お姉さんメイドだってご主人様に甘えたい
「アメリアさん!お掃除終わりました!」
「よくできました。それじゃあ、ご主人に報告しましょうか。きっと、たくさん褒めてくれるわ」
はーいと返事をしてご主人の元へと駆けて行ったのは、メイド服を着た小さな女の子、マリーちゃん。
メイド服を着ていると言っても、この舘でメイドとして働いている訳ではなく、習い事としてメイドの仕事を教わっている。
この舘では学校が休みの日に子供を受け入れて、家事やお作法を教えており、その一環でメイドの仕事させているのだ。
「ごしゅじんさま、掃除終わりました!」
「おお、ずいぶん早く出来るようになったね。えらいぞ」
頭を撫でられて喜ぶマリーちゃんを眺めながら、わたしは心の中でため息をつく。
はぁ…羨ましいなぁ……。
わたしも、あんなふうにご主人様に甘えられたらなぁ……。
そうは思うが、思うだけ。
いい大人であるわたしが、「頭を撫でてほしい」なんて子供みたいなお願いをするのは、気が引ける。
ご主人様は優しい御方だから、頼めばきっと嫌な顔一つせずに撫でてくれるだろう。
だけど、恥ずかしさの方が勝ってしまう。
「どうしたんだい?アメリア」
わたしの様子に違和感を覚えたのか、ご主人様が声を掛けてきた。
ご主人様は洞察力が高く、メイドが気づかない事にも目をやって、的確に仕事の指示をしてくれる。
メイドの仕事をする上では非常のありがたいが、こういう時は少し困る。
「いえ……何でもありません……」
「うーん…それならいいが…もし何かあったら、すぐ私に相談しなさい」
「ありがとうございます…」
ぺこりと頭を下げて逃げるようにその場を後にすると、急いで誰も居ない部屋に入り扉の鍵をかける。
大きく息を吐き出すと、その瞬間鏡を見ずとも自分の顔が真っ赤になっている事が分かった。
どうしてわたしは、わたしというのも生き物は、こうも素直になれないのだろう。
ご主人様に甘えたって、ご主人様も周りの使用人達も悪い顔はしない事は分かっている。
すべては、わたしの心の問題なのだ。
あの子がしているように、無邪気に笑って、ご主人様に甘えてみたい。
だけど、その一歩を踏み出す事が出来ない。
「あれは子供達の特権だから…」
そう自分に言い聞かせても、胸の中のモヤモヤは消えてくれない。
ご主人様に頭を撫でてもらいたい。
ただそれだけの事なのに、気持ちが胸につっかえて、わたしを苦しめる。
「あれは子供の特権…わたしには関係の無い事…」
何度言ったって落ち着かない事は分かっているけれど、それでも言わずにはいられない。
「すぅ〜〜〜…はぁ〜〜〜…すぅ〜〜〜…はぁ〜〜〜…」
大きな深呼吸を何度も繰り返して、何とか心を落ち着ける。
(仕事に戻ろう……)
悩んだってしょうがない。
気持ちが晴れた訳では無いけれど、割り切るしかない。
明日からも、同じように仕事をしていくだけだ。
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「おはよーございます!」
数日後、学校が休みの日。
つまり、子供たちがやってきてくる日。
いつものように元気いっぱいに挨拶をするマリーちゃん達を見て、思わず笑みがこぼれてしまう。
「おはよう。みんな朝ごはんは食べてきたかな?」
「食べてなーい!」
子供達は口を揃えて答える。
みんなが朝食を食べてこないのには、貧しいとかそういうネガティブな理由ではない。
以前、たまたま朝食を食べずにやってきた子に、わたしが朝食を作って食べさせた所、あんまり美味しそうに食べるものだから、その子だけでなく他の子たちも次々食べたいとせがみ出したのだ。
それ以来、子供達はわたしの作る朝食を楽しみにして、お腹を空かせてくるようになった。
「アメリアさん!今日はマリーにお料理教えてくださいね」
マリーちゃんに至っては、作り方が知りたいと言って、料理を教わる約束まで取り付けてきた。
「それじゃあ、すぐに5人分用意しますね。マリーちゃん、行きましょう」
朝食は、子供達とご主人様の分を用意する事になっている。
ご主人様もご主人様で、子供達の一緒に朝食を食べるのが楽しいようで、子供達がやってくる日の朝はいつもに増して笑顔が多い。
その光景を見ると、わたしも嬉しくなってしまう。
だからこそ、腕によりをかけて作らなければ。
「アメリア、待ってくれ」
キッチンに向かおうと、歩を進めようとした時、ご主人様に呼び止められてしまった。
「?…はい、なんでしょうか?」
一体、どうしたのだろう? 何か不手際があっただろうか? そんな不安が浮かんできたが、それも一瞬の事だった。
「アメリア、君も朝はまだだろう?良かったら6人分、君の分も用意して一緒に食べよう」
まさか、ご主人様から誘われるとは思っていなかったわたしは目を丸くした。
たしかに今日は、仕事が立て込んでいて朝食を摂る暇は無かったけれど、ご主人様にお誘いいただけるなんて思ってもいなかった。
「よろしいのですか……!?」
思わず、聞き返してしまう。
そんな事聞いたって、帰ってくる答えは決まっているのに。
「もちろん。みんなで食べた方が、きっとおいしいだろう」
そう言って、ご主人様は柔らかく微笑む。
その笑顔は、あっという間にわたしの心に熱を帯びさせる。
「アメリアさん…?」
ご主人様の言葉にドキドキしているわたしを見て、マリーちゃんが首を傾げる。
そうだ。今日はマリーちゃんに料理を教えなければ。
呆けている場合ではない。大人として、恥ずかしい姿は見せられない。
「ごめんなさい。ボーっとしちゃってたわ。それじゃ、キッチンにいきましょうか」
「はい!」
元気よく返事をしたマリーちゃんの手を取って、キッチンに向かう。
その手は、子供の小さな手なのに、わたしがリードする側なのに不思議と頼りがいがあって、浮ついた心が落ち着いていく。
「さあ、さっそく作っちゃいましょうか」
「はい!」
子供達は、今までにも何度かこの舘で料理を習っているけれど、マリーちゃんは特に飲み込みが良い。
「切るときは手を猫の手にして…」
「そうそう。上手よ」
こんな風に一つ一つの事を褒めてあげるだけで、もっと頑張ろうという気になるみたいで、本当に教え甲斐がある。
「マリーちゃん、味見してみて」
「うーん…ちょっと薄い気がします」
「そうね。じゃあ、何を足せば良いか分かるかしら」
簡単な朝食を作るくらいなら、教える事はほとんど無いくらいだ。
教えながらだと普段より時間がかかりそうなものだけれど、普段とそう変わらない時間で料理が出来上がっていく。
マリーちゃんの器用さと吸収力のおかげで、あっという間に朝食が出来上がった。
「ご主人様。お待たせいたしました。マリーちゃんったら、とっても上手で教える事がほとんど無かったくらいなんですよ」
「本当かい?それはたくさん褒めてあげないとね」
ご主人様は、ニコニコしながらマリーちゃんの頭を撫で始めた。
だけど、普段なら笑顔を浮かべるはずのマリーちゃんが、今日はどうも浮かない顔をしている。
どうしたんだろう?と不思議に思っていると、おもむろに口を開いた。
「ごしゅじんさまは、どうしてアメリアさんは褒めてあげないんですか?」
マリーちゃんが発した、素朴な疑問。
だけれど、ご主人様とわたしは返す言葉もなく固まってしてしまった。
たしかに、マリーちゃん言う事はごもっともだ。
ごもっともだけど、その答えは二人共持ち合わせていない。
「た…たしかにそうだね…」
ご主人様が、困り顔のまま答える。
そこに他の子供達が、そうだそうだと追い打ちをかけるように囃し立ててきた。
チャンスだ。
これ以上無いチャンスだ。
マリーちゃんの何気ない一言から生まれたこの状況。
ご主人様に、子供のように甘えられるとしたら、これ以上の機会は無い。
「では、わたしも子供達と同じように褒めていただけますか?」
少し冗談っぽく、あくまで子供達を納得させるための提案のように聞こえるよう言ってみる。
「はっはっは、もちろんだよ。アメリア、いつもありがとう」
ご主人様は優しい笑顔を浮かべ、わたしの頭をその大きな手を撫でてくれた。
温かい………
子供達は、いつもこんな良い思いをしているのかと思うと、ほんの少し嫉妬してしまう。
思わず溢れそうになる涙を堪えて、ご主人様の目を見つめ、そして言う。
「今回だけではなく、これからもずっと…こうして褒めてくださいますか…?」
【終】