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第三十九話:北方の灯火、継がれる想い

第三十九話:北方の灯火、継がれる想い


司馬懿しばい仲達ちゅうたつ率いるの大軍を退けた晋陽しんようの戦いは、「北方の奇跡」として語り継がれ、并州へいしゅうに十数年という、乱世にあっては稀有けうなほどの平和な時代をもたらした。呂布りょふたちの懸命な努力によって、焦土しょうどと化した大地はよみがえり、人々の暮らしは安定を取り戻していた。


屯田とんでん豊穣ほうじょうをもたらし、晋陽の市場は匈奴きょうどをはじめとする近隣の異民族との交易でにぎわいを見せた。狼牙山ろうがさんや晋陽の戦いで捕虜となった元魏兵たちも、多くが并州の地に根を下ろし、その労働力と技術は復興を大きく支えた。呂布の公正な統治は、漢民族、異民族、そして元敵兵といった垣根かきねを越えて、人々を緩やかにまとめ上げていた。


呂布自身は、七十歳を超え、戦いの第一線からは完全に退いていた。晋陽郊外の、小高い丘の上に建てられた質実剛健な屋敷で、彼は穏やかな晩年を送っていた。左肩の古傷は、寒い日や雨の日にはうずき、若い頃のように一日中馬を駆ることはできなくなった。しかし、彼はその衰えを嘆くことなく、庭先で土をいじり、畑で作物を育て、時には近くの川で静かに釣り糸を垂れるなど、これまで知らなかった穏やかな日々の営みに、新たな喜びを見出していた。


并州のまつりごとは、完全に次世代へと委ねられていた。長女・ぎょうとその夫・王基おうきは、老いた陳宮ちんきゅう(数年前に大往生)の路線を引き継ぎ、公正な税制を維持し、学問所を設立して教育を奨励し、街道や用水路の整備を進めるなど、長期的な視野に立った善政を敷き、民からの厚い信頼を得ていた。


軍事面では、老境に入った張遼ちょうりょうが総司令官として重きをなしていたが、実際の指揮は、次女・飛燕ひえんとその夫・宋憲そうけん、そして亡き高順こうじゅんの遺志を継ぐ陥陣営かんじんえい指揮官・厳続げんぞくらが担っていた。彼らは、国境警備や領内の治安維持(時折出没する軻比能かびのう残党や盗賊の討伐)、さらには災害発生時の救助活動などで活躍し、その武勇と統率力で并州の守りを固めていた。


三女・とその夫・郭淮かくわいは、文化・外交面でその才能を発揮していた。晋陽で定期的に開かれる盛大な祭りでは、漢民族と異民族が共に歌い踊り、互いの文化を学び合う光景が見られた。華が匈奴きょうど劉豹りゅうひょうの部族へ親善大使として赴き、その優しさと誠実さで、両者の友好関係をさらに深めたこともあった。


そして、呂布にとって何よりも心を温かく満たしてくれたのは、三人の孫たちの存在であった。暁の息子・呂継りょけいは祖父に兵法を習いたがり、飛燕の娘・呂武りょぶ木槍きやりを振り回して祖父に勝負を挑み、華の娘・呂玲りょれいは祖父の膝の上で絵本を読むのが好きだった。


「じいじ、昔のお話して! 一番強かった時の!」孫たちにせがまれると、呂布は苦笑いしながらも、昔語りを始めた。だが、彼が語るのは、自らの武勇伝ではなかった。「わしの育ての親である丁原ていげん様はな、それはそれは厳しく、そして誰よりも情け深いお方だった…」「陳宮という賢い男がいてな、いつも俺の無茶をいさめてくれたものだ…」「張遼や、亡くなった高順という、命を預けられる仲間がいたからこそ、わしは戦い抜けたのだ。強さだけでは、人は生きていけぬのだぞ」彼は、自らが受けた恩義や、仲間との絆の大切さを、繰り返し孫たちに語り聞かせ、その小さな心に「誠」の種をこうとしていた。


しかし、どれほど穏やかな日々であっても、人の世に別れはつきものである。時の流れは、英雄たちにも等しく訪れる。


最初の別れは、秋風が寂しく吹き始めた頃に訪れた。丁原の代から呂布に仕え、傅役もりやくとして、時には父のようにその身を案じ続けた老将・張譲が、八十半ばにして、病の床に就いた。呂布が見舞いに訪れると、張譲は枯れ木のような手で呂布の手を握り、皺だらけの顔を綻ばせた。

「奉先様…いえ、我が殿…立派になられましたな…」

「何を言うか、張譲。お前がいなければ、俺はとっくに道を踏み外していた」

「いえいえ…わしは、ただ、丁原様との約束を守りたかっただけでございます…」張譲は、遠い目をして続けた。「丁原様は、いつも言うておられました。『奉先は不器用だが、その心根は誰よりも真っ直ぐだ。儂が死んでも、あいつを見守ってやってくれ』と…もう、思い残すことは…ございません…」

そう言うと、彼は満足げに微笑み、まるで眠るように、安らかに息を引き取った。呂布は、その安らかな顔を見つめ、声もなく涙を流した。厳しくも温かく自分を支えてくれた、最後の「父親」が、また一人いなくなった。


それから二年後、并州をその知略で支え続けた大樹が、ついに倒れた。軍師・陳宮が、長年の心労が祟り、病に倒れたのだ。彼は最期まで并州の未来を案じ、枕元に暁と王基を呼び寄せては、治世の要諦を説き続けた。

呂布が一人で見舞いに訪れた夜、陳宮は弱々しくも、かつての悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「将軍…どうやら、某は一足先に、おいとまをいただくようですな」

「馬鹿を言え、陳宮。お前がいなくなったら、俺は誰と酒を酌み交わせばいいのだ」

「ふふ…あなた様には、もう、某のような口うるさい軍師は不要でしょう。素晴らしい後継者が、ここに育っておられますからな…」陳宮は、呂布の手を握り、真剣な眼差しで言った。「将軍…某は、あなた様にお仕えできて、真に幸せでございましたぞ。あなたの『誠』は、この乱世の、唯一の光でありました…。どうか、これからも…あなた様の信じる道を…」

言葉は、途中で力なく途切れた。呂布は、友であり、師でもあった男の冷たくなっていく手を握りしめ、嗚咽を漏らした。彼の知恵がなければ、并州は、そして自分自身も、とうに滅びていた。その大きすぎる喪失感は、呂布の心に深い影を落とした。


そして、その喪失を埋めるかのように、呂布はより一層、生き残った仲間との絆を確かめるようになった。特に、生涯の戦友である張遼とは、よく二人で酒を酌み交わし、昔語りに花を咲かせた。

「文遠、覚えているか。虎牢関で、関羽や張飛とやり合った時のことを」

「覚えておりますとも。あの時の奉先様の武勇は、まさに鬼神のようでしたな。しかし、某も、許褚と渡り合った時は、なかなかのものであったと自負しておりますぞ」

二人は笑い合った。老いてもなお、互いの武を認め合い、競い合う心は変わらない。だが、張遼の体もまた、長年の戦働きによって蝕まれていた。


陳宮の死から五年後。ついに張遼もまた、病の床に臥すこととなった。呂布は、毎日彼の元を訪れたが、張遼は日に日に衰弱していった。

ある月夜、張遼は呂布の手を取り、穏やかな声で言った。

「奉先様…長い間、本当にお世話になりました…。あなた様と共に数多の戦場を駆け抜けられたこと、この張文遠、武人としてこれ以上の本望はございません…」

「何を言うか、文遠…お前がいてくれたから、俺は…俺は、ここまで来れたのだ…!」

「後は…若き者たちに…お任せしましょう…。飛燕様や宋憲殿、厳続殿も、立派に育ちました…并州は、安泰です…」

そう言うと、張遼は満足げに微笑み、そのまま静かに目を閉じた。呂布は、唯一無二の親友であり、最高の戦友であった男の亡骸にすがりつき、子供のように声を上げて泣き続けた。


信頼する仲間たちが、一人、また一人と、時の流れと共に去っていく。それは、呂布にとって、自らの肉体の衰え以上に、耐え難い孤独との戦いであった。


そんな彼の心を慰めたのは、彼と共に生き残り、静かに余生を送る、神馬・赤兎の存在だった。呂布は、晴れた日には、足腰の弱った赤兎を連れて、丘の上までゆっくりと散歩した。眼下には、平和な并州の風景が広がっている。

ある春の日、呂布が赤兎の体を優しく撫でていると、赤兎は、まるで感謝を伝えるかのように、主の胸にその顔をそっと擦り寄せた。そして、そのまま、穏やかな日差しの中で、呂布の腕に抱かれるようにして、静かにその長い生涯の幕を閉じた。


北辰を支え続けた星々が、次々と天へと還っていく。呂布は、一人、また一人と減っていく仲間たちとの別れを、その大きな背中で受け止めながら、ただ静かに、自らの最期の時が来るのを待っていた。


彼の心は、深い喪失感と共に、しかし、それ以上に大きな、穏やかな達成感で満たされていた。彼らが遺してくれたもの――忠誠、知恵、勇気、そして絆――は、確かに次世代へと受け継がれている。自分たちが命懸けで灯した北方の灯火は、決して消えることはないと、彼は確信していたからだ。

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