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I’M ALIVE

 文学研究会は、学園の片隅にあった。

 ここで、久田里学園の構造について簡単に説明しておこう。

 久田里学園は中高一貫の学園であり、中等部棟と、高等部棟で別れている。世に言う中学生だけの専門棟と、高校生だけの専門棟があるようなものだ。そして、その中央に本棟という棟があり、言ってしまえば、学園の中枢部である。職員室があり、図書室があり、各種の特別授業に使う教室がある。美術部などの部活動は、美術室を使うためこの本棟にある。また、文芸部も同じく、図書室の隣が部室だ。

 そう、この学園には文芸部がある。

 文学研究会と、文芸部という二種類の組織があるのだ。

 主だった主力部活動としては、文芸部が担っており、その証拠として本棟に部室がある。


 それに対して、文学研究会はどうか。

 本棟とも、高等部棟、中等部棟とも違う。別棟に文学研究会はあった。

 別棟というのは、ちょうど、本当の北側にある小さな二階建ての建屋である。その中に、ひしめくように各種様々な部活動もどきが収められているのだ。本棟が特別大きい建造物なこともあり、その陰にある別棟は、日陰者の存在、石の裏のような存在でもあった。

 そして、いつしか、日の当たる本棟への出世を目的としている部活動が多い。


「文学研究会には手を出すな」


 寮で同室の鏡石雅司は僕が文学研究会に誘われたと知ると、椅子から転がり落ち、そう言葉を発した。


「どうして、また」

「いいか? 別棟にいる部活動というのは、部活動にもなり切れていないギリギリの存在だ」

「そうらしいね」

「しかし、いいかい? この学園が出来て、そう短い間じゃないんだぜ? なのに、まだ別棟にある」

「そうだね。なかなか本棟の部活にはなれないんだね」

「馬鹿。そうじゃない。なれないのは、その活動内容がやばいからだ。特に、文芸部があるのに、文学研究会なんてのがあるのかおかしくないか?」

「そう言われると」


 そういう気もする。

 しかし、梅岡という教師が顧問でついている部活動だ。そう変な部活でもないだろう。


「あと、先輩から聞いたことがあるんだ」

「何を?」

「文学研究会には近寄るな、っていう噂だ。やべーやつがいるんだって」


 鏡石はそう言うと、ベッドの上に腰掛ける。

 なんとも評価のしにくい話であると思った。

 別に、鏡石を信用していないわけでもないのであるが、かといって、全面的にその話を鵜呑みにするのも悪い気がする。特に、その話の出所が、噂の元が分からない限りにおいては、真偽を見定めることもできない。

 不安にさせられる話を聞いていると、一人で文学研究会の部室を訪れるのが怖くなった。


「鏡石は、なんか部活とか入らないの?」

「この鏡石雅司、生来、一人が好きでな」

「あぁ、そう」


 まるで心の中が読まれているかのように、あっさりと断られた。

 そうなると、僕は一人で行かざるを得ないのである。


 翌日の放課後、僕は別棟の二階にいた。薄暗い廊下の中、ガヤガヤと色々な部活動の喧騒が聞こえる。やけに壁が薄いのだろう。

 それなのに、文学研究会の中からはボソボソ、と声が聞こえるのみである。

 誰かがいるのは確かだが、何をしているかはわからない。

 ボロボロの木造の扉に耳を添えるが聞こえない。

 誰もいなければ、そのまま、帰っても良かったのに、誰かがいるからには、黙って帰るのはバツが悪い。


 深く息を吸って、扉をノックした。

 ボロボロと木片が手に着いたのを払いながら少し待つ。

 ぎぃっと蝶番が悲鳴を上げ、扉がゆっくりと開いた。


 中から顔をのぞかせたのは、眼鏡をかけた女生徒だった。

 不安そうな目が、レンズの奥にあったが、僕の姿を認めると、ほっと一息を漏らした。

 萌え袖と呼ばれる、だらりと伸びた袖のカーディガンを羽織っている。


「良かった。良かった。これで、あとはよろしく頼んでいい?」

「え?」

「あなた、一年生よね? 良かった。じゃあね。私、ちょっと用事が出来たから」


 早口にそう女生徒はまくし立てると、鞄を手にぱっと駆け出して行ってしまった。

 一体、何事でどういう事情かというのか聞く暇も与えないという様子である。


「入れよ」


 ぽつねんと部屋の前で立ち尽くしていると、中から女性の声で呼びかけられた。

 一瞬の躊躇の後、僕は部室の中に入へと、足を踏み入れる。

 部屋の中は、簡単なものだった。長机が一つと、そして、椅子がいくつか。あとは戸棚と、冷蔵庫、最低限の生活が出来そうな家具がそろっている。

 そのいくつかの椅子のうちの一つ、最も良さそうな椅子に一人、女生徒が座っていた。


 肩で切り揃えられた髪と、切れ長の目はナイフのように鋭いが、同じく刀のように惹きこまれる魅力がある。

 一言で言えば、美人。ルッキズムに配慮すれば、何も言えない。

 女生徒は机の上に置かれたノートを、指先で叩きながら僕をじいっと見た。


「あの僕は、萱島と言います。その梅岡先生に言われて」

「あー、聞いてるよ。とりあえず、入ってくれ。扉を閉めてもらわないとな」


 そう言われ、僕は部屋に入る。


「それで、萱島くん。うちの研究会に入りたいんだってね」

「いや、そんなことは一言も」

「梅岡からは、これを渡すように、と言われている」


 そう、言って、女学生が机の上に置いたのは、一枚のぺら紙である。

 手に取ってみれば、それには、入部届と書かれている。


「いや、うれしいよ。私一人の研究会でね。そろそろ、人手が欲しい所だったんだ」

「人の話聞いてます?」

「まぁ、無理もない。今は君は、体験入部のようなものだからな。何回か来て、入会するかどうかを考えてくれればいいさ」


 部屋の片隅にある冷蔵庫を、女学生は開け、中からコーラを取り出し、僕の前に置いた。

 物で釣るつもりか、と内心、不安に思うが、結局、コーラの誘惑には勝てなかった。

 かしゅっとプルタブを開けると、喉に流し込む。

 久々のコーラだ。というのも、この学園では、自動販売機が少ない。無理もなく、山の中にあるため、自動販売の業者がそう頻繁に補充に来ないのだ。そして、近くのコンビニと言っても、歩いて一時間はかかるのである。そうなると、自然、コーラなどといったジュース類から縁遠くなる。

 もっとも、おかげで健康的な飲料、水道水ばかり飲むことになるのだが。


「ところで、その文学研究会は、何をするんですか?」

「名前の通り、文学だ。というわけで、だ。早速、明日、取材に行く」

「取材?」

「そうだ。文学というのは実体験が全てだからな」


 早くも、後悔の目が僕の心に芽生え始めた。

 女学生は僕の意思とはまるで無関係に話を進めていく。

 それに対して、僕は何も抵抗が出来ないでいるのであった。

 かくして、僕が、その女学生の取材に付き添うというのが確定した。具体的には、僕の寮の部屋、そして、携帯端末の番号も知られてしまったので、もう逃げる手段となると、退学か中退しかなくなってしまったのだった。


「良かった。協力者が一人増えると気分がいい」

「そすか」


 屈辱だ。

 何が屈辱というのか考える。女にいいようにされるのが屈辱なのではない。自分の意志が介入することなく、物事が決まっていくのが、屈辱なのである。もちろん、受け身で過ごし打て行くのも悪くはないのであるが。とかく、屈辱である。


「では、明日の放課後、来なさいな」

「はい」


 なし崩しに決められてしまい、それに逆らう気は起きなかった。ひとまず、用事があると言って、部屋を出れるようにしたのはせめてもの抵抗である。

 部屋を出る前、おい、と呼び止められた。


「名前、名乗ってなかったね。悪い悪い」


 女学生は、椅子からひょいと立ち上がると、僕へと足速に近づいて、右手を出した。


「勝竜寺虎子。ニ年だ。よろしく、萱島晴喜一年生」

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