第四十三話 花火(ルティアス視点)
ブックマークや感想をありがとうございます。
今回は、ちょっとリリスちゃんが切ない感じになってるかも?
それでは、どうぞ!
リリスさんは、パレードを見終わると、精力的に色々な屋台を見て回った。射的やスライムボール釣りなんていう遊戯系の屋台にも顔を出して、射的では可愛らしいぬいぐるみを打ち落とし、スライムボール釣りでは、一番動きの速かったピンク色のスライムボールを見事釣り上げ、大きなスライムボール人形をもらっていた。
ちなみに、スライムボール釣りというのは、スライムボールという名前の動きの速い拳大の丸い半透明な魔物を巨大な桶の中に放し、それを釣竿で釣り上げる遊戯だ。釣竿に魔力を流して、いかにスライムボールの意識を惹き付けるかが重要な遊びで、リリスさんにとっては簡単な遊びだったらしい。
僕としては、見せ場が一つもなかったことが残念で仕方ないものの、リリスさんのために何かしたいこの気持ちは、後に取っておくことにする。
(リリスさんが楽しんでくれて何よりだ)
ただし、そろそろお腹がきつくなってきているので、できれば、食べ物系の屋台は遠慮したいところではあった。
「ふふっ、この国に来て良かったですわ」
「っ、そう言ってもらえると嬉しいよ。また、来ようね」
「えぇ……っ、そ、そうですわねっ、どうしてもと言うのであれば、行きますわよっ」
素直に返事をしたかと思えば、すぐにそれが恥ずかしくなったのか、照れ隠しのように素直じゃない言葉が続く。
「うんっ、どうしても、リリスさんと一緒にまた来たいんだ。だから、ね?」
「し、仕方ありませんわね。ルティアスがどうしてもと言うからですわよ?」
「うん、ありがとう。リリスさん」
顔を赤くしているリリスさんを前に、口づけをしたい衝動に駆られたものの、僕はどうにかそれを思い止まる。
(まだ、リリスさんはきっと、僕のことを異性として意識しているだけ、なんだよね)
ここで攻めたら、逃げられてしまうかもしれない。リリスさんに本気で逃げられたら、捕まえられそうにない僕は、とにかくリリスさんの気持ちが自分に向く瞬間まで堪えることを選ぶ。
「そろそろ花火が良く見える場所に行こっか」
毎年、僕はこの生誕祭で上がる花火が好きで、とあるお店の席を予約している。正直、もうお腹はあまり入らない状態ではあるものの、あのお店は軽食を出すお店だから大丈夫なはずだ。ついでに、リリスさんが好きな食べ物をリサーチしたいと思いながら、僕はリリスさんをエスコートする。
(……あれって、陛下達?)
ただ、予想外なことに、その店には、変装した魔王陛下方が居た。それも、ユーカ様を連れてだ。
(……そういえば、花火が良く見える場所を聞かれたことがあって、その時にここのことを教えたかも……)
このお店はそこそこに高い建物で、窓際の席からは花火が綺麗に見えるのだ。そのため、知っている人は大抵、ここの予約を入れている。ただ、それなりに高級店であるため、庶民は来ないが。
靴を脱いで店に入ると、僕達は横並びで窓の方を向いて椅子に腰かける。
「ルティアス、ここから花火が見られますの?」
「うん、ここの窓からだけど、かなり綺麗に見えるんだよ」
「そうですの。……ところでルティアス。今日は不審者を良く見かける日ですわね」
「……うん」
そっと声を潜めたリリスさんを前に、僕は悲しげにうなずく。
魔王陛下方の方には、こっそりと護衛はついている。しかし、そんな中でも不審者はいるもので、僕が察知する限りでは三人ほど、天井裏に潜んでいるようだった。
「大丈夫だとは思うけど……」
「そうですわね。どこかの貴族がお忍びで来ているようですし」
リリスさんには、魔王陛下方がお忍びの貴族というようにしか見えていないらしい。確かに、髪の色しか見ていない上、ユーカ様の姿も少し見ただけならば、相手が誰か気づくことはないだろう。
少し離れた場所には、僕と同じ地位を持つ、ジェド・オブリコという桃色の髪に桃色の瞳、桃色の角を持つ、人形のように顔が整った、少し目立つ魔族が居た。彼が、ユーカ様の側に居ることを確認しながら、恐らく、ユーカ様か魔王陛下方のどちらかを狙ったと思われる刺客達に黙祷を捧げる。
(ジェドが相手とは、運が悪い)
ジェドは、主に呪術を得意とする魔族で、敵を倒す際のそれは、随分とえげつない。三魔将の中で敵が最も相手にしたくないのは、恐らくジェドだろう。
しかし、そんな心中を知ることのない刺客達は、花火が上がった瞬間にその音に紛れて行動を開始する。
ユーカ様に向かって、上から何かを投げつけようとした刺客達だったが、次の瞬間、小さく苦痛に呻く声が聞こえる。
「始まりましたわね」
リリスさんが言っているのが、戦闘なのか、花火のことなのかは分からないものの、ロマンチックな雰囲気を邪魔されたことに、僕が憤らないわけもなかった。
ジェドの呪術で、動けなくなっているであろう刺客に向かって、僕はこっそりと強力な自白剤を塗った針を飛ばす。
(手応えあり、だね)
後は、影から護衛をしているジェドに全て任せてしまえば良いだろう。ジェドから視線を受けた僕は、手をヒラヒラと振って応える。
「知り合いでしたのね」
「うん、まぁね」
刺客が無力化されたことを確認したらしいリリスさんは、僕がジェドと合図を送り合っていることにも当然気づいて、話しかけてくる。
「とりあえず、ちょっとハプニングはあったけど、花火に集中しようか」
「そうですわね。ふふっ、懐かしいですわ……」
(? 花火は、魔国独自の文化だったと思うけど……?)
ただ、その疑問は口に出ることはなかった。なぜなら、リリスさんのその横顔は、どこか寂しげで、儚く消えてしまいそうな表情だったから。
(いつか、話してくれるかな?)
思えば、リリスさんはヴァイラン魔国に来るのは初めてであったはずなのに、色々なもののことを知っていた。それは本来あり得ないことで、魔族の知り合いでも居るのかと思ったりもしたが、そうでもなさそうだった。というより、それだけでは説明できないほどに、リリスさんはヴァイラン魔国のことを良く知っているように見えた。いや、正確に言えば、ヴァイラン魔国の文化に馴染みがあるような気がしたのだ。
(でも、最初から知ってたわけじゃなさそうだけどね)
リリスさんの対応は、どこかでヴァイラン魔国と似たような文化に触れていた者のそれだ。
(この店でも、さっきの喫茶店でも、靴を脱ぐことに違和感を覚えてなかったみたいだしね)
どこでそれを知ったのか、今は問いかけるつもりはない。ただ、いずれ、リリスさんから話を聞きたいとは思った。
「ふふっ、綺麗、ですわね」
だから、僕はどこか泣きそうな表情のリリスさんを、そっと抱き締めるのだった。
故郷を思い出しているであろうリリスちゃんと、なぜ懐かしいと思えるのか聞きたいルティアス。
リリスちゃんが前世のことを話すのはいつになることやら。
それでは、また!