第十一話 リュミエール剣魔学園
教会を後にした俺は、再び影に戻ったユノを問いただした。
(ユノ、さっきのはどういうこと?)
(…………何も言わずに決めたことは謝るわ…………ごめんなさい)
やはり何かしらの理由があったのだろう。きっとユノなりに精一杯考えてくれたんだ。でなければ、あんなことをいきなり言うはずもない。
(前々から考えていたの。このまま当てもなく帰還方法を探して、無為にレイを振り回すくらいだったら、一度学園を拠点として帰還方法を探った方が良いんじゃないかと思って。もしかしたら剣魔学園にその方法の鍵があるかも知れないし。でも万が一その方法が見つからなかったとき、レイがこの世界で生きていく力になると思ったの)
(そっか……色々考えてくれたんだ)
ユノはいつも俺のために動いてくれた。戦い方やこの世界のことをたくさんの教えてくれた。
だが俺は、戦いの度に足を引っ張り、彼女に頼りっぱなしだ。
このままでいいわけがない。
ユノにだってやるべき事、やりたいことがあるかもしれない。
…………やりたいこと?
俺はふと、以前ユノが話していた精霊の森のについて思い出した。彼女は同じ特異精霊の仲間と離ればなれになったと言っていた。その事について俺は唐突に聞いてみた。
(ユノ、前に言ってた特異精霊はユノみたいに人形の姿をしているのか? どんな関係だったんだ?)
(…………うん、みんな人形の姿よ。私にとってはとても、とても大切な……家族みたいな存在だったわ)
離ればなれになった家族…………そっか、ユノは…………。
その話を聞いて、俺は決意した。
(ユノ、俺強くなるよ)
(え?)
そこで俺とユノが会話をしていることに気づかないフォルティナが俺を呼び止める。
「取り敢えず、せっかくもらった回復薬飲んじゃわない?」
「あ、そうだね」
「はぁ…………私、回復薬苦手なのよね……」
「え? どうゆうこと?」
回復薬が苦手とはどういうことだろうか。もしかして味がめちゃくちゃ悪いのかな? よくあるファンタジー小説じゃ普通に飲んでるものだけど……。
俺は嫌々回復薬を飲むフォルティナに続いて、小瓶に入った回復薬を口に流し込んだ。
すると意外なもので……。
「あれ? 味は結構美味しいよ? なんか大分癖のあるスポーツドリンクみたいだ」
「スポーツドリンク? なにそれ、まぁ味はともかく問題はその後なのよ……」
「え?」
すると飲んだ数十秒後、その症状が現れる。
「うわ!? なんだこれ」
「お? さっそくレイもきた? この体がだるーい感じ、本当に嫌」
俺を襲った症状は、まるで何キロもの、マラソンを走り終えた瞬間並の疲労感だった。全身から汗が吹き出し、めちゃくちゃ火照り、息が切れる。
それに比べると、フォルティナは随分と余裕があるように見える。
副作用にしては強すぎるんじゃないか?
その結果、俺が真っ先に疑ったのは司教の存在だ。
(ユノ…………これ全身が焼けるように熱いんだけど……もしかしてあいつが毒でも入れたんじゃ……)
(いいえ、それが回復薬本来の副作用よ)
(え? 副作用? 回復薬に副作用なんてあるの? 聞いてないんだけど)
(そういえば言っていなかったわね。回復薬ってのは強制的に体の回復力を活性化させるものなよよ。だからそれに伴い、体に適度の疲労感が現れるわ。回復薬の濃度が高ければ高いほどね)
な、なんだよそれ。普通、体を癒す回復薬に副作用なんてついてるかよ……。
あぁ、駄目だこれ…………意識が…………。
(ちょっとレイ!!!)
そして俺の視界は辺りが真っ黒に染まった。
◆◆◆
レイが倒れた後、私とフォルティナはすぐに近くのボロ宿屋に駆け込み、レイをそこで休ませた。回復薬の副作用などすっかり忘れていた。いつもあの子の力に頼っていたからだろう。
そして日が明け、窓からは朝日が差し込む頃、レイはその眩しさを感じ取ったのかようやく目を醒ました。
私はレイの直ぐ横に座り、起きたレイに声を掛ける。
「おはようレイ。調子はどう?」
「うん、大丈夫そう」
良かった。レイの顔色はすっかり明るくなり、万全に回復したようだ。
そんなレイの顔を眺めていると、レイがふと私の頭大きな手で包み込むように撫でた。
「な、なにするのよ」
「いや、なんだか……ユノの顔ってせっかく綺麗なのに、いつも辛そうな表情してるからさ………………ってちょっとユノどうしたの!?」
「え、え?」
気が付くと私の目からは涙が溢れていた。
あぁこうやって頭を撫でられるのはいつぶりだろうか。
もう二度とないと思っていたのに…………。
泣かないって決めてたのに…………。
「えっとユノ大丈夫?」
「あ、あんまり女の子の頭を、いきなり撫でるもんじゃないわよ…………」
「あ! ご、ごめん嫌だった?」
「…………いいからそのまま続けなさい…………」
レイが私の頭を撫でる間、涙は決して止まらなかった。
彼の優しさが、塞き止めていた私の気持ちを無理やりこじ開けるように…………。
私はまるで子供のように、泣いた。喚いた。
もう愛理がこの世にいないと思うと、辛くて、ただ辛くて。
「俺でよかったら相談乗るからさ、辛いときは言いなよ?」
「………………いつかちゃんと話すわ」
私は自分の気持ちに整理が付くまでレイの胸を借りた。
◆◆◆
「ごめんなさい。情けない姿を見せたわ。それじゃ早速準備しましょうか」
「試験かー…………ちょっと緊張するな」
「多分形だけのものよ? あの司教が口を挟んでくれたんだから」
「だといいけど……」
ユノが平静を取り戻した後、俺は隣の部屋で爆睡しているフォルティナを叩き起こして、宿屋を後にした。どうやらフォルティナにも、それなりに回復薬の副作用が効いていたようだ。
これから向かうのは、リュミエール王国の比較的中央に位置する剣魔学園。先日足を運んだ教会よりも更にかなり先にある。学園周辺、つまり中央付近は高位貴族の屋敷がそれなりに散見され、それと同時に衛兵などの警備のレベルが明らかに上がっている。
そして、もはや一国の城かと見紛うほど壮観な校舎、その校門が俺とフォルティナを迎えた。学園も同様警備が厳重で、衛兵が待ち構えていたが、司教のことが既に伝わっていたためか、事情を話すとすんなりと通してくれた。
豪奢な廊下を渡る学生たちは、皆が統一された制服を身に纏い、その姿から貴族の威厳と気品を感じ取ることが出来る。そのうちの生徒一人に理事長の場所を尋ね、理事長室へと向かった。
理事長室の扉は他の教室の扉とは比較にならないほど大きく、その大きさからただならぬ緊迫感を放っている。
その扉をフォルティナが叩いた。
「失礼します。先日司教の元を訪れた者です」
「ああ、入りたまえ」
理事長室は、理事長一人が使うとは思えないほど広く、大広間と言っても過言ではない。本棚に整然と並べられた本ですら、洒落た風情を感じる。染み一つない真っ赤な絨毯は、汚れた靴で歩くことを憚られ、その美しさから背徳感を覚える。
そんな大広間の巨大な窓のすぐ前に、理事長と思われる人物が泰然と座っていた。長い白髪に強面な顔のせいか、男には不機嫌そうな第一印象を受ける。
理事長の形相に怯み、緊張感漂う空気の中、最初に口火を切ったのは理事長だった。
「初めまして、私がこの学園の理事長を任されているグランデールだ。貴公らの来訪を歓迎する」
グランデールに続き、俺とフォルティナは自己紹介をし、早速本題に入った。
「さて、ベルゼー司教から話は伺っている。本来であればこのように私と面会することはないのだが、司教の推薦となると話が変わってくるもんでな。だが司教の推薦といえど、一応試験だけは受けてもらうがいいかね? と言っても、私が貴公らの実力を測りたいだけだがね」
「ちょっと待ってもらえるかしら」
「ん?」
グランデールに受け答えたのは、俺でもフォルティナでもなくユノだった。ユノは俺の影から姿を顕し、グランデールにその身を見せた。その姿を見たグランデールはユノに敬意を示し、頭を軽く下げた。ユノの姿を見て驚き一つない理事長の様子を見るに、やはり司教からユノのことも聞いていたのだろう。
「これはこれは、上位精霊ユノ様。御会い出来て光栄です。ベルゼー司教から貴方様のこともお耳にしております」
「そうなら自己紹介は要らないわね。試験の事なんだけど、そこにいるフォルティナは置いておいて、私の主であるレイは戦闘に関してはまったくの素人なのよ。その辺を加味してくれると助かるんだけど」
「勿論ですとも。ユノ様の主に怪我一つ負わせないことを、約束致しましょう」
「それならよかったわ」
俺の心配をしてくれたユノは理事長との話が終わると、俺の直ぐそばに来て「無理はしないようにね」と一言添えた。
そして頭を上げたグランデールはユノから目線を外し、話題を変え、フォルティナに話し掛けた。
「ところで、君はマギアの一族だね? 毎年マギアの新入生の顔は確認しているが、君の顔に見覚えはない。何か手違いでもあったかな?」
そのグランデールの一言を聞いたフォルティナの表情は、意を決したような面持ちで、鋭い目付きでグランデールにはっきりと言う。
「私の名前はフォルティナ・マギア。私は生まれつきまともに魔法が使えません。それ故、一族ではマギアの恥さらし、落ちこぼれとして扱われてきました。ですが……最弱だからといい、学園が私を阻むというなら、私は実力で貴方に入学させる価値があると示します」
「――――ハハハ面白い! フォルティナと言ったな。で? 入学して、知識を得て、貴様は何を望む?」
「世界最強の魔法使い!」
「ハハハハハハ! いいだろう! ではそれをこの後の試験で示して見せよ! 二人とも付いてきたまえ」
フォルティナの威勢に、感化されて機嫌がよくなったのか理事長は早足で部屋を飛び出し、俺たちはその後に続いた。
次回「模擬戦」