Episode 1 〜Prologue〜
その衝撃音は突然だった。
本来なら道路の片隅で震えている幼い子を天に迎えるはずだった女神アリアは、その子を庇い車にはねられて命を落とした女性を見て口を押さえた。
──どうしましょう……まさかこんなことになるなんて……。
いくら女神の力でも、尽きた命を戻すことは出来ない。
しかし、なんの迷いもなく子供を助けた彼女の魂は、まるでオーロラのように様々な色を見せながら輝き、どこまでも澄みきっている。
──この光……。まさか……?
「……そうね、まずは話を聞きましょう。」
アリアがそう呟くと、世界は事故の喧騒を離れ、静寂の広がる真っ白な空間へと変わっていた。
「……あれ?何?……ここ……。」
不思議そうに体を起こす彼女に、アリアは静かに語りかける。
「あなた、お名前は?」
アリアの腰よりも長い真っ白な髪は光に透き通り、柔らかな風を受けてでもいるように、ふわふわとなびいていた。
この凪いだ空間で、浮遊しながら微笑みかける白いドレスの女神の問いに、彼女はまだ微睡みながら答える。
「浜田……美琴……。」
「みことね。少し待って……。なるほど、今は24歳で、家族は弟と妹……。両親は他界してるのね。」
淡々と自分の個人情報を口にされ、美琴は意識がはっきりとして慌てだした。
「あ、あの!なんでそんなこと知って!?」
「美琴、私は女神アリアと言います。あなたは本来終わるはずのないタイミングで命を落としてしまったの。」
「えっ?……な、にを、言って?……っ!?」
美琴は目の前にスクリーンでもあるかのように映し出された事故現場の様子に、ハッと息を呑み僅かに震えだす。
──そうだ、私……飛び出した男の子を庇って……。
死んだんだ。そう思った途端、美琴は今の状況がストンと腑に落ち、ゆっくりと深呼吸して震えを落ち着けようとした。
「あの、男の子は無事ですか?」
自分が死んだことよりも、まず子供の安否を尋ねる美琴にアリアは目を見張る。
「ええ、無事でした。あなたのおかげよ。」
「……よかった。」
心底ホッとした様子の美琴を、また眩い輝きが包み込む。
──間違いないわ……。探し求めていた存在に、こんな形で出会えるなんて……。
プツリと映像が消えまた凪いだ世界に戻ると、アリアは美琴の前に降り立ちその両手を取って包み込んだ。
「美琴、あなたにはまだ生きる権利が残っています。ただ、元の世界の体にはもう戻れません。あなたの残りの時間を、別の世界で生きてみませんか?」
「別の、世界?」
「はい。あなたは今まで弟や妹、周りの人々のために頑張ってきました。新しい世界で……あなたにピッタリの世界で、自分の幸せのために生きていいのですよ。」
「………浜田美琴では、もういられないんですよね……?」
「そうですね。でも、望むなら、美琴としての記憶を残してあげますよ?」
新しい世界……別の人生……。美琴には全く想像がつかなかった。しかし、また生きるチャンスをもらえるなら、元の人生で出来なかったことをしてみたい。
美琴は高校卒業と同時に両親を事故で亡くし、まだ小学生だった弟と妹を必死に育ててきた。恋の一つも出来なかったし、そもそも自分の時間なんてほとんどなかったのだ。
唯一の楽しみは、通勤時間に読むネットの投稿小説。ほんの少し現実から逃れ、別世界に行けた時間。
──そっか、あの別世界に行けると思えば……。
「女神様。お願いします。私、また生きてみたいです!」
「わかりました。記憶は、残しますか?」
「はい。家族を、忘れたくないので。」
美琴のその答えにニッコリと笑うと、アリアは再び浮き上がった。
「それでは美琴。あなたはこれからレイニード王国のシャーロット・ブライア男爵令嬢となります。シャーロットは15歳で前世の記憶を取り戻すようにしました。あなたは15歳からのシャーロットを、精一杯生きて下さいね。」
次第に目が眩むほどの光が世界を白から透明に変え、アリアの姿が消えていく……。
──レイニード王国?シャーロット・ブライア……?どこかで……あれ?
眩しすぎる輝きの中、美琴の感覚がなくなっていく。意識が途切れるその刹那、アリアの声が最後に聞こえた。
『幸せになって……。シャーロット……。そして───。』




