ちょっと神様
ある独り者の男がいた。アパートに1人暮らし。恋人はいないし友達もいない。趣味も無い。それでも彼は休日と言っても外出さえしない。寂しくないのか?いや、漠然とした寂しさはいつも感じている。だが、どうもそれには慣れてしまっていた。
ある休日の夕暮れだった。彼はベランダに出て夕日を見ていた。
「今日も一日、終わったな」一人で呟いた。すると後ろで何か気配がした。振り向くと部屋の中に誰かがいる。テレビの前に置いたテーブルのところにこちらに背を向けて座っている。彼はビックリしながら慌てて部屋に入り、
「だ、誰だ!」
と、蚊の鳴くような声で言った。すると座っていた男が彼のほうを向いて、
「こんにちは。いや、そろそろ「こんばんは」かな。わたしは神様ですよ」
齢は30代半ばで彼と同じくらい。髪は少し長め。「真っ白な布」としか言いようのない服を着て、いかにも人がよさげに笑って彼に返事をした。
いつの間にか部屋に現れ、見ず知らずで、自分のことを「神様です」などというヤツがまともとはとても思えない。彼は「なにかされる」恐怖で、声が震えてしまった。
「ば、ばかなこというな。人の部屋にいきなり入ってきて、何してるんだ!」
「だから、神様なんだよ。今、キミは夕日を見ながら僕に願ったね?だから来てみたんだ」
「ええ?たしかに……願ったけど」
彼は急に恥ずかしくなった。口に出して何か願ったわけでも無いのに、相手がそれを知っているということは、本物の神様なのか。そう思った。
彼は部屋に入り、テーブルを挟んで「神様」の前に座った。
「キミのさっきの「願い」なんだけど。なんだか漠然としていて、ごにょごにょとハッキリしなくて、よくわからなかったんだよ。だから、きちんと聞いてみようかと思って」
「そうなんですか……よく聞こえなかったのなら、それでいいですよ」
「あれ。そうなのかい?せっかく願ったのに」
「じゃあ。願いを聞いてくれるってことですか?」
すると神様は苦笑しながら頭を掻いて、
「ううん。そういうわけでもないんだけどね。一応聞いておきたいなと思って」
「願いを叶えてくれないのに、中身だけは聞いておきたいっていうことですか。そんなのおかしくありませんか?」
「キミの言うことも、わからないでは無いけれど、人の願いを全て叶えていたら、大変なことになってしまうからね。そこら辺もわかって欲しいな。大体願いを叶えるのは、「その人の行い」とのバーターと言うことになってるんでね」
「バーターですか……。僕はそんなにいい人間じゃ無いし、無理ですね」
少し威勢よくしゃべって神様をあおるように話していた彼は、しゅんとしてしまった。
「キミは悪い人間では無いというのは、わたしはよくわかっている。正しく生きて、善行を積むっていうのは、並大抵じゃ無いからね。誰でも一緒だよ」
「でも、なんだかがっかりです。せっかく神様に会えても、特に何をしてもらえるわけでも無いなんて」
「ははは。でも、どうだろう。僕は一つ君の願いを聞いてあげているんだよ?わからないかい」
「え。僕がさっき願ったのは、ええと、裕福になりたいとか、美人の彼女が欲しいとか……」
彼は小さい声でうつむきそう言った。そして急に声が裏返るくらいうわずらせた。
「それが一つ叶ったっていうことですか?」
彼のその問いかけには神様はまた苦笑いを浮かべた。
「そういう、欲にまみれた願いは、ちょっと無理だねえ」
「なんだ、じゃあ、どの願いが叶ったと言うんです?」
「キミ。さっきベランダで「寂しい」って思っただろう?だからこうして話し相手に来てあげたんだよ。キミ、会社以外で人とこんなに話すのは数年ぶりじゃないか」
彼は思わず「あ~」っという顔をして、
「たしかに……何年かぶりです。だけど……」
「今のキミに叶えてあげられる、最も純粋な「こころの叫び」である「寂しさ」を少しだが癒してあげたのだ。これで勘弁しておくれ」
神様は彼に笑いかけた。
「じゃあ、わたしは行くよ。機会があったら、また来るよ。……そうだ今日、海岸を散歩していたときにこれを拾ったんだ。なかなかキレイだろう?記念と言ってはなんだが、これ、キミにあげるよ」
神様はテーブルの上に小さい貝殻を置いた。それは美しい神秘的な模様の貝殻だった。
「わたしは、いつでもキミのそばに居るよ。じゃあ~」
そう言って神様は消えた。と、そこで彼の記憶も途絶えた。
彼は窓の外の明るさで目を覚ました。いつの間にか眠って、朝を迎えたのだった。そのようにした記憶はまるで無かったがパジャマに着替えてベッドできちんと寝ていた。
彼は思った。
「アレは夢だったのか。神様に会って話をするなんて、あるわけないよな……」
彼は勢いを付けて起き上がって頭を振った。テーブルの上を見ると、貝殻がそこにあるじゃないか。
「これがあると言うことは、神様に会ったのはやっぱり本当だったのか!」
彼は喜んだ。神様がすごい願いを叶えてくれたわけでは無かったが、神様がここに来たという確信を持てる証拠があったからだ。
彼は、その小さな貝殻を手に取って眺めた。ワクワクした。そして「なにかいいことがあるかもしれない」と後日、小さな皮の小袋を用意してその中に貝殻を入れ、いつも大事に持ち歩くようになった。そして、それ以来、「いいこと」を求めて休日には出かけるようになり、友達も出来た。何事にも積極的に成れた。
「オッホッホッホ~。まんまとうまくいったよ」
彼が喜ぶ姿を見て、部屋の外に浮かぶドス黒い影が高笑いをした。
悪魔はいつも、人のこころの隙を突いて忍び込み、悪さをする。彼が大切に肌身離さず持ち歩くようになった貝殻。一体どんな効果を持っているのか。
でも、人生に張りが出たのだから、少しくらい悪いことが起きてもバーターでいいカイ?
タイトル「ちょっと神様」