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Episode 7


「なるほど、あの時転んで怪我をしていたんだね。そんなレディを残して立ち去っていたとは……。オスカーが気づいてくれて良かったよ。」


 遠巻きに見守る令嬢たちのうっとりとした感嘆のため息が耳に届く。『麗しい』という言葉がこれ程までにしっくりくる人物はそうそういない。

 しかしシャーロットの目には、ユリウスの笑顔も言葉もまがい物にしか見えなかった。


 高卒で客室係の契約社員になってから6年間、美琴は老舗ホテルで働いてきた。貴族の礼儀作法の勉強もさほど苦痛にならなかったのは、徹底した接客の社員教育を受けてきた賜物だ。

 美琴が培ってきた接客のスキルが、ユリウスの態度に裏があるとシャーロットに見抜かせていた。


 ──ユリウス殿下がこう出てきたってことは、オスカー様が私を気にかけてくれるのも、命令か何かなのかな?


 その()が一体何なのかは見えてこない。少し様子を見ようと、大人の美琴の部分で冷静に考える一方で、今までオスカーが見せてくれた彼の表情(かお)が全部お芝居なのかと思うと、シャーロットの胸はチクッと痛んだ。


「ブライア嬢は、来週から魔術の講義を受けるんだろう?」

「はい、殿下。」

「では、僕たちと一緒に授業を受けられるね。」

「え?」


 きょとんとするシャーロットに、オスカーが妹に呆れる兄のような笑みを見せる。


「全く、お前は意外なところで知らないことが多いな……。魔術の講義を受ける生徒はごく一部だから、学年関係なく一緒の授業なんだよ。」

「な、なるほど……。」

「来週の授業、楽しみにしてるよ、()()()()()()。」

「っ!?で、殿下!?」


 ──え、何で名前で?


 たじろぐシャーロットがテーブルに置いていた手に、ユリウスがその大きな手を重ねた。


「オスカーも名前で呼んでいるみたいだし、僕が名前で呼んだって問題はないよね?」


 ──ありますよ!大ありですっ!笑顔で誤魔化したってあなたには婚約者がいるでしょうが!!


 貼り付けた笑顔で平静を装い、否定も肯定もせず、手をすーっと引き抜いたシャーロット。

 しかし、元々注目を浴びていたところにユリウスのこの言動。もちろん穏便に済むはずもなく……。


 カツカツと近付いてくるヒールの音。

 シャーロットはもう、生きた心地がしなかった。


 ──うう、帰りたいよぉ。


「まあ、殿下。(わたくし)の聞き間違いでしょうか?先程ブライア嬢を『シャーロット』と呼ばれませんでしたか?」

「やぁ、カティ。ランチはもう済んだかい?来週からシャーロットも魔術クラスで一緒になるそうだよ。楽しみだね。」


 二人のやり取りに、シャーロットもオスカーさえも冷や汗をかいている。


 ──カティアローザ様のお怒りをスルーして、またしても名前ッ!


「ブライア嬢もブライア嬢ですわ。もう少し毅然となさったらいかが?」


 当然の如く、矛先がシャーロットに向いてくる。


「……申し訳、ございません。」

「声が小さくてよ。それにきちんと相手を見なくては失礼ですわ。」


 ──これ、なんか……社員研修の時みたい……。あれ?


「あなたは間違いなく、国王陛下より爵位を賜った貴族の令嬢でしょう。しゃんとなさいませ。」


 家格の違いに萎縮しすぎていた自分に気づかされ、シャーロットはハッとする。アリアにわざわざ前世の記憶持ちとして転生させてもらったのに、活かさなければ宝の持ち腐れだ。


「手厳しいね、カティは。」


 やれやれといった様子のユリウスなど眼中にないかのように、カティアローザはシャーロットをしっかりと見据える。

 その時、本当に微かに彼女が口元を緩めたのをシャーロットは見逃さなかった。


 ──悪役令嬢なんかじゃなくて、メチャクチャ面倒見が良い先輩だよ、彼女……。


 シャーロットは立ち上がり、カティアローザに微笑みかける。


「ご指摘感謝致します。」

「……まあ、及第点ですわね。……あなた、私の名前はご存知?」

「はい、もちろんです!」

「そう。では今後は名前を呼んでいただいて結構ですわ。授業でも一緒になるようですし。よろしくて?シャーロットさん。」

「承知致しました、カティアローザ様。」


 彼女なりの優しさにシャーロットの胸がじんわりと温かくなった。そんなシャーロットの様子を見たあとで、カティアローザは自身の婚約者に向き直る。


「それから殿下。お立場を考え、お戯れは程々になさいませ。……それでは。」


 堂々たる貫禄でカティアローザはカフェテリアを後にした。

 ただ、遠巻きに見ていた人間には、本人たちの意図するところなど伝わってはいない。結果としてシャーロットはこの日から、カティアローザに取り入ろうとする令嬢たちに敵意を剥き出しにされることになってしまった。


 カティアローザの婚約者である王太子ユリウスに近づくためオスカーを誘惑し、ユリウスに色目を使う女。

 シャーロットは図らずも、小説通りの小賢しい悪女認定されてしまったのだった。








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