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俺の隣人は異国の人らしい  作者: 豚肉の加工品
2/2

異国の人たち 1

 目が覚める……という感覚ではない。

「気が付いたら、いつの間にか会社の目の前に立っている」という表現の方が正しい気がする。

 この自動ドアを潜れば目の前には社内で美男美女だと有名な長谷川友美と菊池和樹が立って、来る人来る人に気持ちの良い笑顔で挨拶をしている。

 しかし、その裏側は真っ黒なものだ。

『菊池和樹のセクハラがキツイ』そんな連絡が着信されていたことは昨晩の束の間のことだった。

 今もこうして、笑顔で並んではいるものの二人の関係は最悪と言っても過言ではない。


「おはようございまーす」


「おはよう。拓哉くん」


「うっす! 拓哉!」


 そんな軽い挨拶を済ませると美人と有名な長谷川からの尋常ならざる視線に目を背ける。

 心の中では平謝りしているものの、隣に長谷川を狙っている美男で有名な菊池がいる手前、余計な思いを募らせたくない。

『後で、話し合いましょう』

 目は口程に物を言うとは言うものの、伝わってくれただろうか。本当に瞬きをしたついでにアイコンタクトを試みてみる。

『今日は早めに上がってね?』

 これがカップルだったら、非常に良好な関係を築けていることだろう。

 しかし目から発せられた圧力が違う。もう無言でお辞儀をして、丁度良く開いてくれたエレベータ―へと逃げるように直行する。

 だが、今日の拓哉(一月)の運勢は最悪なようだ。


「やぁ、おはよう。拓哉」


「おっは~」


「……おはようございます。峡谷社長……と峡谷さん」


「どうしたんだい。何をそんなにかしこまる? 君はまだ仕事が始まってないだろう」


「い、いえ。個人的な理由です」


「父さん。拓哉は色々大変なんだって、この会社の営業部見たら何となく分かるだろ? どうせ昨日も碌に寝てないんだろ、拓哉」


「最近……寝付きが良いのか悪いのか分からなくはなってきてますね」


 気が付いたら会社の目の前で意識が芽生える感覚を良いことと捉えていいものなか。それはきっと社畜が考えていいことではないような気もする。

 地獄である場所を知らず知らずのうちに地獄と感じなくなってしまうような、特異であり特殊な適応能力は三次元では必要のない力だ。


「……それはダメなことだ。どうする? 社長には僕から言っておくかい?」


 本当に心配してくれているのは伝わってくるが、決して冗談に見えないのは気のせいなのだろうか?


「大丈夫ですよ。本当にキツいって思ったら自分から辞表出します」


「うん、理解しているならいいよ。最近の働く環境は年々悪くなっていく一方だからね。出来るだけ頑張らないこと、いいね? 耐えるなんてしなくていい。一瞬でも「もう無理だ」と思ったら辞めてしまいなさい。うちで雇ってあげるから」


 そんな優しい言葉をかけられたのは、いつ以来だっただろうか。

 この涙腺の緩みはきっと年齢のせいではないと思いたい。

 流石は少数精鋭で四十年間も会社を続けてきた社長である。働く人と雇ってる人のやるべきことを理解している。この手の人は人を見る目もあるのだろう。


「それはありがたい話しを頂きました。――――では、社長室に案内します」


 タイミング良くエレベーターが最上階に到着する。

 社長室は奥の個室。ガラス張りになった防音と少しのモザイクスモークがかかった一室だ。


「(しかし、こんな早くに社長がいるっけか?)」


 いつもなら昼過ぎの時間帯に一階にあったエレベーターが最上階である六階にとまる。

 秘書であり妻である女性を引き連れてだ。

 

「社長、おはようございます。峡谷社長がいらっしゃいました」


 木製のドアを三回ほど軽く叩き、中からの返答を待つ。

 しかし二秒以上経過しても一向に返事はない。


「へぇー……そっちから日時提案しておいて自分は寝坊ってわけ? いい度胸してる」


「瑠璃。そんなことは言ってはダメだよ」


「で、でも……」


「と、言いたいところだけど――――流石にこの扱いをされては怒りも沸いてくるというものだ。今日の予定は?」


「はい。八時に唐沢社長との人事異動の件で会合、十一時に社内幹部会議、十五時に東西南北の貿易組が帰還し収穫とこれからについてのプレゼンが社内地下ホールにてあります」


「うーん。どうしたものか、ここから帰るには三十分くらい必要だし……話す内容も前に話した時にほぼ終わっているようなものだ。これと言って話すこともないし、後はFAXで書類を送って貰えればそれで良いこと……帰ってしまっても問題はなさそうだ」


「それじゃ筋が通らないでしょ? 軽い話し合いだろうと社長と社長同士の挨拶。まず唐沢社長の謝罪から始まるべきだわ」


「――――と、うちの愛娘が言っているがどう思う? 拓哉」


「……あまり言いたくはないですが、峡谷さんが正しいと思います。どんな理由であれ、峡谷社長が来ることを知っているにも関わらず遅刻してくるのは……擁護のしようがないかと」


 これが急に来た場合は話しは別だっただろう。

 しかし、会話を聞いていれば唐沢社長の予定に峡谷社長が合わせたということだ。社長という立場を抜いても人として問題がある行動だと客観的にも分かることだ。

 

「へぇ……以外だね。大手の派遣会社『マスターエージェント』。しかも、その営業部に所属している君が、私にこうも分かり易く〝私たちの味方〟をしてくれるなんてね」


「〝味方〟というのは語弊があります。あくまで私は会社の味方ですが、ここまで人間性に眉を歪めるものを見せられてしまっては擁護など出来ません。私は私自身を崩すつもりはありませんので」


 まぁ、実際には下っ端だ。かなりの人数がいる会社だからこそ、社員の声など社長に届きにくい。

 そのことを利用して影で悪口を言うつもりも毛頭ないし、そんなことに使う時間など下っ端になどありはしない。社長の顔色を窺うよりも、まずは余裕を作って早く家に帰れるようにしなければ体が壊れてしまうのだから。

 自分自身もそろそろ安定して週目標を達成できる。

 様々な会社に営業をしに行き、大勢の人たちを派遣に成功させた。これでしばらくは早めに家に帰って寛げるというもの。社長の影口を言っている暇があるのなら仕事に専念していた方が何千倍もマシだ。

 もしも、この場所に社長がいたのなら顔と名前と所属を調べられ……最悪はクビになっていたかもしれないが。


「そうか。やはり君は自分を持っている素晴らしい人間だ、もしかしたら育った環境が良かったのかな? それとも血筋か……今の若者にはない正しい考えを持っているね」


「それに優秀だしね。人と関わらせたら右に出る者はいないって感じがする、色んな意味でね」


「よし! では、帰ろうか――――龍奈(りゅうな)、拓哉」


「ちょっ……困りますよ」


「ふふ……冗談だよ」


 いや、今のは冗談には聞こえなかったぞ?

 あまりにも流れるように言うもんだから、危うく返事をしそうになった。


「そもそも、私が峡谷さんの会社にいても何も出来ませんよ。専門職と人を動かす職業はまるで別ものですからね」


 『峡谷建設』と聞けば、誰しもが知る超大手建設会社。

 下請け会社を必要としない仕組みとしているため人数や規模が桁が違う、世界的にも有名な会社なのである。それこそ国との親和性も高く信用性もある。

 各地に支部があるが本社は北海道。あの膨大な土地を全部使って建てられた会社は移動手段に車移動があるほどだ。考えてただけでも都内にある会社とは違う。


「うちにも営業職はあるのよ? 土地関係とか場所とか、それこそ不動産会社の移動版みたいなものがね。ほら、うちの会社は全部自分たちでやってるでしょ? 今こそ安定はしているけど……これからのことを考えると拓哉みたいな人が欲しいのよ」


「いやいや、過大評価ですって。大学を卒業したのだって昨日のことのような話ですよ? まだまだ修行の身です」


「そうかなぁ」


 拓哉本人はこう言っているものの、業績から見ても他とレベルが違う。

 そもそも拓哉と同期の者たちは、未だ先輩の背中で笑顔を作っているような者ばかりだ。

 高校卒業から就職している長谷川や菊池は同い年でも経験という差がある上に、担当が受付である。外に出て行動している拓哉とは全く違う仕事をしているのだ。

 業績トップなのは先輩を差し置いて堂々の二位。リピート率は一位。既に他とは異質な功績を叩き出しているため役職もこの会社で二人(・・)しかいない〈特別個人営業〉というものに変わった。

 言うなれば、営業という会社と会社を繋ぐことに関してはスペシャリストというわけだ。


「それでも、気が向いたり仕事を辞めるってなったら私の会社に来てよ。今日の人事異動の件についても、本当なら拓哉を呼んだら解決する問題なんだし」


「なんかあったんですか?」


「それは表で話すようなことじゃない」


 話しに集中し過ぎていたわけではない。だが、既に二人が会社の自動ドアの前にいたことに気が付けなかったこと、社外秘というわけではないが拗れそうな会話をしそうになってしまっていたことを咎めるように峡谷社長が口を開いた。


「拓哉と話しても解決はしないことさ、これは唐沢社長以外には分かりえない真意があることだからね。それこそ今すぐに会社を辞めてうちに来るというなら話しは別だけどね」


 ハハハ、なんて笑いながらタクシーも呼ばずに歩いて駅の方へと歩いて行く峡谷社長らを見送るとまた受付の二人と目が合った。

 

「「…………」」


 なんて例えたら良いんだろう。とても労わられている笑みだ。

 これ以上ない微笑み。もはや嬉しく感じるまであるような表情をしている。


「(今日も一日……頑張るか)」

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