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Smile

 翌日、放課後、僕は学園の正門前に来ていた。

 約束の放課後に、文学研究会のある別棟に来るように約束をしていたが、それから逃れるため、僕はしれっと学園の正門へとやってきていた。このまま、寮まで帰ってしまえば、もう、追ってくることはない。男子寮と女子寮は分けられている上に、女子生徒は男子寮に入れないのだから、部屋まで入ってくることはないだろう。

 そうだ。

 文学研究会なんて怪しい部活に入るよりも、きちんと、恥をさらしてでも運動部に入ろう。

 その方が、素晴らしい学生生活を送ることが出来るじゃあないか。


「やぁ、萱島一年生。気持ちのいい金曜日の放課後じゃないか」


 そういう希望を持っていたのであるが、学園の正門に着いたとき、笑顔の勝竜寺虎子を見え、希望が潰えた。

 しかも彼女の服装はジーパンに男物のアロハシャツ姿だ。まさしく、ラフな服装である。サングラスを額にずらして、にこりと元気そうな笑顔を浮かべている。いったい、制服はどうしたのかと聞きたくなるが、聞いてしまうと藪蛇になってしまいそうであるので、聞けない。

 他の生徒が遠巻きに、勝竜寺を避けるように正門の隅から出ていくのを見ると、それは正解だと思う。

 出来ることなら、僕もそうしたいところなのだけれども生憎と、名前をこう呼ばれていると無視もできない。

 また、約束を下手にしてしまっているので、避けるにも避けられない。

 あとで、何をされるかわかったものではない。


「なんですか、先輩」

「いやいや、昨日約束した通りだ。これから文学研究会の活動があるからね。迎えに来たんだよ、新人を。萱島一年生!」

「大きい声で言わなくでくださいよ! 別に、僕文学研究会に入るとは言ってないじゃないですか」

「はっはっは、気にするな。それでは、行こうじゃないか」

「行くって、どこにですか?」


 勝竜寺は僕の問いに答えずに、手を取ると、一歩、また一歩と歩き始めた。

 それに引きずられる形で、僕もまた歩みを進めるしかない。

 そして、案内された先には、小さなボロ小屋があった。もともとは山小屋だったのかもしれない。木こりが休む小屋なのか、あるいは、木こりの道具を片しておくための小屋なのかわからないが。とかく、重要なのは、そのボロ小屋に案内されたことだった。

 扉には南京錠がかけられており、とてもじゃないが、中を伺い知ることはできそうにない。

 

「さて、萱島一年生、これから私たちは山を下ります」

「えぇ、これからですか? もう午後四時前ですよ?」


 ちらりと腕時計を見る。

 ここから山を下りて登っての往復で二時間。とてもではないが、寮の門限には間に合う気がしない。


「とてもじゃないけども、門限には」

「門限? そんなの気にするの? さすが一年生、若いねぇ」

「あんた一個上でしょうが」

「ま、門限には間に合うかどうか、そこは願っていてもらっていいかな」


 勝竜寺はそう言うと、ボロ小屋の扉を蹴り破った。

 すると、そこには一台のスクーターが置いてあった。ピンクの可愛らしいナンバープレートだ。

 スクーターの左右のミラーには、安全第一と記されたヘルメットが二つある。


「さて、それでは山を下ります。ヘルメットを着用してください」

「というか、え、二人乗り? 免許とってから何年ですか?」

「細かいなぁ。ほら、とっとと乗った乗った」


 ハンドルを握る勝竜寺の圧に押されるままに、僕はスクーターの後ろの席に座る。

 ビビビッーとスクーターが排気音を鳴らしながら走り出す。山道を下っていき、何度もある峠道を曲がって降りる。

 そうすると、案外早く、麓まで下りることが出来た。麓に降りてしばらく、スクーターを走らせていたが、田んぼの見える風景が見えてくると、少しスクーターの速度を落とした。

 それから、完全にスクーターを止めたのは、田んぼの中にある一軒家の前に着いたときだった。


「でっけぇ家」


 スクーターを降りた僕の口から出たのはそんな言葉だった。

 実際、僕の目の前にあるその一軒家は、お屋敷という表現が正しい気がする。田舎の豪農というのだろうか、教科書で聞いたことがあるような、あるいは、昔のドラマとかでありそうな大地主の住む屋敷という感じである。きっと住んでいるのは令嬢なのだろう。

 が、そういう期待が打ち砕かれたのは、屋敷から出てきた初老の老婆から、現状、若い娘というのはいない旨を伝えられてしまうまでしかもたなかった。その間、およそ、三分である。少しお高いカップ麺のほうが、まだ、持つだろう。

 屋敷に入り、座敷に通される。座敷には五人の老人が座っており、じろりと睨まれる。


「いやぁ、どうもどうも今回はご協力をいただきまして」


 勝竜寺はヘラヘラと社交辞令的な笑みを見せて、頭を下げた。

 僕もそれに従い、頭を下げる。


「若いねぇ」

「本当に若い。噂では二十代とか」

「しかし、噂の通りならば本物だろう」

「ならば」


 老人たちは互いに聞こえる程度にこそこそと小声で話す。しかし、年老いて耳が遠くなったのか、結局、大きな声になってしまっており、僕にも話している内容が聞こえてしまうのであった。

 しばらくの間、老人たちは何か話し合いをしていた様子であるが、何か話しに決着がついたのか、互いに首を縦に振ると、勝竜寺と僕の方へと目をやった。


「では、勝竜寺さん。その、先にお話しさせていただいたとおりに」

「えぇ、大丈夫です。あとは私にお任せください」


 にこりと勝竜寺は笑うと、老人たちは座敷を後にした。

 僕は一体何が起きているのか、理解が出来ずに、目線を左右へと移すばかりである。

 老人たちが座敷から消えた後、僕はついに勝竜寺に一体、どういう事態に自分が巻き込まれているか聞いた。

 このまま、何も知らない間に事が進むのは避けたい。

 逃げるにしても、流されるにしても選択肢が欲しい。

 老婆が湯呑を二つ、持ってきてくれ、それを受け取ると、勝竜寺は僕の目を見た。


「萱島一年生、文学において大切なのはなんだと思う」

「質問に答えてくださいよ。そんなのわかんないですって」

「文学において大切なのはね。作者の経験だよ」


 勝竜寺は湯呑を掌で包みながら言う。


「走れメロスという作品があるだろう。あれは作者が友人を借金取りに差し出した経験がもとになっているのは有名な話だ。作者が経験したことが、作品という媒体を通して昇華される。意味は分かるな」

「だから、なんだっていうんですか」

「わからないかい? 実体験こそが、作者の体験こそが素晴らしい作品を生むんだ」


 勝竜寺は僕の顔を見た。

 爛々と輝く獣の瞳が、僕を見つめる。


「私は、誰も体験したことのない事柄を体験したい。そして、それを作品に落とし込みたい」

「わ、わかりました。それで、これからどうするんですか」


 気圧されてしまうほどに、真に迫る

 勝竜寺も冷静さを欠いていたのに気付いたのか、咳ばらいを一つして、湯呑に口をつけた。


「すまない。少し熱くなった」

「いいえ、その、これからどうするんですか」

「うん。萱島一年生、君はインタネットをどれくらいしているかね?」

「インターネットですか? えっと、YouTubeで動画見たり、ネット小説読んだり、まとめサイト見たり」

「なら、くねくね、というのを知っているだろう?」


 くねくね。

 聞いたことがある。

 見れば気が触れるという妖怪、怪談のたぐいだ。

 インターネットをしていて知らない物がいない創作話。


「これから、そのくねくねを見てみないか?」


 勝竜寺虎子は歯が見えるくらいに、口を歪め、笑った。

思ったよりかけちゃった

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