70cm四方の窓辺
「どうも、滑川です。オカルト研究部の部長だ」
「どうも、勝竜寺です。文学研究会の代表してます」
文学研究会の部室にて、勝竜寺と滑川は互いにそう挨拶を交わした。
滑川はびくびくと怯えている様子である。僕と相対したときの敵意が、勝竜寺には向けられていない。
それに対して、勝竜寺は落ち着いたものだ。まるで、大人が年下の子供を相手するように、ライオンの雄が子ライオンを相手するように余裕が見える。もっとも、それは彼女の一面でしかないのが、わかるだけに、僕は少しだけ面白かった。それと同時に、どうして滑川が勝竜寺を恐れているのか興味が沸いた。
だが、部室の内部、流れを支配しているのは、僕でも滑川でも、勝竜寺でもなかった。
フラッシュがたかれる。
「いやぁ、この写真が、あとあと意味を持つと嬉しいですねぇ」
笑顔を浮かべた水間が、誰に向かってでもなく言った。
そう。
この場においては、水間が会話を支配しているのである。もちろん、それは仕方のない事であった。
僕と勝竜寺は、まさしく用事がない。別段、水間を好き好んで部室に呼んだわけではないのであるし、同じく滑川も用事があって招き入れた訳でもないのである。むしろ、逆に、二人が僕たちに対して、用事があるのだ。
オカルト研究部と写真部という組み合わせは、何か珍しさを感じさせるが、それと同時に、どこか腑に落ちる組み合わせでもあった。
「早速ですけども。こちらの写真。先ほど、そちらの部員さんに確認をとったものです」
そう言いながら、水間はポケットから写真を二枚取り出した。一枚は表向きにして、もう一枚は裏向きにして。
表向きの一枚は、僕がさきほど見たもの。僕と飛鳥先輩が田んぼを見ている写真だ。
「こちらは、何をなさっているのか説明を」
「くねくね、だ。そうだろう?」
水間の話に、滑川が割り込む。
少しばかり、興奮しているのか、目が大きく開かれている。
「俺は詳しいんだ。オカルト研究部は、長い間、オカルト的存在を追い求めていた。そして、私が部長になったからには、創作怪談が実在することを証明することを目標としてきた。間違いない、創作怪談は実在するんだ」
「ごめんなさいね。滑川さんは少しその、興奮すると」
「構わないよ」
謝罪をしようとする水間に、勝竜寺は割り込む。
少し良さそうな椅子に座っている彼女は、哀れそうな顔で水間と滑川を見た。
「説明するとしたら、確かに、くねくねを探しに行った。そこは否定しない」
「なら、実在はどうなんだ」
「わからないね。私も、私の目で見たわけじゃない」
滑川の問いかけをするりと勝竜寺は躱す。
嘘をついているわけではないので、勝竜寺は冷ややかなものだ。
が、話の流れを握れているわけではない。
僕は、それぞれ、四人分の缶ジュースを冷蔵庫から取り出して、それぞれの前に置いた。
恐縮です、と笑みを見せながら水間はプルタブを開けてから、言葉をつづけた。
「そうなると問題ですねぇ。くねくねはオカルトです、言ってしまえばオカルト研究部の範疇でしょう。それを、文学研究会が調べている」
「何が言いたい」
「君たち、文学研究会はオカルト研究部の活動を侵害しているわけだ」
「こちらの滑川さんが仰るように、活動が重複しています。そうなると、部としての特色が」
「あぁ、済まないが、本題を言ってくれ」
「わかりました。では、こちらの写真を」
伏せられている一枚の写真を、ぺらりと水間はめくった。
写真、というよりも、画像を印刷したようなものだ。それにはどこかの、住宅街の写真に見えた。夜の住宅街で道路を撮影したものらしい。だが、それよりもその写真を見た勝竜寺と僕は、そこに撮影されている人物に目を惹かれた。人物と言っていいのかはわからない。とかく、人影である。
三メートルくらいの高さを持った人影。
そんな人間が存在するだろうか。僕があくまで三メートルと見繕ったのは、電柱の高さと比較したからだ。もしかすると、その電信柱が比較的高くないのではないか。いや、その理屈ではおかしい。何故ならば、その人影の上背、頭の位置は、住宅地の塀の高さよりも、一回り二回り高い。
「これは一体? 写真部はトリック写真をとるようになったんですか?」
「いやいや、これは、私のところに持ち込まれた写真でしてね。面白かったのでオカルト研究部に見せたんですよ。滑川さんにね。そしたら」
「これは八尺様だと僕は思う」
神経質そうな目を写真に向けたまま、滑川は言った。
八尺様。
「たっぱのでかい女だろ?」
「萱島一年、それは違う。ギネスによると身長215.16センチのトルコ人女性、ルメイサ・ゲルギという人物が世界で最も背の高い女性だ。それよりも、この影は少し高いぞ」
「勝竜寺さんの言う通りだ。これはおよそ三メートルくらいはある」
「じゃあ、八尺様じゃねーよ。八尺超えてるじゃねーか。あほらしい」
わざと強がるように言う僕を鋭い目で滑川は睨む。
否定するつもりも別にない。くねくねを見た僕には、もう八尺様の存在も否定できない。
だが、同時に肯定することもできないのだ。それを理解してくれと願うつもりも、頼むつもりもことさらない。
「それで、その八尺様が? どうだと?」
「先ほどの話に戻ります」
水間は写真を並べて言う。
「オカルト研究部の領分を侵した文学研究会には、それ相応の責任があると思いませんか」
「思わんね」
「全然」
勝竜寺と僕は二人して首を横に振り、肩を竦めた。
確かにくねくねを探しに行ったのは事実である。が、だからといって、こちらの責任だとは思わない。
が、勝竜寺は少し乗り気であると顔色から伺える。
その証拠として、椅子から乗り出して、顔をぐいっと写真へと近づけた。
「水間さん。あまり回りくどい言い方はよした方がいい。我々に何かをやらせたいんでしょう」
「そうですね。要求はシンプルです。八尺様を捕まえましょう」
椅子の背もたれにがたりと勝竜寺がもたれかかる。
「報酬は何。こちらにメリットがない」
「文学研究会の活動にオカルト研究部、写真部が協力します」
「こちらの活動にあなた方は関係ないかと」
「もう一つは、萱島一年生の悪評を晴らすことを手伝います」
勝竜寺の眉がぴくりと動いた。
「この一年生が、レイプ魔として残りの学園生活を送るのは辛いでしょう。私なら」
水間は、にこりと笑みを、僕と勝竜寺に向ける。
肩口で切りそろえたおかっぱ頭は、笑みを隠さない。それがどれほどに邪悪な笑みであっても。
「あなた方の悪評も自由自在にできます」
それは断ることが出来ない誘いだった。そして、脅しでもあった。
勝竜寺は少しだけ考え、そして、がばりと体を起こして立ちあがった。
「協力してやる」
ひどく苛立った声色で勝竜寺は手を差し出した。
それを、恐る恐るという様子で滑川が握った。