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Episode 8


「それで、どう?オスカー。あれからシャーロットが光の魔力を使った様子は?」

「いえ、ありません。普段の生活では彼女の魔力を感じることは全くなく……。本当に魔力保有者なのか疑問に感じる程です。」


 オスカーの報告にアーネストが警戒の色を見せる。


「ブライア嬢も神殿が仕立て上げた偽物なのでは?」

「うーん……。」

「魔法騎士として近年稀に見る逸材のオスカーが魔力を感じないとなれば、かなり黒に近いのでは?」

「そうだね、普通に考えれば怪しいけど……。今の状況だと、シャーロットにも神殿側にも旨味が何もないよね?」


 現聖女が、自ら魔力の限界を申告してきたのは1年半ほど前。10代で聖女となり半世紀に渡って王国の安寧のため尽くしてきた彼女は、国民から尊敬され慕われる素晴らしい聖女だった。

 時を同じくして長年聖女の片腕として神殿をまとめ上げてきた大神官が亡くなる。新たに神殿の長となった大神官ゼッドは権力への執着が強く、これまでに何度か自らの手駒になりそうな女を見繕い、聖女認定をしようと画策してきた。


「シャーロットも、父親であるブライア男爵も権力者へ切り込もうという様子は全くないし。むしろ僕や、最近ではオスカーも避けようとしてるでしょ?」


 ユリウスはサロンのソファーにゆったりと体を預けた。


「それに、オスカーは何か心当たりがあるんじゃないの?」

「………あくまで1つの仮説ですが……。」


 いつものこととはいえ、この飄々とした王太子は全てお見通しのようだ。

 オスカーは尊敬と畏怖が入り交じった目でユリウスに言った。


「ご令嬢方の嫌がらせ行為の影響があるのかと……。」

「まあ、予想はしてたから、カティに任せたはずなんだけどね。」

「カティアローザ様は非常に巧みに牽制されておいでですが、些細なものまでは流石に……。小さな事も積み重なれば重みを増しますので……。」

「やっぱり、女性は怖いね。」


 台詞と相反する軽やかな声色。

 新しい玩具を手にした子供のようなユリウスの様子に、アーネストは「面倒なことになった」とまた1つため息を溢したのだった。




 ◇◇◇





 ──はぁぁ。このインク、落ちないんだよなぁ……。


 シャーロットは教室の机にぶちまけられていた青いインクを、何度も雑巾をゆすぎながら拭き取っていた。

 もうじき午後の授業が始まってしまう。昼休みがこの掃除で終わってしまい、シャーロットは昼食を食べそこねていた。


「聖女様なら浄化の力ですぐに綺麗になるのではなくて?」

「ぜひ見せて頂きたいわ、聖女様のお力を。」


 クスクスと聞こえる皮肉の声は、シャーロットを一気に疲れさせた。


 カフェテリアでの出来事から1ヶ月。

 まさに小説によく描かれるような細々とした嫌がらせを、シャーロットはずっと受け続けていた。

 教科書や持ち物を汚されたり隠されたり……。足を引っ掛けられ公衆の面前で転ばされることも、水をかけられるなんてことさえも日常茶飯事になりつつある。


 1つ1つは些細なことでも、後始末や予防に気を使ってばかりいれば流石に疲れる。それは体だけでなく心もだ。

 決して騒がず相手にせず、淡々と対処していたシャーロットも、最近はあからさまに聖女としての資質を疑い、馬鹿にするような言葉ばかりを聞かされ限界が近かった。


 ──もう、いいや。


 シャーロットは汚れた水の入ったバケツを持ち、次の魔術クラスの荷物を手にして教室を出た。


「バケツと雑巾だなんて、まるで下女ね。」


 とどめを刺すかのように聞こえた台詞。いつの間にかシャーロットの目からは涙が溢れ、彼女は悔しさに唇を噛み締めた。


 ただ夢中で人を助けたら、勝手に聖女だと言われただけだ。半ば強制的に学園に入学させられ、大好きな父とも離れ離れになった。


 ──私は田舎でお父さんの手伝いをしながら暮らしたかった……。こんな生活なんて……。


「……望んでなかったのに……!」


 悔しいほどに涙が止まらなくなる。校舎の端にある用具庫にバケツをしまったシャーロットは、人目につかないその場所で必死に嗚咽を堪えうずくまった。


 前世の美琴の時も、シャーロットとしてのこれまでも、自分という個人にこれ程までに悪意を向けられることなどなかった。

 ホテルでクレーム対応していた経験がなかったら、あっという間に潰されていたかもしれない。


 寮での特別扱いも、ユリウスやオスカーと接することだって彼女は避けたかったのだ。


「なんで……もう、帰りたいよ……。」


 美琴の記憶があるとはいえ、シャーロットは16歳の少女に過ぎない。

 優しくしてくれるオスカーも、どこまでが本当の姿か彼女にはわからない。今、聖女としてではなくただのシャーロットを見てくれる人間は、誰もいなかった。


 午後の授業の開始を告げるベルが鳴っている。

 涙を止める術がわからず、嗚咽を堪えすぎたせいで呼吸が上手く出来なくなってきた……。


「君、大丈夫?」


 ぼやける視界に映ったのは漆黒の長い髪。


「君は、あの時の……。えっ!?あ、ちょっと!」


 シャーロットが目を閉じる前に感じたのは、風に(いだ)かれたような優しい浮遊感だった……。








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