Episode 36
ホスト達が二曲続けて自身のパートナーと踊り終わると、パートナーを交代してのダンスが始まる。
ダンスに誘うのは、もちろん男性からだ。年頃の令嬢達は、お目当ての貴公子に声をかけてもらえるかそわそわとしだし、周りの大人達がそれを微笑ましく見守っている。
娘や姉妹のために、さり気なく彼女達のお目当ての紳士に話しかけに行く父兄もいれば、その逆もしかり。
ボールルームは表面上は和やかな、まさに戦場になった。
そんな中、ユリウスは優雅にカティアローザの手を取りルイの元へと誘う。
ルイはそんなユリウスに軽くウィンクすると、カティアローザに恭しく手を差し出した。
「レディ・カティアローザ。ぜひ私に貴女と踊る栄誉を。」
「……はい。」
カティアローザを託したユリウスは、広いボールルームの中必死に彼女の姿を探す。
──シャーロット……。
ユリウスがその目に捉えたとき、シャーロットはアーネストと踊っているところだった。
ジリッと僅かに焼け付く胸の中で、相手がアーネストであったことに広がる安堵。
小さく息を吐くユリウスの隣に、騎士の礼服に身を包んだオスカーがやって来た。
「殿下、今は、臣下ではなく一人の友人としてお話ししてもよろしいですか?」
「許す。」
「………シャーロットの相手が、俺じゃなくて安心しました?」
「……そうだね。」
今フロアでは、あの真面目一辺倒なアーネストがとても柔らかな瞳で口元をゆるめシャーロットと踊っている。
シャーロットには不思議と人の心を和ませる魅力がった。その上、今夜ドレスアップした彼女には凛とした美しさが加わり、少女から大人の女性への扉を開こうとしているような、淡い色香を纏っている。
突然社交界に現れたそんな可憐な華が注目の的になるのは至極当然のこと。
フロアの周りからは次のダンスにシャーロットを誘おうとする貴公子達の視線が、獲物を狙うように注がれていた。
「俺は、シャーロットに惚れてます。」
「…………。」
「でもシャーロットにとって、俺は兄です。但し、かなり特別な兄、ですけどね。」
「………オスカーは、それでいいのか?」
二人はただ真っ直ぐにシャーロットを見つめたまま、言葉を交わす。
「シャーロットの笑顔を守る。俺はそのために全てをかけます。……苦しい、と思う時も正直ありましたけどね。でも、俺にはそれが一番大切だって気付いたんです。」
「想いを告げるよりも?」
「ええ。………だからいい加減、シャーロットをちゃんと笑顔にしてくれませんか?ユリウス殿下。」
「………はぁ、何だい?自分は随分と達観したみたいに……。オスカーのくせして。」
「シャーロットに化けの皮を剥がされた殿下は、形無しですね。」
ユリウスは大きく嘆息してオスカーを見た。オスカーはまだ前を向いたまま。
「ここまでお膳立てをするカティアローザ様には敵いませんけど、……でも、俺も願ってるんですよ。貴方の幸せを。臣下として……友として……。」
曲が終わり、アーネストとお辞儀をし合うシャーロット。
オスカーは迷わず真っ直ぐに、彼女へと歩いて行く。
「僕の幸せ……か……。」
ユリウスはダンスの合間にカティアローザに言われた言葉を思い出し、拳を握り締めた。
『私は二曲で十分です。レントラーはぜひ、本当に踊りたい方と。』
同じパートナーと三曲以上踊ることが許されるのは、特別な間柄……つまり伴侶や婚約者だけ。
──僕はどうやったって、ただの男にはなれない……。それでも、僕は……。
アーネストのレッスンの成果か、随分とリードが上手くなったオスカーと踊るシャーロットを視界の端に残したまま、ユリウスはマルセル公爵の元へと向かう。
そして王太子の笑顔を浮かべながら、必要最低限の社交をこなし始めたのだった。
一方で、一番気楽に踊れるオスカーとのウィンナ・ワルツを終えたシャーロットは、側にきたカティアローザと共に貴公子達の誘いをさり気なくかわし、大広間で飲み物を受け取って静かなバルコニーへと出た。
「とても初めての舞踏会とは思えない、堂々としたダンスだったわ、シャーリー。」
続けざまに踊り火照った体に、湖を渡る涼風とよく冷えたレモネードが染み渡る。
フットマン達が気を利かせてくれたのか、さり気なくバルコニーへの扉が閉められ、いつの間にかシャーロットはカティアローザと二人きりになっていた。
「こんな素敵なボールガウンを、ありがとうございました、カティ様。カティ様が選んで下さったんですよね?」
「ええ。お父様もセンスのいい方だけれど、今回は急だったし。」
「………どうして、小父様にエスコートを?」
シャーロットのその問いに、カティアローザはゆっくりとグラスを傾け甘酸っぱさを喉に通す。
「……ねぇ、シャーリー?私ね、自分から恋を出来るって、私達貴族にはとても貴重なことだと思うの。」
「…………………。」
「私達は平民とはまた違った形で身分に縛られて生きているわ。でもね、自らその檻の中に入って囚われて生きていく必要なんて決してないのよ。」
「………カティ様………。」
カティアローザはシャーロットのグラスを受け取り自身のグラスと並べて近くのテーブルに置くと、彼女の手を両手で包み込んだ。
「あのユリウス様にとって、身分がシャーリーとの障害になると本気で思って?」
「それは……っ。」
「それにシャーリーには私がいるでしょう?オスカーやアーネスト、ルイだって貴女と、そしてユリウス様の味方だわ。」
シャーロットの頬を、一筋の涙が落ちていく……。
「今夜、この舞踏会に集まった方々は、我がマルセル公爵家の当主がシャーリーをエスコートした意味を、正しく理解したはずよ。今レイニードで王家に次ぐ権力を持つのは、間違いなくマルセル家ですもの。」
「カティ様、私……。」
「でも、私が出来るのはここまでよ。後は、シャーリーが決めること。」
カティアローザはどこまでも優しく微笑むと、グラスを持ち踵を返した。
バルコニーの扉が僅かに開き、カティアローザと入れ違うように現れたその人に、シャーロットがハッと息を呑む。
呼吸を忘れたように固まったまま、彼女は自分へと近付いてくる彼の碧い瞳を真っ直ぐに見つめた。
「綺麗だ、シャーロット。本当に、言葉にできないくらい……。」
「……ユリウス……殿下……。」
ユリウスの腕がシャーロットの小さく震える体を抱き寄せる。
再び耳に直接届いた彼の胸の音は、せわしなくユリウスの緊張を伝えてきた。
「好きだよ、シャーロット。僕は、王太子以外にはなれない。……君を、困らせたくないと思う。……怖がらせたくはないんだ……だけど……!どうしようもなく、好きな気持ちを抑えきれない。シャーロットを、誰にも渡したくない!」
必死な愛しさがこもるその腕の中、シャーロットは縋るようにユリウスの胸元を掴み、喜びに震えながら幾度も小さく頷いた。
「私も……お慕いしています……。ユリウス様を、ずっと……!」
「っ!愛しい僕のシャーロット。本当に、可愛い……。」
やっと素直に口に出来た恋心。早鐘を打ったまま溶け合ってしまいそうな二人の鼓動。
シャーロットの心に溢れた止めどない想いがまたしても魔石に吸い込まれ続け、抱きしめ合う二人の間で光を放ち始めた。
──なに!?何が起こって……!?
「シャーロット、これは一体!?」
体を離したユリウスは、魔石が放つ光の中に浮かび上がった文字に目を見開く。
『黒幕はゼッド……目的は魔界の召喚……。』
「ナイゼルがシャーロットに魔石を渡した目的はこれだったのか……!?」
光が次第に消えていく。それに呼応するようにシャーロットの体から力が抜け始めた。
「っ、シャーロット!」
意識を失うその刹那──。
シャーロットの中にアリアの声が確かに聞こえた。
『幸せになって……。シャーロット……。そして、ゼッドから、世界を……救って……。』




