Episode 11
「やぁ、シャーロット。ゴメンね、無理矢理来てもらっちゃって。」
サロンの中に入ると、そこは意外にもシンプルなインテリアで統一された空間だった。だが当然ながら意匠がシンプルなだけで、質は最高級品だ。
シャーロットは緊張しながらも、促された通りにソファーに腰をおろした。
「ずっとシャーロットと話したかったのに、僕を避けてるみたいだね。」
「…………。」
サロンにはユリウスとオスカーの他にアーネストもいた。サロン付きのメイドがお茶をサーブして下がると、ユリウスはシャーロットにニッコリと微笑みかける。
「オスカーから聞いたよ。僕に何か話があるんだって?この場での会話は外に漏れることはない。保証するよ。何でも話して。」
飄々と話すユリウス。シャーロットは内心、この人間味のない王太子に、何故令嬢たちが熱を上げるのかわからないと、苦々しく見つめていた。
「本当に何でもお話ししてよろしいのですか?」
「ああ。」
「後で不敬罪に問われたりしませんか?」
「しないよ。そんなに僕が信用できない?」
ユリウスが香りを楽しむようにお茶をひと口飲む。
「正直に申し上げて、全く信用出来ません。」
シャーロットのその言葉は、部屋の中に痛いほどの静寂をもたらした。
固まるオスカーとアーネスト。随分と長く感じたほんの数秒の後、静寂を破ったのはユリウスの笑い声だった。
「あ、ははは……!君は本当に面白いね。いいよ、その信用出来ない理由を教えてよ。」
「恐れながら殿下。逆にお聞きしてもよろしいですか?何故、殿下は信用されると思われたのでしょう?」
「へぇ、そう返してくるんだ。」
シャーロットは恥ずかしがるでも萎縮するでもなく、初めてユリウスときちんと向き合い、いつも感じる違和感の理由に気付き始める。
彼の言葉も笑顔もまがいものに見えてくる理由……。
──彼は心に壁を作ってる……必死に無機質になろうとしている……。そうだ!だって小説でも。
幼い頃から王太子としてワガママを許されなかったユリウスは、そのあまりの聡明さゆえ、周りの人間をゲームの駒としか考えられなくなっていた。
彼の言動によって起こること、相手の反応、全てが予想通りに運ぶ。何手も先を読むチェスをするように生きてきていたのだ。
そんなユリウスを、前世の記憶を思い出しこの世界にない考え方でカティアローザが翻弄し、彼の人間らしい心を取り戻す……それが小説前半の山場だった。
──まだわからないけど、カティアローザ様は転生者って感じじゃない。……イベント系の出来事にばっかり気を取られて考えてたけど、性格とか背景は小説の設定が残ってるんだ……!
シャーロットは必死に頭を回転させた。このままユリウスに意見をぶつければ、シャーロットが小説の中のカティアローザをなぞる形になってしまうと気付いたからだ。
そのことがどう影響してくるか、彼女には想像がつかない。そんな時、頭の中にアリアのあの時の声が流れ込んできた。
──『幸せになって、シャーロット……。』
何が幸せなのか、求める幸せが何なのか……。そんなことはまだわからない。
しかし、小説で示されていた終わりを恐れるあまり、目の前の人と向き合わない生き方は違うと思えた。
「殿下、お願いがございます。」
「うん。何かな?」
「これから殿下にいくつか質問させていただきたいのです。それにイエスかノーでお答えいただけますか?」
シャーロットの突飛な願いに、ユリウスの眼光が鋭くなる。
「面白そうだね。いいよ、やってみようか?」
「ありがとうございます。」
そっとオスカーとアーネストに視線を移すと、あの冷静沈着なアーネストに明らかな動揺が見て取れた。
──そりゃそうだよね……。
シャーロットは迷いなくユリウスの目を真っ直ぐに見つめる。
「最初に、始業式の日にお会いしたのも計画ですか?」
「ノー。」
「その時、私が聖女候補だとご存知でしたか?」
「イエス。」
「直後からオスカー様が私の所にいらっしゃるようになったのは、殿下のご命令ですか?」
「イエス。」
わかっていたことだが、やはりその「イエス」には切なくなる。
「それは、私の聖女としての資質を見極めるためですか?」
「イエス。」
「私に必要以上に声をかけられるのは、令嬢たちをわざと煽るためですか?」
「イエス。」
──やっぱり、か……。
「私の魔力が枯れそうになることも、予想通りでしたか?」
「イエスだよ。いやぁ、シャーロットは賢いね。ごめん、正直ここまでとは見くびっていたな。」
「そうですか……。」
「それで?こんなわかりきった確認みたいな質問をして、シャーロットには意味があったのかな?」
「……はい。よくわかったので……。」
シャーロットは膝の上でギュッと手を握りしめ、覚悟を決めて口を開いた。
「ユリウス殿下が、人として最低だと。」
「っ!?ブライア嬢!何という不敬な発言を!」
「いい。黙って、アーネスト。」
「しかしっ!」
「アーネスト!……続けて、シャーロット。」
怒りの色を隠さないアーネストは、敬愛するユリウスを侮辱したシャーロットを睨みつけ、オスカーは顔面蒼白になっている。
「ユリウス殿下が聡明でいらっしゃることはよく存じ上げています。ですが、このまま子供の遊びを続けられるようでしたら、殿下に王たる資格はないかと存じます。」
「随分と言ってくれるね、シャーロット?時に政治には冷酷さも必要だよ?君にはわからないかもしれないけどね。」
諭すような優しい口調。しかしシャーロットにはユリウスが核心をつかれ、揺れているように見えた。
「冷酷さというのは、そこに心を感じているのが前提の表現です。あなたがしているのは、周りの人間を玩具にしている遊びです!私は聖女としてこの国の安寧を願わなければならないのなら、まずあなたを変えます!」
「代える?じゃあ誰を王太子にするんだい?王位継承権はあっても、そんな力のある者なんて……。」
「勘違いしないで下さい。王太子を入れ替えるんじゃありません。あなたを変えるんです、殿下。」
「シャーロット、君の考え方は僕には理解できないよ。いいよ、認める。僕には周りの人間はみんな駒だ。でもその考え方で、僕は問題なく国に尽くしてる。義務を果たしてるんだ。一体何が問題なんだい?」
──あぁ、この人、きっと本気でわかんないんだ。
「多分、今、殿下に言葉でいくら説明しても、わかってもらえないと思います。」
「それじゃ、君はどうするの?」
「………ユリウス殿下と、お友達になります!」
「「…………はぁぁ!?」」
それは見事なまでに、男性陣3人の声が重なった瞬間だった──。