Episode 12
「それはまた、面白い提案ですわね、シャーロットさん。」
「カティアローザ様!?」
ユリウスと友達になる。全くもって突拍子もないことを言い出したシャーロット。これまで誰も見たことのない困惑の表情を王太子にさせた彼女の後ろに、いつの間にかカティアローザが立っていた。
「い、いつからそこにいらしたんですか!?」
「そうね、ユリウス殿下を変えるなんてお話の辺りかしら?」
「っ!?……全然気付きませんでした……。」
「そうね、随分と白熱していらしたものね。」
カティアローザは美しいヒールの音を響かせてシャーロットに近づくと、「よろしいですか?」とユリウスに確認してから、ふわりと彼女の隣に腰をおろした。
「シャーロットさん、あなた、ユリウス殿下とお友達になるだなんて、私という婚約者がおりますのよ?」
「ち、違います!本当に純粋に、言葉通り友人になりたいんです。」
「言葉ではなんとでも言えますわ。ユリウス殿下は見目麗しい方ですもの。お近づきになりたいと思うのは、仕方のないことかもしれませんが……。」
「ま、待ってください!私、殿下を男性としてカッコいいとか全く思っていませんから!」
「はぁ?僕に魅力を感じないってことかい?」
「はい、全然!」
シャーロットの必死な否定に、ユリウスは愕然として固まっている。
その様子を見て、カティアローザは手にしていた扇で口元を隠しつつも、我慢できずに声を出して笑い始めた。
「シャーロットさん、気が合いますわ。ぜひ、私とお友達になりましょう。」
「カティアローザ様?」
「私もこの無機質男のどこがそんなにいいんだろうと、常々思っていましたのよ。」
「カティ!?君まで一体なんなんだい!?」
「ふふ。段々殿下の化けの皮が剥がれてきましたわよ。いい傾向ですわね、シャーロットさん?」
カティアローザのイタズラな視線に、ユリウスは手で目元を覆うと、脱力してソファーに沈み込む。
「大体、自分の思惑のためにレディへのいじめを誘発して放置するなんて、クズのすることです。ごめんなさいね、シャーロットさん。学年が違うとなかなか全部を抑えきれなくて。」
「……カティアローザ様。」
「そして、ユリウス様をお止めしなかったアーネストとオスカー!あなた方も紳士失格ですわね。」
矛先が自分へと向き、バツが悪そうにする二人。
オスカーはシャーロットの前に進み出ると、彼女の前に跪いた。
「悪かった、シャーロット。確かにカティアローザ様の言うとおりだ。理由があったとは言え、レディを泣かせる状況を放置していた。騎士として……男として、情けない限りだ。」
「オスカー様……。」
「なるほど、シャーロットさんは殿下よりオスカーが気になるのね。」
「へっ!?」「はっ!?」
からかうカティアローザは明らかにユリウスを挑発している。
「へぇ、オスカーの方がねえ……。」
「ち、違います!オスカー様は確かに素敵ですけど、お兄ちゃんみたいな存在で……あの……。」
「オスカーは素敵だけど、僕には魅力がないと……。それは流石に僕も傷付くな。」
──あれ?な、なんでこんな方向になった!?私はただ、殿下が心を感じて欲しいって思っただけなのにっ!
「希望通り、たった今からお友達になろうね、シャーロット?君が僕を変えてくれるんだろう?」
──なんかもう、十分豹変しすぎですけど!
「あ、あの、カティアローザ様の前で、誤解を生むような言い回ししないで下さい!」
「あ、それは気にしなくていいよ。」
「そうですわ。私と殿下は婚約者として契約しているだけですから。」
「契約、ですか?」
「私、殿下が自ら伴侶を選ぶまでの虫よけとして、一時的に婚約しているだけですの。このままいくと、なし崩し的に本当に結婚しなくてはならなくなりそうで困っていましたのよ。」
「は、はぁ……。」
「そんな訳ですから、シャーロットさん。私の代わりに殿下の愛を受け取って差し上げて下さいね。」
──いやいやいや……。可愛くウィンクしないで下さい。それ、体のいい厄介払いじゃ!?
ユリウスは獲物を定めた狩人の如く、熱を帯びた視線を送ってくるし、シャーロットの前で跪いたままのオスカーまで、ひどく真剣な眼差しでじっと彼女を見つめていて、シャーロットはいたたまれず俯いてしまった。
「全く、さっきまでの勢いはどうしたの、シャーロット?」
真正面からぶつかってきたかと思えば、熱い視線だけで恥じらい戸惑う。コロコロ変わるシャーロットの様子に、ユリウスは初めての感情を抱いていた。
──女性を可愛らしいと思ったのは初めてだ……。
「オスカー、いい加減シャーロットから離れない?独り占めはズルいと思うな。」
「ユリウス様、俺は今後もシャーロットの護衛をしていいですよね?」
「僕がダメだって言ったらしないの?」
「いえ。シャーロットは俺にとっても可愛い妹なんで、絶対に守ります。……場合によっては、あなたからも。」
「ふーん、妹、ねぇ……。」
火花を散らすとはこの状況のことか!と、シャーロットは周りの勝手な展開に頭痛がしてくる。
おかしい……。元々はユリウスに駒にされ、いじめが続く現状に苦情を申し立てに来たはずなのだ……。
いい加減逃げ出したい衝動にかられていたシャーロットに救いの手を差し伸べたのは、途中からずっと冷静に成り行きを見守っていたアーネストだった。
「殿下、発言してもよろしいですか?」
「いいよ、アーネスト。」
アーネストの冷静な声色に、オスカーも立ち上がってシャーロットの横に移動した。
「ブライア嬢、あなたは先程、聖女として国の安寧を願うと言われましたね。」
「はい。」
「聖女として、役目を全うする覚悟がおありなんですね?」
「……私も、貴族の端くれですから。」
シャーロットの言葉に、アーネストは静かに嘆息しユリウスに向き直る。
「殿下、彼女の行動は理解しかねますが信頼は出来ると思います。事情をお話してはいかがですか?」
「……そうだね。」
窓の外は茜色が夕闇を連れてくる一歩手前だった。
「そろそろ校舎を出なきゃいけないか……。」
「シャーロットさん、明日は休日ですし、これから私の屋敷にいらっしゃいません?」
「えっ?こ、公爵家にですか!?」
「それがいいね。アーネスト、女子寮に外泊申請を出してあげて。」
「承知致しました。」
シャーロットが口を挟む隙間もなく、彼女の怒涛の1日は、まだ続くことになったのだった……。