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Episode 2


『幸せになって……。シャーロット……。そして───。』


 夢の中で優しい声を聞いて、シャーロットは目を覚ました。


 ──あれ?最後の言葉……、なんだった?


 ぼんやりとそんなことを思い、ぼやける視界に何度かまばたきをしてみる。いつも通りの部屋の天井。素朴な木製の調度品が置かれた部屋を見つめ、『ここはどこ?』と問いかける自分の思考に混乱する。


 ──どこ?……って、私の部屋よね……。私……私は……。


 僅かに開いた窓からは爽やかな風が流れ込み、緑と土の匂いが混乱する()()()()()()()に意識を与えた。


「私、本当にシャーロットになったんだ。」


 そう、間違いなくここはかつての自分がいた場所とは別の世界。


「私はシャーロット・ブライア。……それで、()()が浜田美琴だったのね……。」


 シャーロットが確かめるように呟いた時、トントンッと軽く鳴るノックの音がした。


「シャーロット、入ってもいいかい?」


 低く響く優しい声。


「はい、大丈夫よ、お父さん。」


 シャーロットの返事を聞いてドアを開けたブライア男爵は、ベッドに歩み寄り節くれだった大きな手を愛娘の額に置く。


「熱は下がったみたいだね。気分はどうだい?」

「うん、もう平気。」

「そうか、良かった。」


 そう言って彼はベッドに軽く腰掛け、愛娘の髪を撫でた。


「いつも元気なシャーロットが急に倒れて高熱を出すから、生きた心地がしなかったよ。」


 男爵の心底ホッとした表情に、シャーロットは絡まる記憶を遡る。


 ──そうだ、私、教会へお手伝いへ行って……。


 必死に絡まりをほどこうとしているシャーロットは、父親の目にはまだまだ本調子ではないと見えたらしい。


「とにかく今はゆっくりと休みなさい。王都の神殿の使者の方には、私から事情を話して面会は待ってもらうから。」

「神殿の、使者?」

「ああ。……シャーリーは教会で倒れた時のことを覚えているかい?」

「正直、あんまり思い出せなくて。」

「そうか……。」


 先を話すべきか迷うように言葉を飲み込む父親に、シャーロットは戸惑い尋ねる。


「お父さん、私、何かまずいことをしたの?」

「そんなことはないよ。むしろその逆だ。」

「逆?」

「……シャーロット、お前は今王国中で探している聖女の候補になったんだ。」

「………え?」


 ──せ、聖女って……。聖女……シャーロット・ブライア……。


 ついさっき認識したもう一つの思考……。前世の記憶……。

 何か引っかかるのに靄の中で中々掴めない答えに、シャーロットが頭を押さえる。


「シャーリー、大丈夫か!?やっぱりもう休みなさい。」

「う、うん……。」


 上掛けを引っ張り上げるようにして、ベッドにまた潜り込み目を閉じた娘の額にキスを落とし、男爵は部屋を出ていった。

 ドアの閉まる音と共に目を開けたシャーロット。そろりとベッドを抜け出し、チェストの横にある姿見の前に立った瞬間、大量の記憶が思考を支配するように流れ込んできた。


 ──思い出した!シャーロット・ブライアって私が読んでた小説のヒロインじゃない!


 目の前の鏡に映る姿は、まだ垢抜けないながらも、淡く色づくストロベリーブロンドの髪と紫がかったグレーの瞳のどこか現実離れした女の子。


「何これ!?アニメ化通り越して実写化された感じ?」


 そう、シャーロット・ブライア男爵令嬢は、前世で美琴のお気に入りだった人気投稿小説に出てくる『ヒロイン』だ。

 しかし主人公はシャーロットではない。いわゆる『悪役令嬢』と呼ばれる公爵令嬢が物語の主人公。

 シャーロットが美琴の記憶を懸命に掘り起こす。


「確か名前は……、カティアローザ……カティアローザ・マルセルだ。」


 カティアローザは学園の入学前に前世の記憶が蘇り、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知る。断罪エンド回避のために動いた彼女は、婚約者である王太子とハッピーエンドを迎える王道悪役令嬢モノの小説だった。

 ストーリーは王道だけれど、王太子との恋愛模様はとろける甘さで世界観に浸れ、小気味いい書き味が読みやすく、美琴は通勤時間にいつも読んでいたのだ。


「書籍化されて、コミカライズ版の連載も始まってたんだよね……。」


 異世界転生モノの小説やマンガの世界では、自分の姿に「これはあの乙女ゲームの!?」と気付いても違和感はなかったが、実際に転生してみれば当たり前だがキャラクターではなく生身の人間になるわけで……。


 ──ものすごく完成度の高い、実写化って感じだな……。でも不思議と違和感はない……。


 シャーロットは自分の顔をペタペタと触って鏡を見つめながら、更に記憶を探していた。

 小説を読んでいた時はカティアローザに感情移入していたな、と考えながらふっと気づく。


「こんな、のほほんと考えてる場合じゃない!ここが小説の世界なら……。」



 ──断罪されるのは、私だ!



 シャーロットはそう考えた途端にヘナヘナと力が抜け、その場に崩折れた。


 ──女神様が言ってたな……『あなたにピッタリの世界で』って……。


 あまりの衝撃に、力なく笑えてくる。



「女神様、幸せになってとか言いませんでしたっけ?これはちょっと、違いませんか!?」


 シャーロットは天を仰いで抗議の言葉を口にしたあと、虚しさにフラフラと立ち上がりおぼつかない足取りでベッドへと戻った。ぽすんとうつ伏せに倒れ込み枕に顔を(うず)める。


「これから、どうしよう……。」


 ──幸せってなんだっけ?


 シャーロットは現実逃避を決め込むと、そのまま眠りに体を委ねたのだった──。








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