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第十四話:継承者の覚醒

読者様の感想を受けて少し修正をしてみました(5月18日)

第十四話:継承者の覚醒


丁原ていげんが世を去ってから、十日が過ぎた。并州へいしゅうの都、晋陽しんようを覆う深い悲しみと、先の見えない不安の空気は、未だ晴れることはなかった。新たな主君として呂布りょふを擁立することは、陳宮ちんきゅう張譲ちょうじょうら重臣たちの迅速な動きによって決定されたものの、当の呂布は、依然として深い喪失感の闇から抜け出せずにいた。


彼は、亡き丁原の私室に籠もることが多かった。かつて父と慕った人の温もりが残る部屋で、ただ酒をあおり、虚空を見つめる。訪れる家臣たちにも、「…放っておいてくれ」と力なく呟くか、あるいは突然、「うるさい!」と怒鳴り散らす始末。その瞳からは、虎牢関ころうかんで見せた激しい光は失われ、深い絶望の色だけが浮かんでいた。時には、やり場のない衝動に駆られ、赤兎せきとに跨って嵐のように城を飛び出し、日がな一日、曠野こうやを当てもなく駆け巡った。疲れ果てて城に戻っても、彼の心の傷が癒えることはなかった。訓練場に彼の姿はなく、軍議の席にも現れない。まるで傷つき、群れから離れた孤狼ころうのようであった。


「奉先様…」張譲は何度も声をかけようとしては、そのあまりの憔悴ぶりに言葉を飲み込んだ。陳宮もまた、呂布の深い悲しみを理解しつつも、迫りくる内外の危機を前に、内心焦りを募らせていた。(将軍の心痛、察するに余りある。だが、時間がない…何とかして、将軍の心を再び奮い立たせる手立ては…)彼は静かに策を練り始めていたが、今の呂布にはどんな言葉も届かないように思えた。張遼や高順も、主君の変わり果てた姿に心を痛め、ただ静かにその回復を待つしかなかった。


そんなある日、呂布の元を、三人の娘たちが訪れた。ぎょう飛燕ひえん。彼女たちもまた、優しかった「丁原のお爺様」の死と、父の変わり果てた姿に、子供ながらに心を痛めていた。


「父上…」


長女の暁が、おずおずと、しかし凛とした声で呼びかけた。呂布は、娘たちの姿を認めると、一瞬だけ、その虚ろな目に微かな光が戻った気がした。


「…お前たちか。何をしに来た…そっとしておいてくれ」声はやはり力なく、背を向けようとする。

「嫌です!」次女の飛燕が、涙目で父の腕にすがりついた。「父上がそんなんじゃ、私も、姉様も、華も、みんな悲しい! 丁原のお爺様だって、きっと天国で泣いてるよ! 父上は、并州で一番強いんでしょ!? なのに、どうして…!」

「父上、元気を出してください…」三女の華も、潤んだ瞳で父を見上げ、その大きな手を小さな両手でぎゅっと握った。「華が、父上の好きなお歌、歌いますから…」


娘たちの純粋で、必死な訴えに、呂布の心の壁が、少しだけ、音を立てて崩れた気がした。彼は、娘たちの頭を、震える手でそっと撫でた。彼女たちが去った後、呂布は一人、薄暗い部屋で膝を抱えた。


(俺に何ができる…? 親父殿がいないこの并州で、一体何を守れというのだ…?)


脳裏に、丁原の最後の言葉が蘇る。『ワシの跡は…お前が継げ…この并州を…民を…守るのだ…』『お前ならできる…ワシが教えた…『義』があるはずだ…』


(義…? 親父殿の言う『義』とは何だったのだ…? ただ人を裏切らぬことか? いや、それだけではないはずだ…)


彼は、丁原が常々口にしていた言葉を、一つ一つ辿たどるように思い返した。「力だけに頼るな。将たる者、智勇を兼ね備えねばならん」「最も大切なのは『義』だ。民を守り、主君に忠を尽くす。その心を忘れれば、どれほど強くとも、ただの獣と同じぞ」


(民を守る…それが親父殿の『義』だったのか…? 俺は…俺の武は、そのためにあったのか…?)


自問自答が、彼の胸を締め付ける。力しか取り柄のない自分に、本当にそれができるのか? また多くの部下を死なせてしまうのではないか? 育ての親への恩義と、託されたものの重圧、そして己の無力感がない交ぜになり、彼の心は千々に乱れていた。


(親父殿なら、どうされただろうか…こんな時、どうやって立ち上がったのだろうか…)


答えは見つからなかった。ただ、深い悲しみと、やり場のない無力感が、彼を再び闇へと引きずり込もうとしていた。


その時だった。


「申し上げます! 呂布将軍に緊急報告!」


伝令の兵士が、文字通り血相を変えて部屋に飛び込んできた。その尋常ならざる様子に、呂布の虚ろだった瞳が、わずかに鋭さを取り戻した。

「北の国境にて、異民族の大軍が出現! 我が方の斥候によれば、その数、およそ一万! 国境の砦に向かって進軍中との報せにございます!」


「なに!?」呂布の表情が一変した。彼の全身に、まるで眠っていた獣が叩き起こされたかのように、闘気が走り始めた。「どこの部族だ!?」

「はっ、旗印は…『黒狼』! 先日、奉先様に討ち取られた将の残党が、周辺の小部族をまとめ上げ、復讐のために押し寄せてきたものかと! しかも、その装備、以前よりも整っているとの報告も…背後で誰かが糸を引いているやもしれません!」


「黒狼…あの時の!」呂布の脳裏に、かつて自分が守ったはずの民が、再び蹂躙じゅうりんされるかもしれないという危機感が走った。そして、再び、丁原の最後の言葉が雷鳴のように響き渡った。

『この并州を…民を…お前が、守るのだ…』


(そうだ…俺は、親父殿に託されたのだ…! この并州を、民を、そして…あの娘たちを守ると…! 俺がここで立ち上がらねば、誰が守るというのだ!)


だが、すぐに完全な自信が蘇ったわけではなかった。(俺に、本当にできるのか…?)という不安は、まだ心の底にくすぶっていた。


その呂布の元へ、陳宮と張譲が駆けつけてきた。

「将軍! ご決断を! 異民族の侵攻、座して見過ごすわけにはまいりません!」陳宮の声は冷静だったが、その瞳には呂布への強い期待が宿っていた。

「奉先様! あなた様を信じておりますぞ! この老骨、いかなる命令にも従います!」張譲は、涙ながらに呂布の手を握った。


彼らの言葉、そして自分を信じるその眼差しに、呂布の心の中で、何かがカチリと音を立てた気がした。


(俺は一人ではない…親父殿が遺してくれた、この信頼できる仲間たちがいる…)


そして、先ほどの娘たちの、健気な姿が脳裏に蘇った。


(あの子たちの笑顔を…この手で守らねばならん…)


義務感、責任感、そして守るべきものへの強い愛情。それが、彼の心の奥底に眠っていた「武」の魂を、ゆっくりと、しかし確実に揺り動かし始めていた。


「…陳宮、張譲」呂布の声は、まだ少しかすれていたが、そこには以前の虚ろな響きはなかった。「…出陣の支度を…頼む」

その言葉は、完全な復活を意味するものではなかったかもしれない。だが、それは確かに、絶望の淵から這い上がり、再び戦場へと向かうという、彼の「意志」の表明であった。


「お、おお…! 奉先様!」張譲は、感極まって涙で声を詰まらせた。

「ははっ! 承知いたしました!」陳宮も、力強く応じた。彼の顔には、安堵と、そしてこれから始まるであろう戦いへの緊張感が浮かんでいた。張遼、高順も、主君の決意を聞き、静かに、しかし固い覚悟をその瞳に宿した。


呂布は、埃をかぶっていた鎧を、震える手で、しかし自ら再び身にまとった。その重みが、今は心地よかった。そして、厩舎うまやへと向かい、主の決意を感じ取って荒々しくいななく赤兎の元へ行った。赤兎の力強い鼓動を感じ、その首筋を撫でているうちに、呂布の心の中で、迷いは徐々に消え去り、代わりに、戦場へと向かう武人としての本能が、燃えるように蘇ってくるのを感じていた。


(そうだ…俺は戦うために生まれてきたのだ。そして、守るべきもののために戦う。それが、俺の道だ!)


城門前には、主君の出陣の報を聞き、不安と期待の入り混じった表情で集結し始めた兵士たちの姿があった。彼らの顔を見て、呂布の心に、ついに最後の迷いが消え去った。


(この者たちを、俺が率いるのだ。親父殿のように…!)


彼は赤兎に飛び乗ると、城門前に集った兵士たちの前に立った。その姿は、数日前までの絶望に沈んだ男のものではなかった。傷つき、苦悩しながらも、再び立ち上がった、真の指導者の姿であった。


呂布は、方天画戟を高々と掲げ、天に向かって高らかに宣言した。その声は、もはや微塵の迷いもなく、并州全土に響き渡るかのような、力強さに満ちていた。


「者ども、聞け! 亡き丁原様は、この呂布に并州の未来を託された! 今、北から我らの土地を脅かす蛮族どもが迫っている! だが、恐れることはない! この呂布奉先が、そして天におられる丁原様の魂が、我らと共にある! 我らは、この并州を、我らが愛する故郷を、一歩たりとも奴らに明け渡すことはない! 全軍、出陣!」


「応!!」

「応!!」

「応!!」


兵士たちの鬨の声が、大地を揺るがし、天を衝くように響き渡った。それは、深い悲しみを乗り越え、新たな決意の下に団結した、新生・呂布軍の力強い産声うぶごえであった。


呂布は、赤兎を駆けさせ、軍の先頭に立った。その背中は、もはや迷いを抱えた若者のものではなく、并州の全ての民の命運を一身に背負う、覚醒した「継承者」のそれであった。彼の新たな、そして真の戦いが、今、始まろうとしていた。

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キャラブレすぎじゃね?w
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