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夕暮れ片割れ時

作者: sui

 ―ただ、月の形を観察することだけは忘れなかった。いや、忘れたくなかった。


 田舎から上京してきた。憧れの東京生活に胸を躍らせた。あの頃は必要な物ばかりだった。何故だろうか。僕は風変わりした。心も言葉も身体もプライドも。そして夜が好きになった。

僕を植え付けると同時に私を掻き乱す人がいた。時が経って、どうでも良くなる日が来ると思っていた。信じていた。暗闇でたった一つの月明かりを頼りにするように。それは暗中模索の日々だった。今、私の目の前には紛れもない事実が転がっている。これは夢なのか、幻なのか不思議な感覚に苛まれ、迷子になった。茜色の夕日が事実を照らしてきた。私は紅色に染まっていた。それは夕日に照らされていただけだったのかもしれない。私は初めての感触に吐き気がしていた。

 

 「実はずっと嘘をついていた。」ある晩に彼がそう言った。正直軽蔑した。これまでの想い温もり優しさ、どれも偽りだったなんて言わせない。思わせない。思いたくない。私はこれまでの思い出をかき集め、縋り付いた。音楽を爆音で流した。彼をデートに誘ってみた。性欲を増した。思う存分に寝た。思い出さないように、自分を必死で取り繕った。必死に喜怒哀楽を作ってみせた。そして愛することを止めなかった。だが、たった一つの想いが邪魔をする。逢いたい、あの頃の彼に。青息吐息をする日々に終止符が打たれた。嘘を知ったときの彼は曇り無き眼、それは悲しいくらいに美しかった。私は僅かに感じられる温もりの手で、彼を撫でた。私の知らない彼を無情で撫でることしか出来なかった。彼は意気揚々としていた。その雰囲気を壊さないように、涙が溢れないように笑っていたのか。正気の沙汰じゃない。私は何故かいつも以上に彼を抱きしめて眠りについた。

 何度か朝日を見逃したある日、私は彼の予定に付き合った。何本も電車を乗り換え、いつもと変わらず手を繋いで雑談をして、オトコから私を守ってくれていた。だがその時の私が何を思っていたのか、実を言うとあまり覚えていない。脳裏を埋めていたのは、「ワンナイト」「マッチングアプリ」「セフレ」「経験人数」「3p」「エロい」「太股」「可愛い」「ナンパ」私は彼を待っている間に購入した本をファミレスで堪能していた。瞬く間に時間が過ぎた。人が増えてきたのでその場を離れた。夕方だと憶えているが、街灯も見当たらないせいか、夜に捉えた。私の気持ちを呑み込んで、錯覚の世界を魅せてくれたのだろうか。さて、私は急ぎ足で彼の元へ向かった。その道中で違和感を憶えた。普段なら光もない真っ暗闇であれば不安が募る。よくドラマで見かける殺人現場のワンシーンが蘇るはず。今の私は妙だ。全く怖くないのだ。寧ろ通り魔と言う文字が過るほどに死を望んでいた。私がどれ程に暗雲低迷かを証明する。私は月に選ばれた。月へ伝う梯がおりた気がした。また、また錯覚の世界へ迷い込んだ。幻覚を見るほどに追い込まれている、自我を保たなければ―。大きな音が鳴り目線を落とした。電車だ。ここは東京と雖も閑静。幸運にも真っ暗だった。そんな環境が私の背中を押そうとした。何本も電車を見逃した。気づけば遠くにぼやけて見えた光に手を伸ばしていた。怯まないように辺りを瞼で隠した。もう去りたい。


 ―

轟音が響く中で瞼に鮮明に映像が届いた。心地の良い声、飽きない顔触れ、苦しいほどに逢いたいと思った。唇に苦い雨が吸い込まれた。遮断機が顔を上げているうちに、地面を動かした。事故現場になるはずの道を後にして。一層死んでしまおうか、という感情が根こそぎ消えたわけではない。何時かまた戻ってくるのかもしれない。此所に。だが今は、錯覚で繋がったこの摩訶不思議で頭がいっぱいだった。あのときの彼の笑顔は、私が嫌いな太陽のように暖かかった。また逢える気がした。何かを失った瞬間でさえ、僅かな未来を見せられる。だが未だカレの思考は理解が出来ない。お酒に呑まれても忘れられなかった。一方で、彼は私を罵倒してきた。私は阿鼻叫喚していた。スマホや物に当たり、私を極限まで追い詰めた。暴力寸前な壊滅的状況だった。私の言葉が彼の耳に届くことはなかった。それでも、何も変わらないと知っていても、最後に聞く「ごめんね。」というその言葉に頼るしか他になかった。

やはり、今の彼は私の知らないカレだ。目に見える細胞だけ、夜に響く声だけ、カレにとって都合がいい。ラブソング染みた日々は僅か。私だけが溺れていく。小さな私の声は貫かない。心は躍ることなく夢から温度だけが吸い取られていく。私は私を切り離す。愛して苦しみ死ぬなら本望。名顔も知らないオンナに崩されてたまるか。私は白黒つかない日々を濁していた。みたこともない景色を、まだカレと見たい。今更止まれやしない。私はきっと、欺かれ傷つき不幸になるのだろう。それでもまだ私は先を見てみたいと思う。この想いが一方通行であれ構わない。二人分愛せば丁度良い。恋はその始まりが美しすぎるのだから、結末が決して良くないのも無理はないだろう。


「独りにしてほしいと彼女は言う。だが、本当は心の中にある物を見せたくないのだろう。怒り、恐れ、悲しみ。聞かせてほしい。隠さないでほしい。悪かったよ、嘘なんてついて。だけど真実を話したら、きっと愛されない。独りで生きていけると彼女は言い放つが、本当は何度も、何度も、自分に言い聞かせた夜があるのだろう。どんなことからでもいい。全部聞くから。」

 「独りでは生きられない。逢いたい、もう一度。眼を閉じた時、死にたい時にだけ現れないで。思い出はいつも綺麗だ。私は彼の笑顔を求めている。笑えないエピソードがあるのに、思い出はいつも綺麗だ。こんな世界、気持ちが悪い。もう、私を放っておいて。」

 泣きたい日もある。絶望に嘆く日も。そんなときに寄り添っていてほしい。本当に大事な物は隠れていて見えない。細やかすぎる日々の中に、かけがえのない喜びがある。人間誰しも、いつかはこの星にさよならを。それまで手探りで生きていくことしか出来ない。出逢えたことは運命?宿命?生まれてきたことは?意味は?私には到底理解に及ばない。

  

 「ねえ、この茜色が綺麗だね。」

一瞬だけ移るこの世界の美しさに吸い込まれるように私が消えた。

―ずっと好きだったよ。

味わったことのない感触に音、空気、気持ち。佇んでいる僕。紅色のカレが素晴らしい。もう何にもいらない。どこかに逝きたい。

「返事してよ。」

私を狂わせた彼を揺さぶる。

「貴方は、誰?」

這うように息を呑む彼の男らしい喉仏に刃を送った。

「僕、悪いことしたかな?」

僕は笑っていた。そして、泣いていた。

「―逝かないで。」

忘れたかった。限界だった。多分私は一生報われない。せめて最期を綺麗に描きたい。私は赤く染まった彼の隣に寝転んだ。唯一変化のない天井が僕を見つめる。ずっと信じていた希望が時効を迎えた。『人生の価値は終わり方にある』そんな彼の最期に花を飾れたのか。私は初心者マークのついたトランクに彼を寝かせ、海辺まで運んだ。私は少し軽くなった彼を持ち上げ、水平線へと向かった。



 大学へ進学すると同時に、新しくInstagramのアカウントを作り直した。バレー部に入るつもりだったし、基本的にバレー部の奴をフォローしていた。時に可愛い女の子がおすすめに出てきたらフォローしていたけど。とはいえ、女子バレーは好きじゃなかったし、結局フォロー欄は男臭かった。そんな中、同じ大学の女の子が目に留まった。アイコンが特別可愛いわけでもなかったが、いつの間にかフォローしていた。直ぐにフォローが返ってきた。素直に仲良くなりたいと思い、話しかけたくなった。だが、突発的に声をかけるとナンパだと勘違いされるのは億劫だ。諦めていた数日後にストーリーが上がっていた。チャンスだと思い声をかけてみた。快い反応と共に、LINEを交換することになった。(今思えば、この時に声をかけたのは間違いだったのかもしれない。)それから打ち解けるのに、そう時間は掛からなかった。最初はやはり怪しい人だと警戒されていたらしい。だが逆にそれが俺の興味を引いていき、あっという間に魅了された。此所で俺は、男らしい決断に出ようと思う。

【明日、会えませんか?】

流石に早すぎたか?とは思ったが、送信を取り消すことはなかった。

【いいよー。暇だし笑 何時にどこにする?】

暇とは何だ。まあ、会ってくれるならいいか。これで僕らは、彼女の最寄り駅で会うことになった。

 当日、俺は生憎大荷物だった。だがこれが、後に幸運を呼ぶ重要アイテムになるのだ。待ち合わせは17時。ここからは数時間有するので、15時に出ようと思う。友人との約束ならば、大体14時ぐらいに起きる。この日は気合いという気合いを入れた。iPhotoのアラームが鳴り、時刻は6時。ここから朝シャンをして、髪をセットして、朝ご飯に昼ご飯、服を何着も着替え、靴も替えた。ここまで気合いを入れるのは久々だ。彼女は香水の匂いなど苦手だろうか。結局ヘアミストに抑えて愈々出発である。

【着いたよー】

【早いな。もう少しゆっくりでも良かったのに。】

【黄色のスウェットにスカートね! 改札の前にいるね】

なんだ、このマッチングアプリの待ち合わせ感は、と不意に思ってしまった。過去に何人かとマッチングをして寝たことは、絶対に墓場まで持っていくのだ。あの頃の自分を本気で後悔している。穴があったら入りたい。と、考えていると最寄りの駅に着いた。緊張が走る。彼女がいた。茶色のセミロングな髪は巻かれていて、身長は158センチぐらいか。化粧も濃くなくて、瞳が綺麗で、好みだった。

 それから俺たちは、五時間ばかり話に夢中になっていた。冷たい風が包み込み、彼女は

「寒くなってきたね。」と言った。俺はあのアイテムからパーカーを探り、彼女に着せた。俺にとって丁度良い服が、彼女には大きすぎた。彼女はいい匂いだねと戯けてみせた。幾分か鼻が効くのだと誇らしげに自慢してきた。すると俺に近づき、「いい匂い」と一言。そんなこんなで彼女の虜になってしまったわけだ。俺は手を繋いだり、抱きしめたり、彼女を少し試すようなことをした。今思えば、ここで見極めておくべきだった。

【今日はありがとう。ちゃんと帰れたー?】

ピコンとスマホが光る。

「ちょっとー、こんな時にだれよー。雰囲気ぶち壊しじゃない。」

俺は片腕をオンナに貸しながら、反対の手でメッセージを返した。

【無事家に着きました! 今日はゆっくり休んでね。 こちらこそありがとう】

悪いけどギリギリまで辞めないさ。付き合うことになったらコイツとは別れるけど。

「ごめん。急用できたし帰るわ。これで金払っといて。」

俺は帰り道の電車でオンナとのやりとりを消した。それから気持ちを伝えて、めでたく付き合うことになった。俺は誓ったとおりにオンナとの関係を切った。そして、俺の家で過ごす半同棲という過ごし方になった。

男の連絡先を消さした。      俺は女の連絡先を持っていた。

男の美容室に行くなと言った。   俺は女の美容室に通っていた。

男の居るところには行くなと言った。俺は女がいるところへ行った。

服の制限をした。         彼女は俺に制限しなかった。

友達の制限もした。        俺は好きな友達と好きなときに会っていた。

他にも沢山あるが、俺は束縛が酷いと感じていた。彼女は何も言わず、「分かった」と言って聞いてくれていた。そんな時、彼女が男の美容室へ行っていたことが判明した。俺はきれた。正直、何に怒っているのか分からなかった。嘘をついた彼女?だが自分も嘘をついている。男がいるから?俺も女がいるじゃないか。分からない。ただ、彼女を責め続けた。「ビッチ」「ヤリ目」「嘘をつく人間は無理」「気持ち悪い」「出て行け」「別れよう」と。何を言っているか分からなかった。俺自身に向けた言葉だったのか。もし、俺の秘密がばれたりしたら、彼女もこんな風に酷い言葉を投げかけるのだろうか。彼女は泣いていた。顔をぐしゃぐしゃにしていた。「ごめんなさい。」「もうしません」俺には分かる。その言葉が偽善であることが。何故なら、自分自身がそうであるからだ。もういいよ。俺は「嘘をついたのだから、信用がなくなった」と一言残して寝たふりをした。

 これだけの束縛があったら喧嘩も増える。男絡みについて。俺は男が絡んでいると分かった瞬間に爆発的に怒る。彼女は何も怒らないのに。それが嫌だ。俺に興味がないのかと不安になる。だから怒れば彼女も怒りに走るという考えにたどり着き、俺は怒っている。だが、彼女とは話が通じないのだ。頭が悪いわけではないのに、論点がずれていく。それが俺の沸点だった。手を出す寸前になることは少なくなかった。それからは、彼女にどれだけきれたとしても「ごめんなさい」と言えば許してもらえると身体が覚えてしまい、酷いことを沢山重ねた。いつか爆発するとは分かっていた。だけど止められなかった。

【今から会えない?】

【了解~♡ じゃあ、いつものホテルの前?】

【いや、俺の家に来て。間違えてもチャイムは鳴らすなよ】

【なにそれw すぐむかうね♡】                   

大喧嘩をした晩、耐えられなくなったのか、彼女は携帯と財布、そして何かを握りしめて外へ出て行った。

【荷物は送る。もう帰ってこなくていいから。】

それだけ連絡して彼女をブロックした。

【着いたよ~ どうしたらいい?】

【今下に降りるから待って。】

直ぐ下に降りるだけだったし、鍵はかけなかった。

「初めておうちに呼んでくれた~♡ 嬉しいけど、彼女ちゃんは?」

「喧嘩して出て行った。別れ切り出したから、大丈夫。」

「お邪魔します~」

彼女がいなくなった寂しさでオンナを呼んだ。俺は寂しさを紛らわすために、玄関先から熱いキスを交わした。ベッドに行こうと誘われたが、我慢が出来ずにその場でオンナを倒した。そこで第一回戦を終え、俺はお風呂に向かった。オンナは第二回戦に備えて、ベッドへと足を向けた。

オンナの甲高い悲鳴が二つ聞こえた。そりゃそうだな。ベッドルームにはもう一人のオンナを待たせていたから。話がややこしくなりそうだ。玄関先のオンナを1、ベッドルームのオンナが2、とでもしようか。人間を番号で呼ぶなんて酷か。だが、此奴ら揃いも揃って彼氏持ちだし、刑務所にぶち込まれたって、罰は当たらない。

 俺は1と2の悲鳴を隠すように、シャワーを豪快に出した。頭と顔は自分で洗った。他はこいつに任せることにしよう。オンナは嫌いだ。これでもかとすぐに鳴くし。俺は3の口を塞ぐように、奥まで入れてやった。はあ、三回も事を成すと持たないな。まあでも、後は1、2、3,に身体を預けよう。本当は四人分の餌を撒いたはずだが、生憎4は彼氏にばれたとか。俺は風呂から3を出して、1,2が待つ部屋へ誘導した。誰この子達と言わんばかりに、3は俺を見つめてきた。だが三人とも自分がどういう立場なのかを把握したようだった。それから俺たちは楽しい夜を迎えたわけだ。せいぜい憶えているのは其処ぐらいまで。まさかこれが、「最後の晩餐」いや、「最期の晩餐」になるなんて。


 喧嘩の経緯までは割愛させて頂こう。私はカレがまだマッチングアプリでオンナを漁っていることを知っていた。カレは疑われないように、いつもお風呂やトイレに行くときはスマホを置いていた。一緒に食事をするときだって画面を表にしていたし、通知音も鳴らしていた。だが女を侮ってはいけない。

「ただいま~」

「お疲れ様。疲れたでしょう。お風呂沸いているから入っちゃって」

「ありがとう。」

「いい香りの入浴剤を入れたから、堪能してきてね」

そう言って、いつもよりも長くお風呂タイムを取った。ここからが勝負。カレの持っているスマホとは別のスマホを探す。勿論電源なんて入っているわけがない。さて、困った。どうやって探そうか。ヒントは電話番号だけ。だから私は、カレがダウンロードした全てのマッチングアプリに登録し、カレと繋がるように仕向けた。存分に泳がせて種晴らしをしてやる。そんなつもりだった。だったら、お風呂の時間を長くとらせる必要なんてないじゃないか。それもそのはず。なぜなら、私の目的はスマホを見つけるかではないから。

「ねえ、なんか聞いたことない着信音したけど変えた?」

「ん?ああ、パソコンじゃない?」

カレはそう言うと、お風呂から出ては直ぐに私にお風呂を勧めてきた。寒いから入りなよ、とか言って。此方も怪しい行動は避けたい。私は押されるようにお風呂場へ連れて行かれた。きっとカレは鳴りもしない着信音がなったという事実に驚き、もう一台のスマホを手に取るに違いない。安心して、監視カメラはセット済みですから。

 「やばい、生理来たかも。悪いけどナプキン買ってきてくれないかな?」

私はカレを家から追い出した。生理なんて真っ平嘘だが、一番自然に追い出せる。女の子の生理に勝てる男はいないだろう。私はその間にカメラを確認した。Amazonで購入した安物だったので、少々映像は悪いが、明らかに二台持ちだった。やっぱり。そして私は、なりすましアカウントでカレにこう送った。

【ごめん!さっき間違えて電話ボタン押しちゃった!】

私はどうやってカレに連絡を取っているのか。簡単だ。その文章を送っている端末は私のではない。友人に前もって頼んであるのだ。そう、あくまでも私直接手を下さない。まあ、そんなこんなでカレが帰ってきた。先ほど送った文章を読んだのだろう。辿々しい。なんて無様。

「ちょっとトイレ」

私はカレが席を立つと直ぐに友人に連絡した。

【プランAね】【了解】


【今日お泊まりするとこなくなっちゃった泣 そっちに泊まっても、いい?】

【分かった。どうにかして家空けるわ。】


連絡を取っているのは私を含めて四人。ずっと我慢してきたけれど、私という彼女を追い出してまで、家出少女(私)を家に泊めようとするなんて。許せない。ワンナイト経験、マッチングアプリ経験、それらを嘘つかれていて、信じようとしたのに。辞めていないなんて。

「そういえばさ、あの時どうしてあんなこと言ったの?」

そうきたか。突然過去の喧嘩を掘り下げる方法に出たらしい。もう少し良い手段はなかったのか。

「え、今更?」

「なんかさ、俺あの時マジで冷めた」

あれ、もしかして別れようとしている?何、せめてもの罪滅ぼしのつもり?

「え、っと。」

「だからさ、別れてほしい。俺の秘密もばれたことだしさ。」

「私は冷めてない。別れたくない。」

紛いもなく本音だった。

「ごめん。もう無理だわ。」

私は手のひらで転がされたように、自然と家を後にしてしまった。まさか本音の感情に流されるなんて。それから荷物は送っておくとLINEが来て、ブロックされた。呆気ない。一瞬肩の荷が下りた気がした。だが、許せない。せめて、顔と名前ぐらいは。そんな気持ちよりも、楽しかった思い出や彼の笑顔が浮かび、涙を溢すしかなかった。初めて逢って、私は直ぐ落ちた。彼の瞳に吸い込まれた。だが、先の崩れていく物ばかりが頭に過った。痛いほど初めから分かっていたのに、それでも彼の横顔が愛おしかった。彼がこんなに近くに居るのに、いつも遠くを見ていたのは秘密があったからだったのか。彼に夢中になり、私は周りが見えなくなっていた。一時の幸せも逃さないように、彼を見つめていた。それはいつだって止められるはずの恋だった。そんな恋に夢を見続けては、覚めないでと願っていた。彼が好きだ、それだけが私の本当の気持ちだった。曖昧も怖いも握りしめて彼を愛すと誓った。彼となら幸せになれる。華やいでいく心がここに在った。未だに、この思い出は私を離さない。ただ彼を写していたい。私のアルバムを彩るのは彼だけだ。辛いときは抱きしめて、口紅を溶かすようなキスをして、幾分も私に身体を重ねて、そんな儚い私の想いは殺意へと変わった。夕日が割れていた。


今から開催されるパーティーに、私も参加したい。4として。私は合鍵を持っていたから、部屋に入ることは簡単だった。だが、鍵が掛かっていなかった。お風呂場、ベッドは危険だ。パーティー開始において必須条件が揃っている場所。トイレも誰かが使うかもしれない。となれば、隠れる場所がない。どうしよう。もう帰ってくるぞ。出直すことも考えたが、どうにかして復讐がしたい。そうだ―


玄関先で熱いキスの音が聞こえる。続けて開催された音も響く。そしてお風呂場に待たせている2の用事が終わり、1,2,3,と熱い夜を交わしていた。無事に潜入は成功したのだが、吐き気がして、泣きたくって、意識が朦朧として、とても下には降りられなかった。そう、何処かの本で読んだ。お風呂場の乾燥機の上には人が一人入れるスペースがあると。ビンゴ。私はそこに朝が来るまで隠れていた。皆が出て行ったところで、私はカレを刺そうと思っていた。家を出る際に咄嗟に掴んだハサミで。だが、それだけじゃ足りないと思った。私は私を殺した。そして彼と冷たい水に浸かった。


あの事件から二年がたっていた。あれから、スカウトやモデルの仕事、ナンパや告白なんかも増えた。環境が一変した。だが私は、どの誘いにも乗らなかった。スカウトなんて興味ないし、告白?冗談じゃない。あんな傷を抱えて、男を信じられるものか。と、いうもの、環境が変わったのには、理由があった。顔を変えたのだ。私という面影は一切捨てた。顔は韓国アイドル風、膝から下は細く、太股はあえて太く、美白点滴を入れ、鼻には軟骨を、ピラティスに通い、体型維持を怠らなかった。髪はトリートメントを二ヶ月に一回、黒髪のロングにして、常にストレート。前髪は重すぎず軽すぎず、パッツン。言動や性格を矯正するには時間が掛かった。だが私にはそれだけする目的があった。マッチングアプリで出逢うと敗者気分なので、私はカレを観察した。神様が味方をしてくれた。有り難いことに、カレのよく行く場所は変わっていなかった。カレには女がいた。何番でもない。新しい女だ。まずはあの女に近づいてやる。

12月25日クリスマス。恋人ならデートだ。カレの家の前で待ち伏せていると、彼女らしき女がチャイムを鳴らしていた。私より背が高く、華奢で、細く、柔らかい。髪はボブで前髪は巻いている。冬だというのにレザーのミニ丈ズボン、ロングブーツを合わせ、気合いを入れているのが目に見えて分かる。私には露出を一切禁じていたのに、今の彼女は良いのか、と青息吐息。それに私が聞いていたタイプとはほぼ真逆だった。

「おまたせ」とカレが出てきた。いや、出てきたのは彼だった。子犬のような笑顔と瞳。何年ぶりだろうか、彼に逢ったのは。飛びつきたくなった、抱きしめたかった。相変わらずかっこよかった。コロナが終息し始め、八割の人はマスクを外していた。そのイケメン面を街で振りまいているのか、とコロナ終息を痛々しく思った。私は整形をしているので、ばれることはない。そのままほどよい距離を保って尾行を始めた。

 彼らが向かったのはテーマパークだった。チケットをその場でとり、ついて行った。クリスマスと騒ぐこともあり、徒ならぬ混雑だった。夜にはイルミネーションがあるみたいだし。クリスマスか、彼と過ごしたかったな。さて、彼の今の彼女という名が長いので、仮名を作りたいと思う。彼女かも分からないが、セフレかも分からない。そのため囚人番号は使えないので、「りさ」とでもしようか。

 彼らを尾行していると、お昼ご飯を食べに行く素振りを見せた。寒い中酷なことを思いついた。

―ドン

「あ!ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか?本当にすみません。」と私。

「大丈夫です!」

「あ、でも服を濡らしてしまいましたよね。ごめんなさい、弁償します」

「どうしたの?」彼が口を挟む。

「私が余所見をしていたら、ぶつかってしまって―」久々の会話だった。

「大丈夫?俺の服貸すから」彼は私の声を無視するかのようだった。

「大丈夫だよ。これぐらい直ぐ乾くって!」

「本当にごめんなさい。友達と逸れてしまって、探していたらぶつかってしまって。」

「大丈夫ですか?あ、よかったら友達と会えるまでご飯一緒に食べません?」

「そんな、デートですよね?お邪魔しちゃ悪いので」

「ね、いいでしょ?」

「俺はいいけど、」

なんて優しくて心が広い子だ。私は自分が惨めになってきた。

「お名前は?」と聞かれ、

「私こう言うものです。」後から連絡が取れるように、名刺を持ってきていて正解だった。

「ここのブランドの店長さんですか!りさ、よく行きます!」

「お見かけしたことあるかもしれませんね」

「こんな綺麗な人だったら、憶えていますよ!」

「此所の近くにも店舗があって、もしよかったら一度いらしてください!」

「だったら今から行こうかな?イルミネーションまで時間あるし、クリスマスプレゼントに好きなお洋服選んでもいい?」

「あ、うん。」

「じゃあ、今から行きます!」

「そうですね、先ほど私お洋服汚してしまったので、サービスさせてください」

一先ず接近することが出来た。まさか今からお店に行くとは思わなかったけど。

【ごめん、急用でVIP入れるから、お店の開けてくれる?】

手を繋ぐ彼らの後ろで、私はお店に連絡をした。

店に着くなり、彼女ははしゃいでいた。何着か試着をしたいとのことだったので、店内の子に任せた。

「りさちゃん、子供らしくて可愛いですね笑」

さっきは無視同然だったので、勇気を出してもう一度話しかけてみた。涙が出そうだった。久々に聞く彼の声は私の胸を締め付けた。

「そうですね笑」

「本当にデートのお邪魔をしてしまってごめんなさい。」

「いいですよ。彼女がここに来るって決めましたから。」

「付き合ってどれくらいですか?」

「まだ浅いですよ」

「彼女、可愛いですから、しっかり守ってあげないと笑」

「ねえねえ、これどう?似合う?」

彼女はスタイルが良く、本当に何でも似合っていた。羨ましい。それなのになぜ、彼はこんなにも無関心なのだろう。


「今日はありがとう!」

「いえいえ、此方こそ、お洋服汚してしまい大変申し訳ありませんでした」

テーマパークに戻るまでの間、彼女とずっと話していた。すると後ろから、

「逸れたお友達は大丈夫ですか?」

こんな些細なことなのに、話しかけられて嬉しかった。

「あ、はい!LINEしておいたので」

「あ、そうだ!せっかくなのでLINE交換しませんか?」

「勿論です!汚れたお洋服もお渡ししたいですし」

彼女とLINEの交換に成功。アイコンは彼とのプリクラだった。私も前までは。嫉妬でどうにかなりそうだった。本当に。

「それじゃあ、また!」

彼女は大きく手を振って、私たちは解散した。だが戦いはこれからだ。これは幕開けだ。

私は遭遇するといけないと思い、イルミネーションが終わるまで外で待っていた。この後彼らは、きっとホテルへ向かうはず。数分後、彼らは腕を組んで出てきた。どこへ行くにしても電車に乗る必要があったので、私は偶然をよそ覆って同じ電車に乗った。

「偶然ですね」

彼が私を見つけてくれた。私が会釈すると、

「同じ電車ですね!」

と、アレも声をかけてきた。私は確信した。此奴らは付き合ってなんかいない。マッチングアプリか。なるほど。冷たかったことも、露出が激しくても何も言わないことが納得いく。

「お帰りですか?」と話題を出してみた。

「このまま一泊です~」

「それは羨ましいです!」

「お友達は?」

「私たちも泊まっていこうと予定していましたけど、予定が入っちゃったみたいで」

「じゃあ一人でお泊まりに?」彼が食い気味に聞いてきた。

「あ、はい。キャンセルするのも勿体なくて笑」

「なんてホテルですか?」

「すぐそこの―」

「同じホテルじゃない? 一緒に行こうよ!」

予想通り、一か八かの賭けだったが、彼は歩くことが大嫌いだから、一番近くのホテルだと想定していた。流石に部屋番号までは分からない。相手に干渉しすぎると、怪しまれてしまう恐れもある。

「じゃ、またLINEしますね~」とオンナ。偉そうに口をきくな。

「はい! おやすみなさい」

―ガクッ

「大丈夫ですか?」彼が咄嗟に支えてくれた。

「ずっとヒールを履いていたので蹌踉めいちゃいました。すみません」

彼が手を貸してくれた。その手に私は一切れの紙を渡した。

[彼女が寝たら、1234号室に来てください。伝えたいことがあります]

彼は何かを察したかのように、彼女には気づかれないようにポッケへ忍ばせていた。これで彼が来たら、私の勝ちだ。来てほしい気持ちと、来てほしくない気持ちが混乱した。

―ピンポン

ドアを開けると彼が立っていた。時刻は3時を過ぎていた。どうぞと部屋に招き入れると、彼はベッドに腰を下ろした。

「何ですか。話って」

私は勝った。勝ったのだ。この美貌を造り上げてまで、見たかった光景じゃないか。だが何故私は泣きそうなのか。思い出せ、あの時の屈辱を。私よりマッチングアプリの私を選んだことを。もうあの顔には戻れないのだから。私は彼を押し倒した。思い出したのだ。辛さ、憎さ、醜さ、嫉妬、途端に息が震えた。

「何ですか?警察呼びますよ」

「私が誰か分かりますか?」

「・・・? いえ、こんな綺麗な女性を忘れることはないです。」

「綺麗なら―」

「ちょっと言っている意味が分かりません」

「私は、2年前の―」

―ドンドンドン

「開けて!居るんでしょ?」

奴だ。ホテル側に騒ぎが伝わったら迷惑なので、中に招き入れた。というのは嘘だ。


あ―、ちょっとタイミング早いよ。りさ。


「え?」

彼はベッドの上で私たちを交互に見つめていた。そう、りさは私の友達。4だ。

「私は2年前に付き合っていた、貴方の彼女です。」

「違う、顔が違う。」

「整形したのよ。」

私は左手甲に痣があった。あえて痣は取らなかったのだ。

「ほら。」

私は痣を見せた。

「もう全部知っている。当時、私はあの部屋に居たし、4の正体は私だから。」

「嘘だろ、」

彼は地面に頭をつけて土下座をした。そんなことで許せるわけがない。私はバッグから先が赤く染まった刃を取り出した。

「やめて、殺さないで。俺が今でも好きなら、殺さないで」

何をほざいてやがる。今の私に何を言っても響かない。そう、あの頃喧嘩していたときのようにね。私の言い分なんて聞いてくれなかったじゃないか。除け者にしたからだ。死ね。

「まって、待って、  何で既に赤いの?」

りさに顎でお風呂場を指した。りさは頷くと、三人のオンナが引きずられてきた。1,2,3。

彼はそれを目視すると、情に訴えてきた。だが、無駄だと言ったはずだ。

―愛してる。


初めて会った日から彼女は俺の心の全てを奪った。明けない夜を迎えた俺の手を握って彼女は泣いていた。それに、笑っていた。いつか俺らはわかり合えると思っていた。「もう嫌だ、疲れた」という彼女の言葉を流していた。彼女を苦しめていたことに気づいたのは、身体の痛みを感じてからだった。悪かった。俺は、ふと思い出した。彼女は話してくれていた。震える手を押さえながら。せめて、彼女が独り遠くで泣かないように、幽霊になりたい。この夕焼けは永遠だな。だけど、時間は忘れたことにするよ。忘れかけていた約束をもう一度紡ごう。いたいけな表情も、話し方の癖も、彼女は変わらない。待たせてごめん。もう大丈夫だよ。根拠のない大丈夫を放った俺に、真っ直ぐな眼が貫いた。「また逢いたい。」と彼女は最期に呟いていた。


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