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プロローグ ~生まれて、終わって、始まって~

「元気な男の子ですよ」


 煌々と照らされた一室で、手術着をまとった助産師が弾んだ声音でそう言った。慣れた手つきで赤ん坊をタオルにくるむと、手術台に寝かされたままの母親の前に持ってくる。居合わせていた担当医や他の助産師たちも、温かい目でそれを見つめる。

 しかし、祝福されているはずの赤ん坊当人は、しゃがれた声で泣き叫んでいる。何が起こっているのかわからず、さりとて知りようがあるはずもなく、ただただ怯えて泣いている。


「大丈夫よ、大丈夫。もう怖くないからね……」


 やがて、ようやく息の整った母親が赤ん坊の頭へ手を伸ばし、そっと撫でた。優しい声音で優しい手つき。くしゃくしゃの顔を真っ赤にしている我が子に、初めて出会った生まれたばかりの命に、精一杯に言い聞かせるものの、やはり赤ん坊は泣いたままだ。


「これから赤ちゃんを検査しますね。大丈夫、すぐにまた会えますから」


 そう言い残して、助産師の一人は赤ん坊を別室へ連れていった。無事に出産が終われば、今度は確かめなければならないことが山とある。始まった命であればこそ、やることだらけで忙しいのだ。

 もちろん、それは母親も変わりはない。担当医たちは次の処置を行うために、すでに準備を進めている。命を繋ぐ大仕事は、まだまだ続くことになる。


 ――どうか、何があっても、ずっと元気でいてくれますように。


 声に出すことなく、母親は胸の内で祈っていた。その祈りがどこに届くのかは知れないが、きっと我が子を守ることになる。そう強く信じていた。

 天井を見つめていた両目が、だんだんと細くなる。繋がっていた機器が悲鳴を上げる。部屋の中の空気が一変して、いっそう騒がしくなる。

 血相を変えた担当医が懸命に指示を飛ばす。道具が、機械が、ガーゼが、汗が、赤い血が、張りつめた状況下で飛び交うように動き回る。

 そうして、いつしか静まり返った。母親の視界が真っ暗になった。

 ひとつの何かが生まれたのと同じとき、ひとつの何かが静かに終わりを告げたのだった――。


 これから始まるのは、奇妙で不思議な物語。

 強い祈りに守られた、幸せな人のしがないお話。



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