第八話 水色髪の少女
レイとユノが森に入って約一週間。
レイの魔法はまだまだ未熟故、危険度の低い魔物に遭遇したときは実践形式でユノが指示を出しながら魔物と戦った。
今回の敵はレッドウルフ。普通のウルフが魔力の影響を受け、毛の色が変異した魔物だ。強靭な牙と爪がレッドウルフの特徴だが、遠距離で対応すればなんてことはない。ただし魔法使い一人で相手をするなら話が変わってくる。スピードの早いレッドウルフに距離を詰められてしまえば、魔法を発動するまでもなくやられてしまう。
この戦いにおいて、まずレイに求められるものは敵の攻撃を躱す回避力。そして敵がレッドウルフだけとは限らない。レッドウルフが援軍を呼ぶ可能性、他の魔物との遭遇戦に発展し、連戦の恐れを考慮するとレッドウルフ一体に全魔力を掛けて撃破したとしても、後から来た増援に打つ手なくやられてしまうのは目に見えている。つまりそうならないためには、いかに素早く敵を仕留められるかが求められる。しかしレイの攻撃力では以前戦ったレッドウルフに魔法を十発、二十発当てようと倒れることはなかった。そこでレイの魔法の練習も兼ねてレイが魔法で錯乱し、ユノがとどめを刺すことになった。もちろんユノが危険だと判断すれば、敵は一瞬にして消滅する。
「レイ! 攻撃を避けるときには敵に背を向けない!!!」
レイは攻撃を避ける際に毎回背を向けて走って逃げてしまっていた。これでは敵からしたら格好の的でしかない。しかし何度指摘されても、その癖がなかなか抜けることはなかった。日本という平和な国に生まれ、格闘技など少しも触れてこなかったことがここにきて仇となる。そしてその回避力の低さが、レイの魔法詠唱の足を引っ張る。
「回避に集中しすぎよ! 余裕を持って避け、出きる限り魔法に集中して! じゃないと魔力が乱れてさらに威力が落ちるわよ!」
ユノの言う通り、レイは避けることに精一杯で魔法が疎かになっていた。なんとか攻撃を避けて魔法を撃つも、魔法構成する魔力が焦りによって乱れ、威力、速度、飛距離それら全てが低下してしまっていた。これでは敵にダメージを与えるどころではなく、無駄に魔力を消費してしまうだけである。
レイ一人であればレッドウルフの攻撃はレイに届いている筈だったが、ユノが敵の攻撃を食い止め、倒さない程度の魔法で援護していた。レイが先導、ユノが決め手のこの形が完成するのはまだまだ先の話である。
レイの魔力と体力が底を尽き始めた頃合いを見て、ユノは闇魔法で止めを刺した。
「はあ……はあ…………はあ………………だ、駄目だ……攻撃を避けるので………………精一杯だ………………」
「お疲れ様レイ。そうね確かにまだまだね。でも良く頑張ったわ」
息を切らしたレイにユノはアドバイスする。
「避けるのが苦手なのは体力や経験が少ないってのもあるけど、周囲が見えてないってのが原因よ。敵の死角、物陰やこの森を最大限活かすことによってそれを補える筈よ」
「な、なるほど………………」
レイの頭には避けることと魔法のことしかなかった。どうしたらもっと楽に避けれるか、どうしたら魔法を撃つ時間を稼げるのか、一歩踏み込んだ所は考えられていないのだ。それらが一つもままならず悪循環が続いていた。
今回の反省を頭に入れながら、レイは体力と魔力を回復するため、しばし休憩することとなった。
川に訪れたレイは上裸になり、戦いでかいた汗を流す。冷たい水が温まったレイの体に突き刺さった。
「さ、寒い………………」
「それくらい我慢しなさい」
そう言うユノは岩陰で遠くの方を見つめていた。というよりは魔物の警戒だ。ちなみにユノの体には味覚や触覚はあれど、発汗機能は備わっていないため水浴び不要である。
レイは水浴びを終えると、気になることがあったのか、濡れた上裸のままユノの元へ行き質問をした。
「そういえばユノ、俺ってこれからどうしたらいいのかな」
するとユノは沈痛な趣になる。それに気づくレイだが、その真意を汲み取ることは出来なかった。
レイの質問はとても大雑把だが至ってシンプルだ。そもそも元の世界に帰れるのか、そして今はユノと行動を共にしているが、リュミエールに着いた後も行動を共にしていいのかである。なにかしらの理由でユノと行動出来なくなった場合、この世界で頼れるのはユノしかいない。レイが抱いたのは、これから先の未来への漠然とした不安だった。そんな不安を払拭するかのようにユノは自分の意思を伝えた。
「レイがこの世界でやりたいことがあるのなら、私はそれにとことん付き合うわ。でもやりたいことがないのなら、私は貴方が故郷に帰れる手段を探し続けるわ」
「なんでそこまでしてくれるの?」
「…………」
ユノは問いかけには答えずに俯いた。しかしその答えはレイを巻き込んだ責任であり、罪滅ぼし以外にありはしなかった。それをうすうすとレイは気づいていた。
「なあユノ、ユノは行きたい所とかやりたいことってないの?」
「そ、それは………………」
その時だった。
ドゴオオオオオオン!
話を遮るかのように轟音が鳴り響き、森全体がその振動に包まれた。
「な、なんだ!?」
「近いわね………………」
動揺するレイに対し、ユノは冷静に震源の方向を把握する。何者かが戦闘を行ってるのか、はたまた自然現象によるものか。どちらにせよこのまま森を進むに当たって、無視できるものではない。
ユノとレイは詳しく状況把握をするため、その場所へと足を向けた。
◆◆◆
ユノたちが震源地に近づくにつれ、いくつもの木が切り倒されていた。その様子を見る限り、これは人の手によるものではないという事は理解できた。
その理由は切断面が異様なほど綺麗なことにある。仮に人為的なものとするのならば様々な矛盾が生じる。盗賊や山賊の仕業であれば、ここまで大胆な戦い方をしないであろう。騎士や腕の立つ冒険者が斬ったのであればこの斬れ味も納得だが、それほどの実力があれば、敵を仕留めるのにここまで凄ましい光景になるとは考えにくい。
となれば答えは一つだ。魔物である。人より遥かに知性の低い魔物ならこの惨状にも納得だ。
ユノはそんな様子から警戒心を高め、緊張感を持つ。
「レイ、恐らくこれは魔物の仕業よ。まだレイは魔力が回復してないんだから、私の後ろにいなさい」
「わ、分かった」
前回の戦闘からそれほど時間は空いておらず、レイの魔力はほとんど残されていなかった。武器すら持たない今のレイでは完全に足手纏いである。
そんな状態で二人は更に森の奥へと足を進めた。
そこで二人が見たものは、今まさにガストベアに止めを刺されそうになる人間であった。
「ダークネススピア!!!!!!!!!」
「ちょっと! レイ!!!」
最初に飛び出したのはレイだった。ユノの言いつけを守らず、彼はユノの前に出てガストベアに攻撃を仕掛けた。
攻撃はガストベアに命中したものの、掠り傷一つ付けることは叶わない。
しかしレイのその一瞬の判断力で水色髪の少女に止めを刺す手は止まった。
ガストベアは横から手を出された事に腹を立てたのか、標的をレイに定め、強靭な爪から刃を放つ。
あまり凄まじい速度のため、それをレイに防ぐ術もなければ、動体視力も追い付かず避ける手立てもない。
「全てを飲み込め! ダークウォール!!! レイなにをしているの! 直ぐに後ろに下がりなさい! こいつは貴方の敵う相手ではないわ!」
「ご、ごめん」
レイの目の前に真っ黒に蠢く壁がそり立つ。その壁は、ガストベアの風の刃を飲み込み消滅させた。
レイが後方に退避したことを確認したユノは、ガストベアに向き合い完全な戦闘体制に入る。
ガストベアは風の刃を更に放つが、ユノはこれを全て防いだ。
風の刃が無意味と気づいたガストベアはユノに突進する。
しかしそこにユノの姿はなかった。
「影の中に!?」
そう、ユノは自分の足元にある影に入ったのだ。
そして…………。
「全てを 包み 飲み込め。ダークウォール!」
敵を見失ったガストベアを、先程の風の刃を防いだ真っ黒い壁が四方を囲みガストベアを閉じ込めた。
逃げ場のないガストベアは、迫る壁に手も足も出ずに消滅したのだった。
戦闘を終えたユノは、地面からにょきにょきと姿を現し、レイの元へ駆けつける。
「怪我はしてない?」
「うん、ありがとう」
「さっきは強く言いすぎたけど、レイがあの時魔法を撃たなかったら、あの子は間違いなく死んでいたわ」
彼女はその言葉に続けてレイに疑問をぶつける。
「なぜ彼女を助けたの? 相手はガストベア、明らかに敵う相手じゃなかったでしょ」
そんな疑問にレイは迷うことなく即答した。
「そうだね…………体が勝手になんて……言えたら物語の主人公ぽくってよかったかな…………想像してみたんだ。自分が冒険者に殺されそうになって、誰かに助けてもらいたくて仕方なかった、あの時の気持ちを」
「そう、誰かの痛みを理解するのは決して簡単なことじゃないわ」
ユノは勝手に動いたレイを叱りたい気持ちもあったが、レイの判断の素早さには目を見張るものがあり、それを素直に称賛した。
「とりあえずあの子を先に保護しましょうか」
こうしてフォルティナは二人の手によって、九死に一生を得たのだった。
次回「リュミエール王国」