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十四味:シックスセンス


「毒です。斎藤氏は、毒殺されました」


 一人の女子高校生の言葉は、まさに青天の霹靂と評するべきか。誰かの「なっ」という呻きが、虚空に消えてゆく。

 そのまま呆気にとられる、社会人たち。しばらく絶句していたものの、漸く再起動した悠上が、眉を曲げながらも諭すように反論する。


「まさか。今日は朝から旅行で、あいつは自販機の飲み物しか飲んでないし、飯は高速のパーキングエリアにあったフードコートで好き勝手食ってたんだ。三食全部、ね。誰も飯中にトイレに立っていた記憶もないし、毒を盛るようなタイミングはなかったよ」


 意外だったのか、蔀美(しとみ)は「え・・・?」と小さく漏らす。大方、彼らの一日のスケジュールのどこかで毒を含ませるタイミングが何回かあって、そこを聞き出してから探ればいいと考えていたのだろうか。だが、いきなり先手を打たれたようだ、と未来は判断した。


「確かに、なんで喉を抑えて彼が死んだのか、言われてみて僕も気になるけど、それだけで毒と決めつけるのは早計だと思うな」


 落ち着いた様子で悠上は続ける。最後に、「もし仮に毒だとしたら、隣の少年が怪しいと思うぜ。なにせ、死ぬ直前に斎藤と二人きりになったのは彼だったからね」と冗談めかして付け加えた。


「まさか、あなた・・・」


 蔀美(しとみ)は疑惑の視線を未来にぶつける。はぁ、と容疑者は溜息を()いて、「初対面だぞ。殺す理由がない」と億劫そうに返した。


「でしょうね。こんなにかっこいい高校生と知り合いなら、和彦さんなら食事の時にでも話してくれたと思うけど、聞いたことないもの」


 肩を竦めて未来の味方をしてくれる斎藤の妻の立ち姿からは、どこか虚しく、がらんどうの「味」。それも仕方あるまい、いきなり生涯の片割れを失くしてしまったのだから。どうにかしてやれないだろうか、否、それは自分の役目ではないだろう。

 未来は、弱々しく首を振る。


 さて。

 俯くも、周囲に対して不信の視線をばらまきながら、じっと考え込み始める蔀美(しとみ)。「斎藤は絶対に毒殺されている」と、自分の推論に対して飽くまで固執する構えのようだ。大人たちは苦笑いし、福西は頑固な少女を窘めようと口を開いた。


「ここで素人が一人でどれだけ考えても、仕方なくないか? 探偵ごっこはやめて、あとは警察なりの専門家に任せようぜ」


 悠上、女将さん、さらには未来も全面同意して、うんうん数回首肯した。「では皆さん、なるべくお部屋で待機を」という女将さんの言葉を合図に、ゾロゾロと自分の部屋、あるいは仕事場に戻る。

 「え、ちょっ、ちょっと!」と蔀美(しとみ)は制止をかけるが、社会人たちは止まらない。


 勿論未来も308号室に帰ろうとしていた。しかし、あたふたし、ムゥと頬を膨らませる蔀美(しとみ)に不覚にも可愛げを感じてしまったがために、ふと足を止めてしまう。

 パァッと、顔を綻ばせる少女。これを振り切るのには、なかなか大きな罪悪感が伴うだろう。未来はこれまで多種多様な「味」を感じてきたが、罪悪感の醸し出すそれほど嫌いなものは存在しない。あまりの気持ち悪さに、夜眠れなくなるほどだ。


「はぁ・・・。ちょっとだけだぞ?」


 ソファに座り、少女にも席を促す。彼女の推理についてテキトーに話を合わせ、議論し詰めたように思わせてやればいいだろう。その方が、このまま立ち去るより早く寝られる。

 スリッパをパタパタ、四回ほど鳴らした後にちょこんと座る蔀美(しとみ)を見遣りながら、「で、なんで毒殺だと?」と質問する。


「死に様と、断末魔を理由に挙げていたが。それだけじゃないんだろう?」


 少女にとって、いつされてもおかしくない至極当然の疑問。

 あれほど自信満々に毒殺と言い張ったのだから、さぞかし明快な答えが用意されているに違いない、と聞くが。未来の考えに反して、蔀美(しとみ)は「うっ」と詰まった排水溝のような声。


「・・・いいえ。それだけですけど」

「自分で言ってたじゃないか。推測の元となった観測事象は他にもあるって」


 指摘に対し、蔀美(しとみ)は大きく目を逸らして、「言葉の綾です」と小さく自分のミスと言い張るが。


「違うな。君は毒殺を確信(・・)している。でもそのためには、挙げられた二つの理由じゃエビデンスとして物足りない」

「・・・なんでですか」

「単純だ。呼吸器系の病気による突然死の可能性を排除出来ないからだ」


 たとえ毒殺でなくても、だ。生きていれば影からこそこそ付いて回る、チャンスさえあれば自分を侵そうと狙ってくる恐ろしい病魔(ストーカー)が、今日遂に斎藤へ牙を剥いてきたというケースだって、彼女が述べた二つの理由から想定出来るはず。

 「うっ・・・」と詰まる蔀美(しとみ)だが、誰でも分かる事であり、だからこそ福西は「探偵ごっこ」と評したに違いない。


 苦虫を噛み潰したような表情で、「毒殺だと思った理由は・・・」と語り始める。

 ゴクリ、未来は唾を飲んだ。


「・・・シックスセンス」

「?」

「私の・・・シックスセンスです!!」

「・・・はぁ?」


 口を半開きにして、つい間の抜けた音が口から飛び出る未来。

 仕方がない。医学を多少やっているとか言ってたこともあり、もっと毒殺を推定させる科学的な根拠でも提示されるかと思っていたからだ。未来は、「学がなければ私の高度な説明は分からないに違いありません、はっ」と蔀美(しとみ)に見下されていると予想しており、だからこそ彼女からより精確な理屈の部分を引き出したかったのであるが。


 返ってきた答えが、「シックスセンス」、第六感。

 要は「勘」だ。


「ふざけてるのか?」

「ふざけて、ません!! 全身が、『あれは毒殺死体だ』と、教えてくれました!」


 バカな、と呆れ果てそうになるものの、未来はこの光景にどこか既視感を覚えた。

 あれだ。「『味覚』が、俺に三平方の定理が成立していると教えてくれる」、と中学の時分に数学の授業の後で友人に語った、あれと一緒だ。

 未来にとっては、確かに真実だった。だが、彼がすべてのものに「味」を感じる特異体質であると浸透していなかったあの頃、友人は「冗談だろ」と一笑に伏したのみだった。

 友人の後方で、クールに座っていた九堂がクスリと笑っていたのを、朧げに思い出す。


 一概に、虚言として切り捨ててはならない。

 他ならぬ「味覚少年」ならば、決して。


「・・・なるほどな。シックスセンスか。一先ずそれを信じてみて、毒殺されたと仮定して話を進めていくか」


 いつもの澄ましたような顔に戻りながら、議論を次のフェーズへ進めようとしている未来に対し、蔀美(しとみ)は驚いたように目を瞠る。


「いいんですか? 自分で意固地になって言い張っておきながらなんですけど、私の主張、かなりアレですよ、怪しいですよ」


 急に自信をなくしたように、段々声が(すぼ)んでいき。気づいてたか、と未来は苦笑いを浮かべる。


「シックスセンスなんて、曖昧な言葉。舐めてるのかと怒られても、問い詰められてもおかしくない。オカルトチックだと蔑まれても、気味悪がられてもおかしくない」


 人が一人死んでいるのに、お遊び感覚で発言しているのかと取られかねないし、逆に本気で発言していたら、それはそれで気持ちが悪い。


 そしてこの子は、本気だ。


「信じて、もらえるんですか?」


 今までに、どんな経験をしてきたというのか。自分の一切合切を信じてもらえなかった、そんな目が、未来に縋り付いてくる。

 纏わり付いてくる。


 この女性のバックグラウンドが非常に気になるが、一旦脇に置いておいて。哀れな蔀美(しとみ)に「信じよう」を贈りながら、彼は優しく笑いかけた。

 少女は一筋、涙をこぼす。同時に、「お父さん」と小さく唇が動いたのが、なぜか印象深く「味覚」に残る。

 それから、キュッと口元を引き締めたと思いきや、彼女もまた未来に笑いかけ。「どうして?」と短く、問う。


「遊び半分で現場をかき回しているかも、しれないですよ?」

「それは無いな」


 と素気無く返す。嘘の「味」は、少なくとも今はしない。

 するのは、隠し事の「味」。


「何か言えないこと、あるんだろ? 自分の特質、とかでさ」


 それこそひょっとすると、俺みたいな、という言葉は飲み込む少年。

 再度、驚愕で顔を染める蔀美(しとみ)


「あの・・・」

「どうしてシックスセンスなんて不分明な説明、信じるかだったな」


 これは当たってるなとニヤリ、したり顔をしながら、「テキトーに議論を詰めてやる」から、「もうちょっと真面目にこの人に付き合ってやるか」に思考を切り替え。

 「味覚」のみを頼りにこの世の理不尽(・・・・・・・)から逃れた男は、短く、だがはっきりと、常日頃からの主張を表明した。


「感覚ってのは、マジでバカに出来ないからかな」

 まあ毒殺は作者の中で確定しているので、犯人当てクイズ。次のうち、誰でしょう?

A.悠上 宏

B.福西 信弥

C.斎藤 三子

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