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Episode 9


「気がついた?」


 シャーロットが目を覚ましたのは、雑然としながらも温かみのある素朴な部屋だった。


「ここ……。」

「僕の部屋だよ。……あっ、や、やましいことは何もないからね!医務室よりここの方が近かったしさ。……気兼ねなく休めるかなぁって。」


 そう言って屈託なく笑うのは、始業式の日にシャーロットが治療した黒髪の美丈夫。

 シャーロットはゆっくりと体を起こし頭を下げた。


「ありがとうございます。お気遣いいただいて……。」

「そんなかしこまらないで。僕はロウエル・ナイゼル。学園の魔術研究室に所属してる魔導師だ。ごくたまーに講師も務めてるから、一応子爵位を頂戴してる。……君はブライア男爵家のご令嬢だよね?」

「……はい。」


 講師である彼が自分を知っているのは当たり前だと理解しつつも、また聖女としてしか見られないのではないかと、シャーロットは重い笑顔を貼り付けた。


「実は僕、今はブライア男爵領になってるピッケルシュの出身でさ。」

「え?」

「あそこの教会の孤児院にいたんだよ。ノア神父様はまだいらっしゃるのかな?」


 意外な話の展開にシャーロットは目を(しばたた)かせる。


「ノア神父様はご健在ですよ。最近は少し腰を痛めておいででしたが、いつも子供たちと遊んで下さって……。」

「そう!時間が出来たら会いに行こうとは思いつつ、なかなか帰れないでいてさ。よかった、お元気なんだな。……って、えっ?ブ、ブライア嬢?どうしたの?僕、何か気に障ること!?」


 見ればシャーロットがハラハラと涙を溢している。慌てるロウエルに、彼女もまた慌てて首を横に振って口を開いた。


「スミマセン、違うんです……。まさか学園で、故郷の話が出来ると思わなくて……私……。」


 ロウエルの手が穏やかにシャーロットの頭を撫でる。


「今日はきっと泣きたくなる日なんだね。いいよ、いっぱい泣いていって。ここには学園の生徒の目はないから。大丈夫だよ、シャーロット。」


 頭のてっぺんと、耳に届いた温もりに、シャーロットは堰を切ったように声をあげ泣いた。


「大丈夫。大丈夫だよ。」


 嫌がらせを受け続けていたシャーロットは、ここしばらく体の中に(うろ)を抱えたような無力感に苛まれていた。

 だがロウエルの温かさを感じるほどに、虚が満たされていく。それは、彼女の身体(なか)に光が灯るようだった。


 どれくらい泣き続けていただろう。

 シャーロットの震える肩が小さく上下するだけになると、ロウエルが果実水のグラスを差し出した。


「シャーロットが元気になるように、おまじないをかけたからね。飲んでごらん。」

「……はい……。」


 柑橘の香りが爽やかなそれをひと口飲むと、不思議なことに泣き過ぎた体の怠さや痺れがスーッと引いていく。

 驚いて顔を上げたシャーロットが見たのは、この部屋で最初に見たのと同じ、ロウエルの屈託ない笑顔。彼の癖なのか、笑うときにちょっぴり首を傾げる仕草に揺れるピアスの黒い石が、小さく光を跳ねさせていた。


「実は僕も『癒やし』が使えるんだ。君ほどじゃないんだけどね。」


 彼はそう言うとベッド脇に木製の丸いスツールを置いて座り、シャーロットの目元に手を近づける。


「ちょっとだけ目をつぶってて。うん、そのままね。」


 言われた通り目を閉じると、ひんやりとした柔らかな風が漂う。次第に瞼の熱が引き、腫れぼったさがなくなっていった。


「はい、いいよ。レディを泣き腫らした顔で帰すわけにいかないからね。」


 ずっと年上の大人の男性のスマートさに、シャーロットは急に恥ずかしくなり、誤魔化すように俯いてグラスに口を付ける。


「ねぇ、シャーロット?もしかして、いじめにあってる?」

「……はい……。」

「それは、君が聖女だと広まっているせい?」

「それも、あると……思います。」


 半分になった果実水のグラスをそっと受け取り置くと、ロウエルはその手で優しく彼女の手を包み込んだ。


「僕も、平民だったのに人並み以上の魔力を持っていたせいで、保護なんて大義名分掲げてこの学園に入れられたんだ。」

「先生も?」


 切なそうに頷いて、彼は続ける。


「かなり辛い時間だったよ。まだ子供で未熟だったから、精神的な苦痛が原因で魔力が枯れそうになったりね。」

「魔力が枯れる?」

「ここに来た時、シャーロットも枯れる寸前になってた。今はだいぶ戻ったみたいだけど……。自分でわかる?」

「えっと……。」


 ──さっきの光が満ちるみたいな感じ……あれがそうなのかな?


「なんとなく、ですけど。」

「そっか。……貴族社会のしがらみは複雑で、聖女を辞退なんて出来ないと思うけど、泣きたくなったら、またこっそりおいで。」

「ナイゼル先生……。」

「それから、遅くなったけど、僕を助けてくれてありがとう。さ、寮の近くまで送るよ。午後の授業は体調不良で欠席にしておいたから、心配しなくていいよ。」


 また優しく頭を撫でられ、シャーロットは幼子のように頷いた。



 

 ◇◇◇




 シャーロットを送った帰り道──。


『魔力を戻させるなどと、余計なことをしたな。』


「…………。」


『この国に……、この世界に、聖女などいらぬのだ。』


「…………。」


『おのれ、アリアめ!光の乙女を差し向けるなどと小賢しい真似を!まあいい。あの娘をお前に懐かせて裏切るのもまた一興……。』


 学園の片隅で不気味な笑いが風に消える。

 キラリと揺れる黒い石……。艶やかな漆黒をなびかせて、ロウエルは校舎へと入っていった……。








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