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君に夢中

 勝竜寺に言われてから、飛鳥先輩とともに二人で田んぼを見張った。

 最初のころは、マイナスの、悪い方向ばかりに考えていたが時間が経つにつれて、前向きに考えるようになっていた。

 考えてみれば悪くない状況である。性格に問題はあれども女性の勝竜寺と、あまり性格は知らないにしてもスタイル抜群の飛鳥先輩。その二人といれるのだから、悪くない。言ってしまえば、両手に花という所だ。

 無理矢理にでもそう思い込むしかない。

 そう思い込めば、悪くない。

 事実として、飛鳥先輩は良い人だった。どうして勝竜寺と親しげにできるのかと思ったが、それは、飛鳥先輩が誰にでも親切だからだ。


「へぇ、萱島くんって出身がこの辺りじゃないんだ」

「そうなんですよ。進学校なんで必死こいて勉強して合格したんですよ」

「努力家なんだねぇ、すごい」


 いつしか自分の身の上話もしてしまっていた。

 聞き上手というか、話し上手なんだと思う。

 だから、二人して並んでビニールシートの上に座り、田んぼを見張るのは苦痛ではなかった。

 唯一の苦痛としては変化の無さだろうか。

 春の風が強く吹いては、田んぼに波を立てる。綺麗に植えられた稲が、風になびくのが見える。

 本当に、それくらいしか楽しむことがない。

 しかし、五月になって田んぼを植えるとは思っていなかった。僕の住んでいた地域では、稲を植えるのは、もう少し後、六月から七月という少し熱い時期だったからだ。それに対して、飛鳥先輩は、もう少し遅いという、稲を一つ植えるのに対しても地域差があると思うと、興味深い。


「飛鳥先輩は、このあたりの生まれ何ですか?」

「ううん。違うよ。生まれたのは関東」

「そうなんですか」

「うん。一人っ子だったから、親はこういう全寮制に入れたくはなかったんだけどもね。でも、私、家が嫌いだから」


 寂しそうに言う飛鳥先輩の横顔を見た。

 似ていると感じた。


「僕も、その、家が嫌いなんですよ。正確に言うと、双子の兄が」

「双子なんだ。なんか、親に比較とかされたりするの」

「そうなんですよ」

「大変ねぇ。私、弟が欲しかったけど、そう考えると考えものね」


 神妙な顔を飛鳥先輩が浮かべ、沈黙した。

 どこか気まずくなってしまい、言葉を話さなければならないと、話題を探す。

 

「それにしてもどこまでテント張りに行ったんですかねぇ」


 勝竜寺がテントを張りに行ってから時間が経ち、日が傾いてきた。

 少し肌寒くなってきて、僕はぶるりと体を震わせる。

 それを見かねた、飛鳥先輩は自らが来ていたカーディガンを脱いで、僕に手渡してきた。


「これ、使って、大丈夫。私は寒くないから」

「そんな借りれませんよ」

「いいから。こういう時には、年長者を頼って。ね?」


 少し無理やりに、僕は手渡されたカーディガンを羽織った。

 優しいいい香りがした。飛鳥先輩の香りだ。

 カッターシャツ一枚になった飛鳥先輩が、体を僕へと寄せる。少し暖かい。


「一人っ子だったから、弟が出来たみたいでうれしいわ。それで、何を見てるの」

「くねくね、ですよ」


 僕はつい気まずくなり、目線を下におろす。

 ビニールシートの上を歩く、蟻が目についた。せこせこと働く蟻だ。

 そのまま、目線をビニールシートの上を歩く蟻を見ながら言葉を続ける。

 今になって思っても、勝竜寺に揶揄われたのは屈辱的だった。


「この双眼鏡で見えるの? あの二つくねくねしてるやつ?」

「そうですよ」


 ブルーシートの上に落ちていた双眼鏡を、飛鳥先輩が手に取ったのが見えた。

 きっと、そのまま、双眼鏡を覗き込み、あのバルーン人形、チューブ人形を見たのだろう。

 勝竜寺もそうやって揶揄って楽しかったのだろう。

 確認したくなって、目線だけが蟻を追うままに問いかける。


「どうです? 見えましたか?」


 何も返事は返ってこない。

 いや、待てよ。

 今、飛鳥先輩は何といった? 二つ?

 目線を上に、田んぼへと向ける。


 夕暮れの田んぼが見えた。

 その田んぼのちょうど、稲の植えられた列の中ほどに、いる。

 くねくね、と体をくねらせて踊る何かが。

 今、さっきまでは、僕が双眼鏡で覗き込んだ時にはいなかったはずだ。そして、案山子のはずがない。あの案山子は畦道にあった一体だけだ。もう一体というのは、さすがに、なかったし、もしあれば同じように気づくはずだ。田んぼを、今さっきまで一緒に見張っていたので、誰かが置いたのも見えなかった。


「おい」


 混乱する頭のまま、声をかけられ、振り向けば、勝竜寺がいた。

 手には三人分のお茶のペットボトルが入ったコンビニのレジ袋がある。


「何が見える」


 勝竜寺が聞いた。

 誰に? 僕に?

 違う。

 ゆっくりと、隣に座っている飛鳥先輩を見た。

 夕暮れの中でもわかるくらい、真っ青な顔をして、汗をだらだらと、この短時間でもシャツが濡れ、ブラジャーが見えるほどに流した飛鳥先輩が、ぽとりと双眼鏡を落とした。


「わカらナいホうガいイ」


 すでに、飛鳥先輩の声ではなかった。

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