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Episode 15


「エルっ、ロウエルってば!」

「っ?あ、セシル。……来てたの。」

「来てたのじゃないだろ?まったく、ノックにも気付かずまたこんなに熱中して!最後に食事をしたのはいつ?」


 魔術研究棟の一室。ロウエルは自分に与えられた部屋に一段と籠もるようになっていた。

 ベッドフォート学園の魔術研究室には10名ほどの魔導師や研究者が所属しているが、人付き合いが苦手なロウエルが交流を持ち心を許しているのは、現国王の末弟であるセシルだけだった。

 王族と元平民の子爵という身分差はあれど、境遇は似たものがあり、いつの間にか親友同士で側にいる存在だ。


「ほら、これ。」


 研究に没頭し寝食を忘れてしまうのは昔からとはいえ、ここ数週間のロウエルはいつ倒れてもおかしくない程に無茶をしていた。


「ブライア嬢が、エルを心配して届けに来たよ。」


 セシルがロウエルの目の前に置いたのは、シャーロットがいつもお弁当を入れているバスケットだった。


「シャーロットが、僕に……?っていうか、君、いつの間にシャーロットと知り合ったの?」


 訝しげに問いかけるロウエルに、セシルは呆れ気味に答える。


「前に偶然四阿(ガゼボ)でお昼時に会ったって話しただろう?君が来るのを待ってたよって。」

「そう……だった?」

「はぁぁ。それよりエル。彼女、親に置いていかれた子供みたいに、不安そうな表情(かお)してたぞ。彼女と、何かあった?」

「……別に……。」

「そう?ブライア嬢、明日の朝、登校前にバスケットを取りに来るってさ。」

「………ん………。」


 セシルはこちらを見ることもなく返事をするロウエルにやれやれと肩をすくめ、ふーっと嘆息する。

 彼が独り殻に閉じこもりがちになるのは、知り合った頃から変わらない。

 今は無理に踏み込むべきではないとわかるセシルは、そっとロウエルの肩に手を置くと、静かに踵を返した。


「……ありがと、セシル。」


 背中と背中を向けたまま。それでもポツリと届いたロウエルの声に安堵して、セシルはそのまま部屋を後にした。

 カチャっとドアが閉まる音を確認して、ロウエルは苦しげに顔を歪める。


 ──時間がないんだ……時間が……。早くこの魔石を完成させないと………!


「シャーロットが聖女として、完全に覚醒してしまう!」



 ロウエルはバスケットを脇に押しやり、オーロラのように輝くクリスタルを強く握りしめた。


 ──必ず助ける……。君だけは、何を犠牲にしても……。絶対に!





 ◇◇◇





「シャーロット?どうしたんだ?」


 いつも昼食をとっている四阿に、ポツンと座る彼女を見つけ、オスカーは足早に近づいた。


「今朝は研究棟に寄るって言ってたよな?会えたのか?ナイゼル先生に。」


 黙ったまま首を横に振るシャーロット。彼女の傍らにはバスケットが置いてある。


「………今まで何度か、先生にお弁当作ったことはあったんですけど、食べずにバスケットを返されたのは、初めてで……。これ、研究棟の入り口の横に置いてあったんです。もう、こんなことしなくていいってメモが挟まってて……。私、余計なことしちゃったみたいで……。」

「……シャーロット……。」


 カティアローザと親しくなった後も、シャーロットは昼食だけは今まで通り、一人四阿でお弁当を食べていた。

 それは、気まぐれに現れるロウエルと会える、シャーロットにとっての大切で安らげる時間を失くしたくなかったからだった。

 しかしあの公爵邸での夜の後、数日振りに彼と会えた時のこと。

 シャーロットはユリウスと話すべきだと助言をくれた彼に感謝して、聖女として少しでも早く国の役に立ちたいのだと彼女の覚悟を伝えたのだが、それからロウエルの様子がおかしくなってしまったのだ。


「せっかく学園で友人が出来たんだ。僕なんかより友人達との時間を大切にして。」


 彼がシャーロットにかけた言葉は優しかったが、その声は何故かやけに冷たく彼女の中に響いた。


 始業式以来ずっとシャーロットを見守っていたオスカーには、彼女にとってロウエルがどんな存在だったのか痛いほどにわかっている。

 だからこそ、急にロウエルに避けられるようになってしまったことに困惑するシャーロットの心の震えを感じて、複雑な想いに奥歯を噛みしめた。


 ──彼は一体何を考えてるんだ!?……あれだけシャーロットに近づいておいて急に突き放すなんて!


 あの時……、あの時もし、嫌がらせを受け泣いているシャーロットを慰めたのが自分だったら……。今、彼女の心を占めていたのは……。

 オスカーはその思考の先にある自分の願望に踏み込みそうになり、慌ててその考えにブレーキをかけた。


 ──俺は『聖女様』の護衛騎士だ。そして、主君はユリウス殿下。それを忘れるな!


「オスカー様?」

「ん?ああ、悪い。……どうする?シャーロット。今朝は魔術の訓練は休むか?」

「いいえ。やります!お願いします。」



 マルセル邸から帰るとき、シャーロットはカティアローザにも自分の決意を伝えていた。

 そんな彼女の意を汲んで、カティアローザはオスカーに魔術のコントロールを教えてもらうことを提案してくれたのだ。

 魔術クラスでのオスカーを見ていれば、彼がどれ程優秀なのかはシャーロットにもよくわかっていたが、彼は講師としてもとても優秀だった。

 今はコントロールの応用で、自分が思う大きさの光の柱を建てる訓練をしている。この光の柱をきちんと調整して制御出来るようになれば、この国の守護の祈りを引き継ぐことが出来るようになるからだ。



 ──個人の感情に振り回されてるわけにはいかない。私はこれから、どんな時でも祈らなきゃいけないんだから……。



 オスカーはきちんと魔力を整え前を向いたシャーロットを優しく見つめながら、今日の訓練を始める。

 登校前のわずかな時間。それでもシャーロットは本当の兄のように思っているオスカーと過ごせたことで、ロウエルに会えなかった寂しさに、一旦蓋をすることが出来たのだった……。








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