宝くじはかなわい
五月の末、補習から解放された僕は、正式にと言っても文学研究会へと参加することとなった。
それについて、寮で同室の石鏡は正気の沙汰じゃないと呆れ顔をしていたが、僕には僕の事情があるのだとわかると、仕方ないか、という風に受け入れてくれた。同室相手に恵まれたほうだと、ほとほと感謝を禁じ得ない。
もっとも、他の生徒の中では遠巻きに、僕を見る生徒もいた。
というのも、飛鳥先輩の事がある。飛鳥先輩はあれから学校へは来ていない。
飛鳥先輩は、その持ち前の性格で、かなり人気はあった。言ってしまえば、人に良く好かれていたのだ。だからこそ、学校に顔を出さないとなって、心配されている。そして、熱心な人物は、心配になって、調べることにしたりする。そこでわかるのは、僕と勝竜寺が一緒にいたという事実が、いつしか知れ渡っていた。
勝竜寺については、納得がされやすいのだろう。だが、僕は違う。
学校内の噂では、僕が飛鳥先輩をレイプした為、精神崩壊したのだ、となっていた。
僕はその時、ただの一生徒でしかない。しかも、補習を受けるような生徒だ。事情を知っている生徒、例えば、鏡石のような、であれば僕が何故補習を受けていたのかとか、僕の人となりを理解し、そのような根も葉もない噂を一蹴してくれるが、そうでもない生徒が多数を占めた。
補習を受けるような不良学生が、善良な飛鳥先輩をレイプした。
そう、思われていると知れば、学校内での僕を遠巻きに見る生徒の気持ちもわかる。
そのような噂を否定してしまえばいいと思われるかもしれないが、
逆に、学内での動きがしやすいとも思える。
文学研究会において、これから行う活動は、文学とはとてもかかわりのない活動であり、人目を避けたいところでもあった。
これからの活動方針について、勝竜寺と話し合う必要がある。流石に、僕がレイプ魔として注目を集めるのは、もう短い間だけでよかった。これから先の対応を、検討しなければならない。少なくとも、勝竜寺から、説明をしてもらうというのは効果があるのではないだろうか。
そう、考えながら、部活棟へと向かっていた時の事だった。
「おやおやぁ、萱島さんじゃありませんか」
一人の女子学生が声をかけてきた。
振り返ると、首からカメラをさげた女子生徒だった。カメラを下げている所から、推察すると写真部というところか。写真部というのは聞いたことがある。石鏡曰く、本棟にある第一線部活と言われる由緒ある部活のはずだ。
第一線部活動というのは、まさしく学校の為に第一線で活動する部活動である。例えば、野球部は甲子園優勝を目指しているし、他のスポーツ部活ももちろん、全国大会インターハイを目指している。文化系部活動もそうだ。何かしらの賞への入賞を目標としている。それらで名を出せば、学園としての利益につながるからだ。そうして、利益につながる部活動への部費と自由は増える。だからこそ、学園の本館、本棟に部室が置かれていたりする。
それに対して、第二線部活動というのは、その利益につながらない活動をしている部活動だ。言ってしまえば、第一線で活躍できない活動をしている部活動。学園の知名度向上につながらない、行政からの寄付金にもつながらない部活動というのがそれに属する。そして、それらがあるのが別棟である。
と、鏡石の言葉を借りるとそういう説明になってしまう。
そして写真部は、都道府県知事賞を受賞するほどの活躍をしている部活動である。
何用で、部室棟に来ているのかわからない。
「あぁ、名乗り遅れました。私、写真部の水間といいます」
「これはどうもご丁寧に」
「いやはや、すみませんね。実を言うと、少し伺いたいことが」
「なんです」
「単刀直入に行きますね。二年生の飛鳥キララさんの事ですよ」
突然聞き覚えのある名前が飛び出て、僕は驚いた。
が、それが露骨だったのだろう、水間はにやりと笑みを見せる。
「ご存知、ですよね。その反応はまさしく」
「そうですね。ところで、写真部がどうしてこんなところに?」
否定するタイミングがなかったので、僕はわざと肯定した。そして、矢継ぎ早にと質問をする。
話の主導権をこちらに握っておきたかったのである。
「あぁ、私ですか。実はですね。あなたに直接お話がしたくて来たんです」
「へぇ」
「噂の真意を確かめたくてね。本当にレイプ魔かどうか。そして、この写真の真偽をね」
そう言って、水間が取り出した写真に僕は目を奪われた。
そこには、田んぼを見る僕と飛鳥先輩、そして、その先のくねくねと揺らめく白い影があった。
「これ、一体、何なんですかね。というか、皆さん、何をしているんですかね」
「答えにくいものを」
と、言葉が口をついて出る。
それは何よりも返答を意味していたのだろう。水間は笑みを見せた。
「教えて下されれば、あなたに悪いようにしませんよ」
「メリットがない気がするんだけども」
「そうですか? 失礼」
水間は一言、断りを入れ、カメラを構えるとファインダーをのぞき込んだ。
「ハンサムですね」
「どうもありがとう」
「いいえ。お兄さんが」
水間の言葉に、ピクリと頬の皮膚が引きつった。
なるほど、僕についてはある程度、調べ尽くしているという訳だ。
そうなると、何も知らない、と白を切ったところでどれだけの効果があるのだろうか。相手が、水間がどこまで知っているか、それがわからない間は、なんとも対応ができない。となると、その写真が、くねくねを探しに出たという事すら、水間は知っているのかもしれない。
だとすれば、水間は僕に何の用があってきたのか。
くねくねを探したという事実を確認したいだけなのだろうか。
ならば、肯定できる。
「あぁ、君の想像通りだよ。くねくねを探しに行っていたんだ」
「そうなんですね。よかった。この写真の意味がよく理解できましたよ」
写真を片付けながら、水間は安堵の表情を見せる。
たった、それだけの確認にしては、大層なことだ。
「それでわざわざ写真の確認のためだけに、来たんですか?」
「いいえ、まさか。ただ、この写真に強く、興味を持っている部活動があるのよ」
「またか。どこですか。部活が多すぎて困ります」
「うちだよ」
その言葉と共に、これまた、男子生徒の声が聞こえる。
声のした方向、別棟の入り口を見れば、眼鏡をかけた痩せた男子生徒が僕を見ている。
敵意の色が見えた。
「オカルト研究部、部長、滑川だ。文学研究会、お前たちに話がある」
「楽しくなってきそうですね。ハンサム弟」
水間が笑う。
もしかして、僕の周りにはこんな女しかいないのか?
そう、絶望をし始めた。