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Episode 17


 ユリウス達が図書室で秘密の会合をしていた頃──。


「明日でやっと、今学期も終わりですわね。明後日からの夏季休暇の間、シャーリーとずっと一緒にいられると思うと、私楽しみで仕方ないの。」

「カティ様、このところ毎日おっしゃってますね。」


 放課後。二人は女子寮への帰り道をのんびりとおしゃべりをしながら歩いていた。

 この頃のカティアローザの態度は、最早『溺愛』に近い。

 彼女にとってシャーロットは、公爵令嬢の肩書きではなくカティアローザ自身を見てくれる貴重な存在だ。聖女となる覚悟を持つ芯の強さ。そうかと思えば、ちょっとした褒め言葉で頬を染めてしまう愛らしさも持ち合わせているシャーロット。


 ──本人は自覚していないみたいだけれど、器量好しな上に純粋で……。本当に可愛いわ。


「でも、本当にいいんでしょうか?マルセル公爵領に休暇でお邪魔するなんて……。私、まだ未熟なままなのに……。」


 シャーロットは隣を歩く、自分より少しだけ背の高いカティアローザを見上げる。


「シャーリー。一生懸命な貴方はとても素晴らしいとは思うけれど、焦ってはダメよ。」

「………。」

「それに、アーネストにも言われたでしょう?」

「……はい。」



 あのサロン以来、実はユリウスとは軽く挨拶を交わした程度で、ゆっくりと会えていなかった。

 かわりにアーネストから色々と詳しい現状を教えてもらったのだ。

 まず、一刻を争う事態ではないこと。だから、着実にしっかりと光の魔力を使いこなせるようになっていて欲しいと……。

 それからしばらくして、おそらくオスカーが訓練の進捗状況を報告したんだろう……。


「今はまだ、殿下は大神殿……厳密に言えば大神官のゼッド卿を信用していません。正式な聖女となるには大神官の立ち会いの元、認定の儀式を行う必要があるんです。」

「なるほど。現状では、まだ動けないということなんですね?」

「はい。今、儀式を執り行うのは危険が大きい。ブライア嬢、貴方は儀式さえ受ければ間違いなく聖女となります。」


 ハッキリと確信を持ってアーネストはそう言い切る。


「そう、でしょうか?私は、まだまだ力が足りない気がして……。」

「ブライア嬢、貴方に足りないのは力でも、ましてや覚悟でもない。不必要な謙遜は、ご自身の足を引っ張るだけですよ。」


 シャーロットを諭すアーネストの声色は、彼女が初めて彼から感じる穏やかな優しさを内に秘めていた……。



 そんな会話を思い出していることを見透かしたように、カティアローザがシャーロットに語りかける。


「シャーリー。貴方が聖女となれば、高位貴族や王族の方々とだって接する機会が増えるわ。もし、休暇を楽しむことに気兼ねがあるなら、私から淑女教育を受ける期間だと思って?」

「淑女教育、ですか?」

「そう。貴方の礼儀作法は申し分ないけれど、貴族令嬢として身に付けるべきことはまだまだあるわ。その時々に合わせた身だしなみとか、ドレスの着こなしも大事ね。」

「えっ?でも、私、ドレスなんて……。」


 シャーロットが遠慮がちに呟くと、カティアローザはピタリと足を止めた。


「シャーリー!」

「は、はいっ。」

「貴方、私を誰だと思ってらっしゃるの?我がマルセル公爵領に招待するのよ。滞在中の貴方の衣装、その他諸々必要な物は全て、私にお任せになって?」


 流れるように紡がれたカティアローザの言葉には、有無を言わさぬ迫力があり、シャーロットはただコクコクと頷く。

 そんな彼女の様子に満足げに微笑んで、カティアローザはまた歩き出した。

 日が長い夏の夕暮れ。それでも少しずつ夜の訪れを告げ始めている。


「それでは、また明日ね。シャーリー。」

「はい。送っていただいてありがとうございました。」


 寮の入り口まで来ると、カティアローザは少し名残惜しそうにシャーロットにハグをして、何処からともなく現れた従者と共に帰って行った。

 シャーロットはしばらくその場でカティアローザの背中を見送った後、寮に入りエントランスホール脇の部屋にいる寮母(マザー)に帰宅を伝えてから、2階の部屋へと向かう。

 ふと途中の踊り場で、窓の外に目をやった時だった。寮の前の薄暗い小路を、学園所属の魔導師の証である黒いローブを纏った長身の男性が歩いて行く……。


 ──……っ、ナイゼル先生!?


 シャーロットは弾かれたように階段を駆け下りた。マザーに外出を告げることも忘れて、夢中で玄関を飛び出す。


「ナイゼル先生?」


 彼女が外に出た時には、既に姿は見えなくなっていた。


 ──研究棟じゃなくて、校舎の方に歩いていったよね?


 シャーロットは諦めきれず、今さっきカティアローザと通った道を戻り始める。

 何を話したいのかもわからない。ただ最後に見たロウエルの苦しそうな……心許ない瞳の色が焼き付いて離れずにいる彼女は、それを上書き出来ないまま1ヶ月以上会えなくなることに、耐えられそうになかったのだ。


「先生……どこ……?……あっ。」


 シャーロットの視線の先。主に魔術クラスで使われる校舎の西棟へと入っていく黒い人影を見つけ、彼女は乱れた息のまま、また走り出した。


「待って!」


 人影は階段をどんどんと上がっていく。教室の並ぶ2階を通り過ぎ、普段ほとんど使われていない3階の廊下を奥へと進んでいた。

 次の廊下の角を曲がれば追いつける。シャーロットがそう思った瞬間──。


 ドサッと重いものが倒れる鈍い音。体に感じた衝撃が、次第にズキズキとした痛みに変わる。

 何が起こったのか理解が追いつかず、床にへばりついたまま顔を上げたシャーロットが見たのは、冷たく笑う二人の女子生徒と、黒いローブ姿の見たことのない男性だった。


「平民あがり風情がカティアローザ様と一緒にいるなんて!なんて図々しい女なのかしら。」

「あなたみたいな人間が、聖女なわけがないでしょう!?」


 ──あぁ……そういう……。


 

 思いきり突き飛ばされ動くことが出来ないシャーロットの目の前で、扉が閉まりカチャっと鍵をかけた音がした。

 


「悪女には罰を与えないと。」

「一体いつ、気付いてもらえるかしらね?」


 彼女達のくだらない嫉妬と体に走る痛みより、シャーロットはロウエルに会えなかったという事実に、涙が溢れそうになるのを必死に堪える。

 それを見て、打ちひしがれている様子のシャーロットに満足したのか、三人はその場を後にしていった。



「カティ様にもオスカー様にも、あれ程一人での行動に気をつけてって言われてたのに……。私の……バカ……。」







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