第二十三話 旅立ち
ブックマークや感想をありがとうございます。
今回は、リリスちゃんにとって、色々と思ってもみない方向に事が進んで参ります。
それでは、どうぞ!
わたくしが、この世界に転生して後悔したことは、料理を習ってこなかったことだ。卵焼きくらいなら作れたかもしれな……いえ、スクランブルエッグなら作れたかもしれないけれど、それ以上のものを作れる腕前はなかったように思う。どの料理にどんな材料が使われているのかなんて、あまり深く気にしたことはなかったし、調理方法も、焼く、煮る、蒸す、炒める、茹でる、揚げるなんてものがあることは知っていたものの、全てを経験したことはない。せいぜい、家庭科の授業で味噌汁を作った記憶しかないし、それも朧気な記憶で、手順やなんかは忘れてしまっていた。
この世界の、レイリン王国の料理は、控え目に言っても味気ない。味付けは全て塩のみで、サラダが出されてもドレッシングなんてものは存在しない。肉にもコショウがかかることはなく、とにかく塩味のみ。しかも、甘味は砂糖をこれでもかと使った甘過ぎるものばかり。
冒険者になって、ドラグニル竜国に行った時は、ようやく塩味以外の味に出会え、美味しいと感じられる料理を食べられるようになったものの、それでもやはり、どこか物足りなかった。そこに来ての、ルティアスによる日本食だ。
「ん……ぅ? あら? わたくしは……」
昨日の夜、ルティアスにトンカツやら豚汁やらしゃぶしゃぶやらを作ってもらって、食べていたことは覚えている。何とも幸せな時間で、お酒を飲み過ぎたような気もする。
「うっ……い、痛い……」
案の定、起き上がろうとすれば頭が痛い。ものすごく痛い。ついでに、吐き気もする。令嬢として、この失態はあってはならないことだろう。
(いったい、わたくしはどれだけ飲んだのでしょうか?)
令嬢であった頃は、お酒なんてほんの一口二口嗜む程度で、冒険者として動いている頃だって、グラス一、二杯分のワインくらいしか飲んだ記憶しかない。常に気を張っていなければならない状態だったため、それは仕方のないことではあったのだけれど、そんなだから、自分の限界というのも知らなかった。
「こんなことに使うのも嫌ではありますが……《水の癒しよ》」
このままでは、起き上がることもできないと判断したわたくしは、簡単な治癒魔法で、二日酔いを治してしまう。それから起き上がれば、どうやら、わたくしは服も着替えずに眠ってしまっていたらしいということが判明する。
「まずは、お風呂ですわね」
浄化の魔法を使えば、簡単に綺麗にはなれるものの、元日本人としては、きっちりお風呂に入らなければ落ち着かない。ささっとお風呂場でお湯を張りにいくと、着替えを用意し、入浴するのだった。
「おはよう、リリスさん」
「おはようございます。ルティアス。……何をしているんですの?」
「うん、豚肉続きで申し訳ないけど、豚肉を味噌に漬け込んだものを焼いてるんだ」
「そ、そうですの……」
確かに、味噌の焼ける香ばしい匂いが漂っていて、キュウッとお腹が鳴る。素っ気ない応えを返したものの、わたくしは、その料理に視線が釘付けだった。
「リリスさんって、味噌は好きみたいだね」
「っ、わ、わたくしの好みを探ろうなど、身の程知らずですわっ」
自分でも何を言っているのか分からない反論をしつつ、わたくしは内心、頭を抱える。
(そうじゃありませんわっ! 昨日、わたくしは絶対、ルティアスに迷惑をかけたはずですっ。記憶はありませんが、酔っ払いほどたちの悪いものはありませんわっ。味噌に惹かれる前に、まず、謝らなければっ)
「ルティアスっ」
「ん? 何? リリスさん?」
黄金の瞳を優しげに細めるルティアスに対して、わたくしは覚悟を決めて……。
「っ、朝から食事作りとは、わたくしの下僕としての根性も板についてきたようですわねっ!」
(あああああっ! 違うっ! 違いますっ! わたくしのバカぁっ!)
「うんっ! リリスさんの下僕になれて、僕、幸せだよっ!」
謝るどころではない会話の流れに、わたくしは、つい先ほど治したはずの二日酔いがぶり返したように、頭が痛むのを感じる。
「では、ルティアスに命じますわっ。国で食材を調達して、ここに戻って来なさいっ。もちろん、旅費も旅の安全もわたくしが保証しますわっ」
「っ、それは、僕の料理が気に入ってくれたってこと!?」
「え、えぇ、そうですわっ。ルティアスの食事は、まあまあ口に合いましたの。ですから、今日にでも出発なさいっ」
(もう、この口を縫い付けてしまいたいですわ……)
思っている方向とは全く違う方向に進む話に、わたくしは内心ですっかりうなだれる。しかし、そんなわたくしの心中を知らないルティアスは、目を輝かせて何度もうなずく。
「分かったよっ! 往復で、最短で五日、最長で十日を越えると思うけど、それまで待っててもらえる?」
「……えっ? っ、い、いえ、そうですわね。分かりましたわ。わたくしは、ルティアスに強力な守護の魔法をかけておきますので、よっぽどこの魔の森の主と戦うなんてことでもない限りは無事でいられるはずですわ。食費は、これを持っていきなさい」
ルティアスが五日から十日以上、わたくしの側を離れるという事実に、一瞬動揺したものの、わたくしの口はすぐにペラペラとルティアスを送り出すための準備の話を進めてしまう。
「いや、お金は受け取れな「良いから、受け取るのですわっ」……はい」
ルティアスに無理矢理お金を渡したわたくしは、その後、ルティアスと一緒の朝食を取った後、ルティアスをヴァイラン魔国という国へと送り出すのだった。
魔族って、片翼に頼られたら、それを全力で叶えたい願望があったりするんですよね……。
ルティアスも、例にもれず、そんな感覚で、旅立ちを決めてしまいました。
多分、この章はどちらかといえば、レイリン王国でのあれやこれを書いていくことが多くなるかと思います。
それでは、また!




