起業
現時点での参考文献
「卒業の夏」K.M.ペイトン 福武文庫 1990
八木沢達志は起業することにした。
本をぱらぱらとめくると少し苦いチョコレートのような香りがほのかに漂ってきた。もう愛読本の「卒業の夏」も古書になったのか、と不意に気付く。
記憶がちょうどこの「卒業の夏」の一ページのように次々と思い返された。
ハーレーダビッドソンを乗り回した大学生時代。愛車を手放し、7万円の手切れ金で家族と縁を切った入社1年目。——結局、その会社生活も長くは続かないのだが、そのころは、達志はまだ順風満帆だと思い込んでいたのである。
退屈で憂鬱な会社生活は性に合わなかった。ギャンブルにはまって、負ったのは結局27万円の借金だった。頑張れば返せる額ではあったが平社員にとって、1か月はシャワーや風呂に入らずカップラーメンにお湯を注ぐだけの生活をしないと耐えられなかった。
八木沢はその借金の苦しさにも耐えられなかった。空をぼんやり見つめていると、雲がぽっと降ってきて、ケサランパサランみたいに手に乗らないかなあ――窓枠に頬杖をつきながら、そんなことを、つい思う。
そんな性格だったからか、最悪のシナリオが続いても、最悪の終わりを迎えることはなく、ギリギリで通った自己破産だけを武器に、今日、起業の決心を固めた。