第2話
真美を座らせてやると、真美はぐにゃぐにゃと地面に倒れこんだ。私はしばらく休ませれば回復するだろうと思いしばらく傍らに座って涼んでいた。しばらく体を冷やすと、私は水を買ってこようと思い立った。
「真美、水買って来るよ。お金どこ?」
真美は黙って手提げを差し出した。顔色が悪く、呼吸も苦しそうだった。
「すぐ買って来るから、待ってるんだよ」
私は道路沿いの道まで戻って、その道沿いに自販機を探したがなかなか見つからなかった。きつい日差しの中歩き回ったので、頭がくらくらし、目もチカチカして何度も道端にへたりこんだ。息が苦しくて、目の前が真っ暗になって、自分はこのままのたれ死ぬのではないかという恐怖が沸き上がった。
少し回復したら歩き、少し回復したら歩き、というのを繰り返して、道を進んでいった。車が通りすぎる音がした。顔を上げるとT字の交差点に出た。曲がり角のところに古びた自販機があった。道路の遠くを見やると、車がボディーを光らせながら遠ざかり見えなくなった。私は震える手で小銭を取り出すと、自販機のコイン投入口に小銭をねじ込み、強くボタンを押した。
自販機は何も反応を示さなかった。
もう一回押してみたが、やはり何も起こらない。
私は狂ったようにガチャガチャとボタンを押した。自販機を叩き、蹴りを入れ、もう一回小銭を入れて滅茶苦茶にボタンを押したが自販機はうんともすんとも言わなかった。
空を掴むような虚しさ、やるせなさ。自分の胸がぺちゃんこに潰れたような感覚になった。そこから次に湧き上がってきたのは、やり場のない怒りだった。
自販機をもう一度蹴りつけてやりたかったが体に力が入らず、足の指先が自販機にぶつかっただけだったので、泣けてきた。私は来た道を這々の体で戻った。
真美の元に戻り、私は真美に泣きついた。
「うっ、……ひっく、自販機、壊れてたあ…」
「そ、う」
真美は相変わらず苦しそうだった。まだ真美の調子が戻らなかったので、私はさらに不安になった。
「ねえ、真美、私たち、ここで、死んじゃうのかなあ……」
真美は反応を返さなかった。私が必死に揺すって呼び掛けてもうっすらと目を開けただけった。真美のその様子に、私は恐怖のそこに突き落とされた。ズドンと、鳩尾のところが重く冷たく感じた。
私はとうとうやけになって泣きわめき始めた。
「何でこうなっちゃうの……何でいっつもうまくいかないの…私たちだけ殴られて…学校でも…私たちだけいじめられて……ひとりぼっちだ……誰もたすけてくれないんだ……」
疲れ切った身体を、絞るようにして泣いた。頼ってばかりだった真美を失うかもしれない恐怖、そしてこんな命がかかっている状況でもいつものように愚図で、へたり込むことしかできない自分の不甲斐なさで、後から後から涙があふれてきた。すると、真美が消え入りそうな声で言った。
「そんなふうに……言わないで……」
「……何?まだそんな言い方するの?……だって、だってさあ、例えばさあ、今ここで真美が死んでしまったとして、誰がそれを哀しんでくれるっていうのさ!?……私も真美も、その辺に転がったみたいになって……どうせ……」
そこまで言って、私はまただらだらと涙を流していた。
しばらくして、蝉の鳴き声に掻き消されそうな、細い渇いた声で、真美がつぶやいた。
「私にはねえ、恵美ちゃんがいるから、大丈夫よ……」
耳を澄ませて、それでも聞こえにくかったので、耳をぐっと真美の口元に近づけた。
「恵美ちゃんが……泣いてくれるから……私……」
真美が顔を歪め、息を吐きだし、ゆっくりと寝返りを打ちながら体を丸めた。ぶたれても蹴飛ばされてもじっと耐えていた、いつもの真美の姿からは想像できない弱り方だった。
私がこの子を守るしかないと思った。
私は、よろよろと立ち上がると、道路沿いの道に出るほうとは反対側へ歩き出した。人気があるのはそっちだろう、と思ったからであった。
暗くてどことなくじめじめした道を、意識を失いひっくり返りそうになりながらも、一歩一歩歩いた。少しでも気を抜けば、その場に倒れてしまいそうだった。真美が死んでしまうのではないかという恐怖、助けてくれる人が見つけられるのかという不安で、体が痺れるようだった。
耳の周りを覆いつくすような蝉の鳴き声の中に、ふと、人の声が混じったような気がした。足を止めてじっと聞こえてくる声に集中する。低い男の声だった。
まるで今にも切れそうな細い糸を手繰り寄せるような気持ちで、男の声のする方へじりじりと近づいて行った。声がだんだんはっきりとしてきて、私はついに小さな抜け道を見つけた。どきどきしながら道を通り抜けてみたが、そこには誰もいなかった。
「あれ……?」
目の前にあったのは、誰もいない、小さな公園だった。思わず黒いアスファルトの上にしゃがみ込みそうになったその瞬間、低い男の声が聞こえた。
「おう、お嬢ちゃん、どうした」
煙草を片手に持った、土木作業員のおじさんが、私を見ていた。
「あっ、あのっ、たすけて、ください!」
そのあと、私は作業員に抱えられながら、真美のいたところまで作業員たちを誘導した。すぐに警察や病院に連絡がされ、私たちは保護された。私たちは熱中症で、ともすれば命を落とすかもしれなかったところを助けられたのであった。二人とも何の後遺症もなく回復することができたのであった。
最初に私に気付いてくれたおじさんは、強面だったけれど、優しい人だった。「お嬢ちゃん、よく頑張ったね。よく助けを呼べたよ、こんなに体がしんどかったのに」と言って私の頭を撫でてくれた。私はそんな風にやさしくされたのが初めてだったのと、安心感が体の奥から湧き上がってきたのとで、赤ん坊のように泣きわめいてしまった。
私たちは親戚の家や施設を転々とした後、別々の家に引き取られた。頼りにしていた真美はそばにいなくなってしまったけれど、この壮絶な夏の日を思い出すたびに、私はまだやれる、生きていけるのだ、と思えるのである。