【第一回】おはようイドラ
バーチャル美少女。この世界に生きる人間なら誰だって知っている言葉だろう。
英語ならVirtual-Bisyouzyo。
世界中に広まったこの概念は多数の参入者を生み出し、そしてバーチャル美少女界で有名になることで得られる富や名声、力を求めた多くの参入者達が血で血を洗う凄まじい配信競争の末散っていく。
これはそんな大バーチャル美少女時代が始まった頃の話。
「よっし、配信始めよ」
私はVRゲームのタイトル画面で大手配信ソフトを開き、ゲーム画面の録画を始める。そしていつも通りのテンプレートを読み込み、『準備中』と書かれた画面を前面に表示させれば準備完了だ。私は配信を始める。
【準備中……】
【準備完了!】
「おはようございますお兄ちゃん。哲学系バーチャル美少女、イドラです」
時刻は日曜日の午前6時。
配信を行うバーチャル美少女としては異質な時間帯だ。なのであまり競争相手はいない。
まあ、それは日本内ではの話だけども。
『ふぁむ』
『おふぁむ』
ぽつぽつと、始まった私の配信にコメントが付けられる。配信に同時に接続しているリスナーの数は大体100人程だろうか。
普段の私の配信に来るリスナーの数は200人程。まあ日曜午前6時の配信だしね、いつもより同時接続人数が落ち込むのも仕方ない。
「それでは、今回はこの『Nexus World』……略してNWをプレイしたいと思います!よろしくお願いしますね~」
私が選んだのは先述した通り、現在世界的に大人気なVRMMO、『Nexus World』だ。略称はNW。
実際世界で大人気なのかどうかは全く知らないけれど、まあ人気って謳ってるんだから人気なんだろう。
それに、私も実際このゲームのクローズドベータテストに応募するほどのファンだ。
結局当たらなかったけど。ちなみに私をサポートしてくれる友人Cは当てたらしい。許せない。
という訳で私は早速NWを始める。
まず最初に行うべきらしいものはキャラクリらしい。というかそれ以外にできることもないので私はキャラクリを行うことにする。
発売から3日ほど経っていることもあり、コメントから様々なキャラクリのおすすめビルドが紹介されるが、私は我が道を往きたいプレイヤーだ。それらはガン無視して新しいキャラクターを作ることにした。
それに、そっちの方が色々と美味しいしね。無知は配信者にとって宝だ。
*
「こんなものかな、どうです?」
私はキャラクリ中のクッソ話題に困る時間を持ち前のトークスキルでなんとかしつつ、どうにか場を持たせながらキャラを作ることに成功した。
ちなみに、キャラクリはなんともゲームをするのが楽しみになるキャラクリだった。ゲームへの期待値がより高くなる。
『かわいい』
『凄くねぇ』
『いいと思う』
そんなリスナーからの小学生並みの感想を頂きつつ、私はゲームの世界に飛び込んだ。視界が真っ白に染まる。NWの配信をしたのは当然新作ゲームの配信で人気になりたいというのもあったが、正直単純にこのゲームが楽しみだったというのもある。その感動を皆で味わいたいのだ。
そして白い画面がフェードアウトすると――。
「人居ないんだけど!」
『草』
『どうした』
『放送事故かな?』
私はNWを始めて早速大きな問題にぶち当たった。過疎だ。
NWでは、基本的にゲームを始めたプレイヤーは『始まりの街』と呼ばれる街に飛ばされる。
どう考えても人で溢れかえってゲームとして成り立たないだろこれみたいなやり方ではあるのだが、混雑することはあってもゲームとして成り立たなくなることはないそうだ。
だが、ここには誰一人としてプレイヤーがいない。このゲームは私がなんとかお金を工面して買ったバリバリの新作ゲームだというのに……。これでは配信の面目が丸つぶれだ。そもそもオンラインゲームは人と協力してなんぼのゲームである。人がいないオンラインゲームなんてクソゲー以外の何者でもない。
少し雑談で場を持たせながら街を探索してみたが、何故だかNPC以外にプレイヤーの姿はない。何故だ?
流石にちょっとまずいので、私は一旦情報収集に励むことにする。
私は私をいつもサポートしてくれる友人C(仮名)にボイスチャットでヘルプを要請した。
『このVRMMO人全然いないんだけど、何かあった?』
『えっ?私がロケハンした時は普通にいたけど……』
『そうなの?じゃあなんでなんだろ……』
間。
『…………あっ。このゲーム、国別にサーバーが分かれてる』
『それがどうし――まさか』
私は友人Cからの情報で、ある一つの可能性に思い当たった。
このゲームはVRゲームがアクセスした位置に応じてサーバーを割り当てているらしいが。
……私、Tor使ってるわ。
Torとは何か。それは世界のどこかにあるコンピューターにアクセスして、そこから次のまた別のコンピューターにアクセスして……とアクセスのリレーを繰り返すことで通信の匿名性を高める手段だ。
そして、その通信は最終的にはどこかのコンピューターから出てくる。問題はそのコンピューターが世界のどこにあるかが分からない点にある。
つまり……もし最後に通信が出てくるコンピューターのある国が、このVR機器が全く普及していない国だとしたら。
『……まずいね』
じゃあTor使うのをやめろよ、という話なのだがそうはいかない。
言論統制、情報規制が進んだ日本ではバーチャル美少女として配信をしている、ということがバレただけでもうマズいのだ。
勿論今のところマイナーなバーチャル美少女のためにバレる危険性はないのだが、Torを外しても結局のところは変わらない。だって日本のコンピューターからじゃなくて海外のどっかのコンピューターからネットに接続してるし。
私は配信に戻る。
「えー、重大発表があります。今日からこのゲームは『Nexus World Offline』になります」
そのことについて訊ねるコメントが幾つか付くが、それを気にせず私は続ける。
「Tor使った結果多分どっかのこのゲームが過疎ってる国が通信の出口になりました」
『草』
『草ァ』
『句さ』
「笑うなお兄ちゃん共」
コメント欄が『草』とか『www』とか書かれたコメントで埋め尽くされる。
「ま、まあ。気を取り直して……最初のチュートリアルクエストを始めてみましょうか」
私はゲーム開始地点のすぐそばにいた神官っぽい人に話しかける。
「すいません、チュートリアルクエストを受けたいんですけど」
*
チュートリアルクエストは特に何事もなく終わった。最後以外は。
「最後のクエストは実際にダンジョンに入ってもらう。だが、ダンジョンに入る為にはパーティを結成しなくてはいけない。早速君の隣人に話しかけてみるんだ」
「は?」
思わず私は素で返事をした。
神官っぽい人がその返事にムッとする。
『詰んでて草』
『どうすんのこれ』
『企画倒れかな?』
パーティを作る、ということを一人で行うことはできない。他にプレイヤーが最低一人は必要である。
だが――悲しいことに、この世界には私以外のプレイヤーは一人もいない。
どうしろと。
「……はい!という訳で『第一回おはようイドラ』の配信でした~!ありがとうございました~」
『終わらせて草』
『何終わらせとんねん』
『逃げんなノー哲』
『草』
『ガバガバすぎる』
【この配信は終了しました】
【第一回】おはようイドラ【過疎過疎オンライン】
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イドラ
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人は皆繋がりを求める。
だが、その繋がりこそが自分の首を絞めるのだ。
首を絞める紐は繋がる程に長くなる。
絞められたくないのなら、適度な長さに留めるか――絞まらないほどに長くしてしまうことだ。