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ゼロ収束を楽しむ

作者: 猫田蛍雪
掲載日:2024/08/04

 誰しも後悔はあるものだ。

 学生になって勉強をやり直したい・・・・・・。

 過去に戻ってやり直したい・・・・・・。

 いずれも、やり直しがきくものがあれば、できないものが存在する。

 たとえば、学生に戻って勉強をやり直したいことを考えてみる。

 年齢を戻すことはできないし、小学校からやり直すわけにもいかない。

 お金があれば教科書を買って学び直しができるが、同時に時間も使うことになる。

 このように、やり直すことができることとできない事がある。

 それから、学び直しをするということはお金や時間が、学生時代より倍かかってしまう。

 結局、やり直すという行為は大変なことなのだ。


 次に後悔しないための方法を考えてみる。

 もう一度、学生について考えてみる。

 ある学生は、勉強熱心なため学業で優秀な成績だった。

 一見すると、なんの問題がないようにみえる。

 しかし、この学生は社交的でなく、学校内のイベントも「ただ参加するだけ」だった。

 ポイントなるのは「ただ参加する」ということである。

 主体的に参加するのと、受け身で参加するのは気持ちの持ちようが全く異なる。

 主体的な意味とは、周りと協力してイベントをやっていこうという前向きなあり方だ。

 しかし、受け身の意味とは、大多数がやっていくことに着いていくだけという考え方だ。

 主体的に参加するか否かは、この学生の自由ではある。

 しかし、後悔が生まれる原因はこれにあるのだ。

 いかにして、いちイベントに対して楽しんで取り組めたかということなのだ。

 主体的に参加すれば、イベント後は達成感や自己の成長につながるかもしれない。

 受け身ならば、イベント後は終わっただけと思うかもしれない。

 そのように感じらるのは、大多数の行動に対して合わせて動いたためだ。


 人は後悔して、はじめて過去の過ちに気がつく。

 前にも述べた通り、後戻りしてやり直すことができること、できないことがある。

 そうした後悔しないためには、主体的に行動しなければならない。

 大学受験・・・・・・。

 就職活動・・・・・・。

 よくある例として、結果が思わしくないとき、他者のせいや環境のせいにする。

 間違いではないが「受け身」すなわち、大多数にあわせて行動していなかっただろうか?

 大多数がいっていること、行動していることは正しいようにみえる。

 しかし、「自分の人生は自分のもの」であって他者のものではない。

 これは他者から侵害されるものであってはならない。

 誰かを巻き沿いに考えてはならない。

 自分で主体的に行動して考えなければならない。

 そのためにも、毎日のように変わらない生活・・・・・・。

 ゼロ収束・・・・・・。

 これは、つまらないかもしれないが、かけがえない時間である。

 後戻りできない、かけがえのない時間・・・・・・。

 だから、毎日、一生懸命に生きなければならない。

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