ネコさんとクマさんとサルサルじいさんの夕暮れ
この短編は、家紋武範様主催の夕焼け企画参加作品です。
あるところに、大きな森がありました。
その森では、たくさんのいきものが、のんびり気ままにすごしています。
おや?森のはじっこの方に向かって歩いているのは、まっ白なネコさんです。
落ち葉をさくさくと踏みしめながら、どこかに向かっているようです。
「にゃふふ〜ん、にゃふぅ〜」
ごきげんで鼻うたをうたっています。なんの歌でしょうね?
ぽてぽてと歩き続けて、みどり色の屋根のおうちの前で止まると、大きな声を出しました。
「ごめんくださいにゃ〜!クマさーん!あそぼうにゃぁ〜!!」
返事がありません。
ネコさんは長くてまっ白いしっぽをゆっくりと左右にふって、クマさんが出てくるのを待ちます。
ふりふり。
クマさんは出てきません。
ふりふり。
やっぱりクマさんは家から出てきません。お出かけしているのでしょうか?
ネコさんは家のまわりをゆっくりと一周しましたが、やっぱりクマさんはいません。
「いないにゃぁ……」
ネコさんは小さくつぶやくと、ちょっとだけしょんぼりしながら、来た道をもどり始めました。
森の中でとってもきれいな赤色になっているモミジの木を見つけたので、クマさんにも見せてあげたいとネコさんは誘いに来たのです。
「また後で来てみようかにゃあ」
ぽてぽてとお日さまのあたる道を歩いていると、足元に松ぼっくりが落ちていました。
「松ぼっくりにゃ!」
ネコさんはしゃがみこんで拾いました。
でも、おかしいですね。
この辺りに松の木はないのですが。
「あ!またあったにゃ!」
しゃがんだまま、道を見ると少し離れたところにまた松ぼっくりが。
ネコさんはぽてぽてと走って、二つめの松ぼっくりを拾います。
「にゃにゃ!また松ぼっくりにゃ!」
またまた少し離れたところに松ぼっくりがあります!
「にゃあ〜!松ぼっくりをあつめるにゃあ!!」
なんだか楽しくなってきたネコさんは、道にぽつぽつと落ちている松ぼっくりを拾っていきます。
「にゃふふ〜ん、にゃふぅ〜」
前足に松ぼっくりを抱えて、見つけてはまた拾います。
「にゃはははは〜。いっぱいあるにゃあ」
落ち葉が積み重なったところになっても、まだ松ぼっくりは落ちています。
ネコさんもすっかり松ぼっくりに目がなれてしまいました。
「にゃにゃにゃ!そこだにゃ!」
落ち葉の上にあっても、ネコさんにはすぐに見つけられます。
松ぼっくりを拾って、拾って、もうこれ以上は持てないほどになりました。
ネコさんは、両前足で松ぼっくりを抱えなおすと、よっこらせと腰を伸ばしました。
そしてまわりを見て思いました。
「……ここはどこだにゃあ?」
松ぼっくり拾いに夢中になって、ネコさんは迷子になってしまいました。
右を見ても、左を見ても、うしろを見てもたくさんの木が見えます。
ネコさんは知っている木はないかと目をこらしました。
目じるしの木をどれかひとつでも見つけることができれば、森のどこにいるのかわかるのですが。
キョロキョロと首を回して、目じるしの木をさがしていると、どこからか美味しそうな匂いがしてきました。
ふんふん。
ネコさんは、鼻を動かします。
ふんふんふん。
ヒゲがピクピク動きます。
ふんふん。
「……おいものにおいがするにゃあ」
ぐう〜。
ネコさんのお腹が鳴ります。
もう少しでお昼ですからね。
お腹も減っています。
「どこから、においがするのかにゃあ」
松ぼっくりを両前足にかかえたまま、ネコさんはフラフラと歩きはじめました。
カサカサと落ち葉が鳴ります。
ふんふん。
カサカサ。
ふんふん。
カサカサ。
ふん?
ネコさんが匂いをたどって進んでいくと、白い煙がもくもくと出ている屋根の高いおうちがありました。
いい匂いはそこからきているみたいです。
「にゃあ!」
ネコさんは初めて見つけたおうちに、ちょっとわくわくしてきました。
かかえた松ぼっくりを落とさないようにして、玄関の前に立ちます。
「にゃあ?」
玄関の引き戸の横には小さなイスが置いてありました。そして、そのイスの上には、竹の皮に包まれた干しイモがのせられていました。
「……おいしそうだにゃあ」
竹の皮のすき間からおいしそうな干しイモが見えます。ねっとりとした黄色いおイモの上に、ふわぁっと白い粉がふいています。
「……たべたいにゃあ」
よだれがネコさんの口元から出てきました。
じいっと、干しイモを見ていると、玄関の引き戸が大きな音で開けられました。
ネコさんがびっくりして顔を上げると、そこには真っ赤な顔のサルのおじいさんが立っていました。
サルのおじいさんは、ネコさんと目が合うと、大声で言いました。
「ようやくきたか!
こんのドロボウねこがぁ!!!」
「にゃあああ〜〜!!!」
ネコさんはびっくりして、かかえていた松ぼっくりを全部落としてしまいました。
「ど、どろぼうしてないにゃあ!!」
「干し芋ドロボウが何言ってやがる!」
「ほ、ほしいも、たべたいけど、たべてないにゃあ〜〜!!」
はじめて会ったサルのおじいさんに怒鳴られて、ネコさんは涙をぽろぽろとこぼしてしまいました。
「どろぼうしてないにゃあ〜〜!
にゃあ〜〜!にゃあ〜〜!!」
ネコさんがどろぼうじゃないことを大声で繰り返し言っていると、サルのおじいさんはだんだんと肩を落としていきました。
そのサルのおじいさんのうしろから、びっくりしたようなクマさんの声が聞こえました。
「あれ?!ネコさん、どうしたの?!」
「どうろぼうしてないにゃあ〜〜!!」
サルのおじいさんは困った顔で、クマさんをネコさんの方に押し出しました。
「三毛猫じゃあねえなぁ」
「サルサルじいさん、ネコさんは白ネコだよ。三毛猫さんじゃないよ!」
「みけねこじゃないにゃあ〜〜!!」
にゃあにゃあ泣き続けるネコさんに、クマさんが優しく話しかけます。
「ごめんね、ネコさん。サルサルじいさんはね、ずっと三毛猫のおかあさんが来るのを待ってるんだ」
「待ってなんかいねえ!」
「サルサルじいさん、ネコさんを三毛猫さんと間違えたんだ。
ネコさんがドロボウじゃないってわかってるから。ね?」
クマさんはサルサルじいさんの方に顔を上げると、「ネコさんにあやまって」と言いました。
「……すまん。ようやく、オレの干し芋を食べに戻ってきたんだと思って。
まちがえた」
「ど、どろぼうねこは、ひ、ひどいにゃあ」
「すまん」
えっぐえっぐと泣き止もうとネコさんは、何度も目をこすります。
「ま、まつぼっくり、お、おとしたにゃあ」
「あれ?ネコさん、もしかして松ぼっくりを拾ってきたの?」
「そ、そうだにゃあ〜」
サルサルじいさんは頭をかきながら、ネコさんに言いました。
「すまん。クマっこの所から、焚き付けに使う松ぼっくりを持ってきてもらったんだが、オレの用意したふくろに穴があいていて。
クマっこの落とした松ぼっくりを拾ってきてくれたんだな」
ふーふーと、ネコさんは息をととのえながら、うなずきました。
「ありがとうな。お礼とネコ違いした詫びに、干しイモを食べていけよ」
「ネコさん、サルサルじいさんの干しイモはとっても甘くておいしいんだよ。一緒に食べよう」
ネコさんはもう一度だけ目をこすると、小さくうなずきました。
***
「にゃあ〜!すごいにゃあ!!」
ネコさんがクマさんのあとについて階段をのぼっていくと、屋上には網で作られた棚がびっしりと並んでいました。
その網の棚の向こうには、緑色に黄色に赤と、たくさんの色にいろどられた森の木々が見えます。
干しイモも、森の木々も、お日さまの光にぽかぽかと照らされています。
「ここは風が強く吹くから、干しイモを作るのにちょうどいいんだよ」
クマさんは下から運んできたおぼんを小さなイスの上におきました。
玄関にあったイスと同じくらいの大きさです。
ネコさんはクマさんが、網の棚から干しイモをとりだしてくれるのを待ちます。
クマさんは大きくて甘くておいしそうなぽってりと丸いサツマイモのかたちが残る干しイモをふたつずつ選ぶと、ネコさんに半分渡しました。
「ちょっと待ってね、今、柿の葉っぱを炒ったお茶を出すから」
こぽこぽと音をたてて湯のみにそそがれていきます。
ふんわりと香ばしい匂いがネコさんの鼻に届きました。
「サルサルじいさんの干しイモは、とっても甘いんだ。食べてみて」
「にゃあ」
ネコさんは、はくはくと、干しイモをそのままかじります。
口に入れて、もぐもぐとかむと、口の中いっぱいにさつまいもの甘さが広がります。
「……おいしいにゃあ」
甘くなった口の中に、クマさんのいれてくれたお茶をすすりこむと、今度は香ばしいかおりが広がります。
「……ちょっとだけ、さっぱりするにゃあ」
ネコさんはもぐもぐと干しイモを食べては、ちびちびとお茶をすすります。
もっちゃりとした干しイモをかむほどとに、甘さが口いっぱいに満ちていきます。
クマさんに渡された干しイモを食べ終わりましたが、もうひとつ食べたくなりました。
「好きなだけとっていいよ」
お茶をごくごく飲んでいるクマさんが言いました。
ネコさんは今度は葉っぱみたいに平らな干しイモをひとつえらんで、食べました。
もぐもぐ。
こちらは少しかたいみたいです。
それでも、もぐもぐも噛むほどに甘さが出てきます。
もう止まりません。
ネコさんは黙って干しイモをもぐもぐと食べ続けました。
もうひとつ。
もぐもぐもぐ。
そして、食べ終わってお茶をごくごく。
「ふにゃあ〜。おなか、いっぱいだにゃあ〜」
満足気にネコさんは目を細めます。
「クマさんはたくさんたべるにゃあ」
「もうちょっと食べようかな」
ネコさんがひとつ食べる間にクマさんはふたつペロリと食べていました。
クマさんは、干しイモのついた口のまわりをなめて言いました。
「ところで、ネコさんはクルミの木のあるところは、どこか知ってる?」
クマさんが、もぐもぐとまた干しイモをひとつ食べます。
「ウメのたくさんなるところと、松ぼっくりのたくさんとれるところの近くにあるにゃ」
ネコさんが答えると、クマさんはもうひとつ干しイモをもぐもぐと食べると、お茶をごくごく飲みほしました。
「じゃあ、ネコさん、そこに連れていってくれないかな」
「にゃあ?」
***
サルサルじいさんが穴をつくろった袋を持って、ネコさんとクマさんは、松ぼっくりを拾いに行くと言って出かけました。
「サルサルじいさん、干しイモをあげた三毛猫さんが心配なんだ」
てくてくと歩いていると、クマさんがネコさんに言いました。
「まだ目もあかない、小さな仔猫を連れて、三毛猫さんが森を迷ってたんだって。
それで、毎日干しイモを玄関先に置いてたんだ。
三毛猫さんが食べるように」
「にゃあ」
「それが急に来なくなっちゃった」
「にゃあ!」
どうやら、ネコさんはその三毛猫さんと間違われたようです。
「ぜんぜん、似てないにゃあ」
「サルサルじいさん、心配しすぎてネコさんを三毛猫さんと見間違えたんだ。それにずっとそわそわしてて、落ち着かなくて。
それで、時間をもてあまして、干しイモを作りすぎてるんだよ」
クマさんが困ったように言いました。
「カメコおばあちゃんの頼んだ干しイモの分も、もう作り終わってるし。
三毛猫さんが仔猫と一緒に来ないと、あんなにたくさんの干しイモ、食べきれないよ」
「三毛猫さんはどこにいるにゃ?」
ネコさんは森の中にたくさんのお友だちがいます。でもそのお友だちにも、お友だちのおはなしの中にも三毛猫さんはいませんでした。
「三毛猫さんが最後にやって来た日にね。
サルサルじいさんの干しイモがなくなって、代わりにクルミが何個もあったんだって。
これって三毛猫さんがお礼に置いたんだと思うんだ。
だから三毛猫さんは、今、クルミの木の近くに住むところを見つけたんじゃないかな」
「にゃあ!きっとそうにゃ!」
ネコさんはどろぼうねこと怒鳴られてびっくりして泣いてしまいましたが、あの後ずっとサルサルじいさんは「すまん」、「干しイモ食べろ」、「干しイモ持ってかえるか?」と謝りながらネコさんのそばを離れませんでした。
サルサルじいさんは、口が悪いだけでとても心配性で世話焼きなのです。
「サルサルじいさんも探しに行きたいみたいなんだけど、留守にしているうちに三毛猫さんがきたらどうしようって。
でも誰かに頼むのもできなくてさ。
ほら、あんな口の悪さだから」
クマさんが拾った木の枝をぶんぶんとふり回しながら、ネコさんに言いました。
「にゃあ。どろぼうねこなんていわれたら、三毛猫さんも泣いちゃうにゃあ」
「ほんとうにね」
ネコさんは、サルサルじいさんがつくろって直した袋を胸元に抱えて言いました。
「もういっかい、おじいさんが三毛猫さんにあえるといいにゃあ」
「うん。その時はどろぼうねこなんて言わないように教えなきゃね」
「にゃあ!」
そして、松ぼっくりのたくさんとれるクルミの木につきました。
ネコさんとクマさんは、まず松ぼっくりを拾い、クルミの木の近くに三毛猫さんがいないか探しました。
「三毛猫さーん!」
「にゃー!」
ネコさんもクマさんも、がんばって探します。
けれど、どうやらここには三毛猫さんはいないようです。
それにクルミも拾われてしまったのかひとつも落ちていません。
「こっちじゃないのかな。
ネコさん、ウメの木のある方に行こうか」
「にゃあ!」
ネコさんは、はりきって走り出します。
クマさんは松ぼっくりの入った袋をせおって、ネコさんの後を追います。
てってってっ。
ゆっさゆっさゆっさ。
てってってっ。
ゆっさゆっさゆっさ。
しばらくすると、葉っぱの落ちたウメの木の奥に、丸いうす緑色の実がたくさんなっている木が見えました。
あのうす緑色の実をわると、こげ茶色のクルミが出てくるのです。
「あ!まだクルミの実がある!」
「あるにゃ!」
木の根本をみると、まだまだたくさんのクルミの実が落ちています。
「この木の近くに三毛猫さんがいるにゃ!」
「よし!探そう!」
クマさんは、松ぼっくりの入った袋を置いて、三毛猫さん親子がいそうな場所を探します。
「三毛猫さ〜ん!どこにゃあ!!」
ネコさんは大きな声で呼びかけます。
クマさんとネコさんは一生懸命に三毛猫さんを探し回ります!
***
お空の高いところにあったお日さまも、だんだんと山の向こうのお布団に入ろうと、低くなってきました。
サルサルじいさんは、屋上に干していたサツマイモを全部家の中にしまい終えました。
それなのに、ネコさんもクマさんも帰って来ません。
「ふかしたてのサツマイモ、冷めちまったじゃねぇか」
ブツブツと文句を言いながらも、心配でたまりません。
もう少ししたら日が暮れて、まっくらになってしまいます。
道具の片付けも終わったので、近くを探しに行こうかと玄関前をうろうろと歩き回ります。
でも三毛猫さんが来るかもしれません。
サルサルじいさんは、うろうろと玄関の外を歩き回ります。
サルサルじいさんの影がだんだんと長く濃くなっていきます。
お日さまは森の木々の中にかくれ始めました。
夕日がまっすぐにあたって、黄色や赤色の葉っぱが、宝石のように輝いて見えます。
いくつもまっすぐに伸びた木の影の中を、サルサルじいさんの影がうろうろと動きまわります。
サルサルじいさんよりも、ながぁく伸びたサルサルじいさんの影は、ぐるぐるぐるぐる動き回ります。
その影が、急にぴたりと止まりました。
サルサルじいさんの足元に、長い影が近づいてきました。
その影はサルサルじいさんの影と重なって、ひとつになりました。
サルサルじいさんが、三毛猫さんと三毛猫さんが抱っこしている仔猫を一緒に抱きしめたのです。
「……見つかって、よかったにゃあ」
少し離れたところで、真っ赤になった夕日を背中に浴びながら、ネコさんとクマさんはサルサルじいさんたちを見つめていました。
「サルサルじいさん、黙っていた方がいいのかなぁ」
「にゃははは〜」
サルサルじいさんにこれ以上迷惑をかけたくないと言い続ける三毛猫さんをここまで連れてくるのは大変でした。
そこで、ネコさんとクマさんは松ぼっくりを袋から出して、ありったけのクルミの実を詰め込んで持ってくることにしました。
「干しイモの代わりに、これだけたくさんのクルミがあれば、大丈夫だよ」
「そうにゃそうにゃ」
うす緑の皮を剥いて、クルミを洗って干して、ひとつひとつ殻を割るのは、サルサルじいさんだけでは大変です。それを三毛猫さんが手伝えばいいと、ネコさんとクマさんは言いました。
それで三毛猫さんは、ようやくうなずいて、サルサルじいさんの家まで来てくれたのです。
ネコさんとクマさんの前には、ぽんぽんにふくれあがった袋が置いてあります。
つくろった穴はクルミの実がひとつもこぼれ出すこともなく、しっかりとしています。
「ここに置いて帰ろうか?」
「そうするにゃあ」
まだまだサルサルじいさんと三毛猫さんのお話は、終わらなさそうです。
ネコさんとクマさんは、山に近づく真っ赤なお日さまに向かって歩き出しました。
「わぁ、お日さまが真っ赤だねぇ」
「まっかっかだにゃあ〜!」
まぶしくて、ネコさんもクマさんも目を細めます。
ネコさんはそこで思い出しました!
「そうにゃ!クマさんにモミジの木を見せたかったんだにゃ!
おひさまみたいに、まっかっかのモミジの木を見つけたんだにゃ!」
「それは明日にでも見に行かないといけないね」
「にゃあ!」
ネコさんとクマさんは明日のお弁当は何にしようかと、楽しそうに相談しながら歩いています。
ふたつの長い長い影は、なかよく並んでいました。
明日も一緒に長い影を作るのでしょうね。
おしまい。