ。では明日からクロユキ商会のスタートよ。みんな、よろしくね」
こうして私は、異世界でボロ儲け計画の第一歩を踏み出した。主に製造は私とメグ、運搬はジョセフ、容器の手配や経理をテレサが担当し、私は商業ギルドに口座も設けた。この国では商店の収益は一旦ギルドに集約され、そこから税を引いた額が店に戻されるシステムだ。
最初は食料品店やレストランなどを一軒ずつ回り、不審がられながらもマヨネーズの美味しさを知ってもらおうと営業活動に勤しんだ。しかし、見たこともない調味料に拒絶反応を示す人も多く、なかなか思ったようには売れない。
「異世界モノの小説だと、あっという間に大金持ちなんだけど。そう甘くはないわね」
せっかく意気揚々と立ち上げた異世界ベンチャーが、初っ端から振るわず落ち込みそうになっていたある日、私にとって運命とも言える出会いがやってきた。例のごとくテレサと二人で、試食用のマヨネーズを持ってレストラン回りをしていた最中、街の広場から大きな声がした。何やら屋台の前で人が争っているようだ。
「ですから、そんな大金を払う理由がありません!」
「はあ? お前の店の食べ物が熱すぎて火傷したんだから、責任取るのが当たり前だろうがよ」
屋台は串焼きを売っており、それを食べた客が舌を火傷したと文句をつけているようだ。つまらない言いがかりである。焼きたての串が熱いのは当たり前で、猫舌なら冷まして食べる知恵くらいあるだろうに。そしてこういう連中は、冷めていたら冷めていたで、やはり文句をつけるのである。
私はマヨネーズが売れなくて虫の居所が悪かったので、ついそのクレーマー客をやっつけたくなった。店の従業員は大柄な男が一人と、小柄な少年が一人。ここらの屋台はギルドに登録していない店も多く、強気に返せないのをいいことに、のぼせあがる客も多い。
「私のお店に、何か御用かしら?」
私はオーナーのふりをすることにした。普段着とはいえ、いかにも貴族な服装の若い女に声をかけられ、クレーマー男はぎょっとした。しかしすぐに表情を険しくし、今度は私に噛みついてきた。いいじゃん、来てみろ、カウンターパンチ食らわせてやんよ。
「この店の食い物が熱すぎて火傷したんだ。お前の店だっていうなら責任取れよ!」
「ふーふーしなかったの?」
「ふ?」
「熱いものを食べるときは、ふーふーしなさいって、ボクちゃんはママに習わなかったの?」
周囲には人だかりができており、私のからかいを聞いてあちこちから笑い声が漏れた。それが男の怒りを一層煽り立てる。
「お前! バカにしてんのか!」
「ええ、バカにしてるわよ。大の男が子どもじゃあるまいし、串焼きのひとつもまともに食べられないなんて。カッコ悪いったら」
男は顔を真っ赤にし、私に殴りかかろうと迫ってきた。そこで私は胸元からギルドの札を取り出し、男の眼の前に突きつけた。
「どうしても納得できないって言うんなら、ちゃんとした所で話し合いましょうよ。こっちはギルドの許可を得て商売してるんだし、なんで焼きたての串を売っちゃいけないのか、公の場できっちり説明してちょうだい」
実際はギルドの札など、商人なら誰でも持っているものだが、男は怯んだ。やくざ者は公共機関に行きたがらない。叩けば埃が出る体であることを自覚しているからだ。案の定、男は捨て台詞を吐いて立ち去った。
「あの、ありがとうございます」
成り行きを見守っていた店の少年が、帽子を取って私に頭を下げた。艶のあるマロン色の髪がさらりと揺れ、やがて彼が顔を上げた瞬間、私は息を呑んだ。とんでもない美少年だったのである。前世でこんな美形は見たことない。異世界、やっほーーー!
「こっちこそ、勝手に私の店だなんて言ってごめんなさいね。余計なことをしちゃったんじゃないかしら」
「とんでもない、助かりました。大金を支払えと言われて困ってたんです。あの……私たちは、許可証がないので……」
やはり彼らはギルドに登録する資金がなく、路上で無許可の商売をしていたらしい。しかし腕の方は確かで、彼らの串焼きを一本食べてみて驚いた。大男のフリオがダイナミックに肉をさばき、小柄な美少年エイドリアンが絶妙な火加減で焼き上げる。そのコンビネーションは、道端のジャンクフードとは思えないハイレベルであった。
「あなたたち、レストランで働く気はないの? せっかく腕がいいのに、屋台じゃ大した儲けにならないでしょう」
「実は、以前レストランで働いていたんですが……」
聞けば、彼らは有名なレストランで働いていたが、料理長に妬まれて店を追われ、どこにも雇ってもらえない嫌がらせを受けているという。それを聞いて私の中でピカッと何かが閃いた。次の瞬間、私はとんでもないことを口走っていた。
「私があなた達を雇うわ。一緒にお店をやりましょう!」
たぶん美少年効果も大きいだろうが、こんな優秀な人材が認められないのは不条理だ。どっちにしても商売が軌道に乗れば料理人を雇って店開きする予定だった。それがちょっと早くなっただけだと自分に言い聞かせ、私は頭の中で新しいビジネスプランを練り始めた。




