Episode 18
「その闇の遣い手……ロウエル・ナイゼルだった。」
「「──っ!?」」
窓の外が茜色から群青へと移り変わりつつある図書室。ルイが告げた事実は耳が痛くなるほどの静寂をもたらした。
ユリウスとアーネストの衝撃に比べ、オスカーの反応は小さい。それを見たルイが目を細め口を開いた。
「オスカーは、何か知ってたみたいだな?」
「いえ……その……、知っていたと言うよりは、感じていたと…言いますか……。」
「それはどういうこと?オスカー。」
椅子に座る主の後ろに控え立っていたオスカーは、振り返ったユリウスの言葉に言い淀む。
「まさか、僕に何か隠してる?」
「いえ!ただ、本当に感覚的なもので、説明が難しいのですが……。」
伝えるための言葉探すように、オスカーはゆっくりと話し始めた。
「私は魔力を持つ者に近付くと、その者が持つ属性を感じ取れるんです。子供の頃から色々な属性の魔法騎士と接する機会が多かったので、何となく感覚でわかるようになったというか……。」
相手の魔力がわかる。今まで聞いたこともない話に、ルイとアーネストは驚きと戸惑いを見せたが、ユリウスはゆったりと体の向きをオスカーへと変え続きを促した。
「シャーロットを通してナイゼル講師に接した時、初めて相手の属性を掴めないという経験をしました。……とても不安定というか……こう、上手く言えないんですが……色が、見えないというか……。」
「とにかく、人と違った…と。」
「はい。今、ルイ殿下から彼が闇の魔力の持ち主だとうかがって、ストンと腑に落ちた気がしたんです。」
オスカーの話を聞き終わったユリウスが、おもむろに立ち上がる。
「オスカー。今後はどんな些細なことも報告しろ。次は、ないよ。」
王太子の刺すような視線。その碧い瞳には確かな怒りが宿り、オスカーは姿勢を正してその場に跪いた。
「御意。」
スッと我に返ったように珍しくあらわにした感情をしまったユリウス。小さく一つ嘆息してからオスカーを立たせた彼は、再びルイに視線を投げた。
「トルストでナイゼルに人を付けてる?」
「ああ。ただ、天才と言われる人物なだけあって、研究室も自室も完璧な結界が張られてる。中の様子はわからないな。盗聴も出来なかった。」
「わかるのは居場所だけ……か……。」
「転移術でも復活させてたら、それも微妙だけどな。」
──転移術か……。彼なら有り得ない話にならないのが怖いところだな……。
「オスカー、最近彼がシャーロットを避けているのは確か?」
「はい。」
考え込むユリウスに、アーネストはオスカーと顔を見合わせる。
「殿下。何か気にかかることが?」
「いや……ロウエル・ナイゼルが闇の遣い手だとしても、聖女殺害と父上の件に関してピンとこない。何かまだ、ピースが足りないな……。」
「ナイゼルは王弟殿下と親密なんだろ?」
ルイの言葉にユリウスは増々困惑していた。
「叔父上か……。ルイ、引き続きナイゼルの監視を頼めるかい?」
「もちろんだ。」
「少し、シャーロットからも話を聞いたほうがいいね。この時間なら、もう寮に帰っているだろう。」
密やかな時間が終わりを告げる──。
図書室は群青色の暗さを受け入れ、静かに扉が閉められた……。
◇◇◇
「ここ……倉庫、なのかな?」
閉じ込められたシャーロットにも、群青の闇は迫っていた。
──遅くても明日の朝には、私がいないこと、誰か気付くよね?
今夜ひと晩、ここで過ごせば何とかなる。彼女は思いの外に楽観的でいる自分にホッとしていた。
「とりあえず、明かりは欲しいな……。」
レイニードでの明かりは主に火を使ったものだ。オイルのランプやロウソクが使われているが、貴族の屋敷やこの学園では魔石を使った魔道具も使われる。
「魔石はないけど……自分で、なんとか……。」
備品倉庫らしいこの場所には、机や椅子のように大きな物だけでなく、小物も色々と置いてあった。
シャーロットはそこで蓋付きの瓶のを見つけて手に取った。
「上手くいくかな?」
彼女は蓋を開けると、自分の魔力を瓶へと流し込む。
「これくらいでいいか……。」
そしてしっかりと蓋をすると、指先を瓶にあて心の中でそっと唱えた。
──『光れ』
瞬間、シャーロットの周りが柔らかなクリーム色の光に照らされ、彼女はイタズラに成功した子供のような笑顔になる。
「イメージ通り。いい感じ。あと2つくらいあれば十分かな。」
シャーロットは明かりを手に部屋の中を見てまわり、メイソンジャーや比較的きれいな大判の布を数枚見つけ、また入り口近くに戻った。
「夏でよかった。でも、水が飲めないのはちょっと心配かな……。」
広げた布の上に靴を脱いで座り足を伸ばす。明るくなったことで、シャーロットはさっき突き飛ばされてぶつけた膝や腕が、何ヶ所か青痣になっているのに気付いた。
それを見ると、前向きで楽観的だった気持ちも、自分の浅はかさを見せつけられているようで次第に落ち込んでいく……。
──あの二人……。確か伯爵家と子爵家の令嬢だったよね。私が入学した頃、よくカティ様について回ってた……。
「こんなこと、そういえば小説にあったな。閉じ込められるのは私じゃなくて、カティ様だったけど。」
シャーロットは足元にもう一枚の布を掛けると、こてっと横になって膝を引き寄せ丸くなった。
「これが主人公なら、ヒーローの王子様が助けに、来てくれて……恋に気付いたり……して……。」
いつの間にか、星がクッキリと瞬く時間。
わずかな痛みを抱えながら、疲れた体を本能的に休めるように、シャーロットは瞼を閉じていた。
──私の王子様は………誰なの……かな………?