8.待機
恙無く、二日間の文化祭を終えて。
俺たちは、控え室として用意された空き教室で待機していた。参加者は、事前に情報が得られないように隔離されているのだ。
俺の隣では、武井さんが静かに目を伏せている。驚いたことに、彼女は俺と一緒に出場することを承諾してくれたのだ。部長から強く説得されたこともあるのだが、俺はそれでも望みは薄いと思っていた。
「武井さん……ありがとう。そして、ごめん。リアルで俺と一緒に居ることを強いてしまって……」
彼女はうっすらとだが自嘲気味に笑みを浮かべた。
「ううん……私は、自分でも変わろうともがいている最中だったから。こういう機会があったことは、プラスになると思っているの。だから、謝らないで」
俺は彼女の言葉が嬉しくて。思わず泣きそうになった。
そんな俺たちを、鳥居さんは恨めしそうに見て。その鳥居さんを、東は複雑そうな面持ちで見ていた。
やがて、生徒会の人たちが控え室に現れた。
「参加者は全員、今から配る装備を着用してください」
そう言って回されたブツは、ガンベルトが一体になったベスト状の物だった。
「右側のホルスターに入っている銃型のレーザーポインターが武器で、ベストにポインターが照射されると死亡判定となります。左側のホルスターに入っているのはバッテリーと通信機器で、全員の攻撃判定および被弾判定は全てワイヤレスでモニターされています。左利きの方は、配線が外れないように注意して、入れ替えてください」
俺は左利きだったから、おとなしくその指示に従った。
「これから、リアルバトルバディ大会を開催いたします。今回の舞台は、オンラインゲーム・バトルバディで言うところの、ミッションタイプを模したもので、いくつかのステージで構成されています。そして、時間短縮の為に、各ステージの入り口にヒントを置いています。各ステージに配置されている妨害役の人は、プレイヤーを視認するか、プレイヤーが言葉を発しなければ初期配置の場所から移動しませんが、プレイヤーが喋ると勝手に移動を開始しますので注意してください。そして、今回の競技は、制限時間六百秒のタイムアタックになります。最終ステージクリアまでの時間を競いますが、クリアタイムが同着か、クリアチーム不在の場合は、各ステージの進捗と、それまでの撃破数で勝者を決定します。つまり、クリアだけを考えるなら、ステージ条件に無い場合は妨害者を無視して進んでも構いませんが、クリア出来ない前提であれば、撃破数を稼いだ方がいいという事になります。なお、ペアの何れかが脱落した時点でゲームオーバーとなりますので注意して下さい」
隔離されていたから状況は全く判らなかったのだが、控え室から逐次呼び出されて、ゲームは進行している様子。
どういう順番なのかは判らなかったが、生徒会の方で勝手に決めているみたいだった。単なる申請順という訳ではなさそうだ。
「東君。事前情報から、何か対策みたいなもの、思いついた?」
俺たちの目の前では、鳥居さんたちが装備をチェックしつつ、話をしていた。
「いや……さすがに、フィールドを見てみないことには、何とも言えないかな」
色々と思案しているみたいだったが、緊張しているのか、何も思いつかない様子。
「うーん……それじゃあ……」
鳥居さんは俺たちの方を向いて。
「水鳥君。アドバイス、貰えないかな?」
彼女は俺の手を取って、懇願するように首を傾げた。
東は、その様子を憮然として見ていた。
「そうだな……実のところ、確定した情報は少ないから、言えることもあまりないんだが……」
俺の前振りに、東は鼻を鳴らす。
ただ、いくつか推察出来ることはあった。
「とりあえず……当たり判定かな。このベストだけが当たり判定であるのなら、ゲーム中とは勝手が違ってくる。頭や手を使ってガードすることすら出来そうだし」
「そんなことは判っているさ。だけどそれは、妨害側も同じことだろう?」
東が突っ込んで来た。
「いや、妨害側がそのことを生かすとは思えない。それだとゲームにならないから。だから、これは参加者側だけのメリットと考えていいと思う。もちろん、妨害側の的も小さいことには変わりないけどね。だけど、障害物があるなら、顔と手だけ出して戦えば安全に進められるだろう。時間との戦いでもあるけどさ」
制限時間付きのタイムアタックにしてあるのは、イベントにかかる時間だけの問題では無いのだろう。
「あと……」
武井さんが呟く。
「チャットはどうかな?」
彼女の発言が意外だったのか、鳥居さんと東は目を顰めた。
「そうだね。ゲーム中では、音声での会話とテキストメッセージは同列に扱われているけど、さっきの説明ではプレイヤーが喋ると、って言ってたから、文字で意思の疎通を図るのは大丈夫なのかもしれない」
それを聞いて、鳥居さんは小さく「あっ」と声を漏らした。
「武器についても、勝手が違うかな」
俺はホルスターから銃を抜いて、構えてみた。
「エネルギー無限のレーザー銃扱いなのか、弾数の制限とかリロードについては何も説明が無かったから、撃ち放題なのだろう。だから、精度とか気にせずガンガン撃てばいい。撃ってはいけない的とかあるなら別だけど」
「着弾も……」
「そうだね。ゲーム中だと、近くに着弾があれば気付けるようにエフェクトが掛かるけど、このイベントでそこまでやるとも思えない。それについては、プレイヤー側も妨害側も同列なんだろうけど、やはりガンガン撃てばいい仕様と言えるね」
思いつくことをただ並べ立てていただけなのだが、気がつけば鳥居さんたちだけではなく、控え室にいた全員に注目されてしまっていた。
「もういいわ……貴重な意見、ありがとうね」
鳥居さんはため息を吐いた。
残り人数も少なくなって。鳥居さんたちも、先ほど呼ばれて出て行った。
「……ちょっと……緊張するね……」
武井さんが呟く。
「ああ、そうだな。でも、俺はそれも含めて楽しいよ」
リアルで彼女と会話が出来ている。俺にはそれが嬉しくて。
恐らく、ゲームが始まってしまえば、いつも通り無言でプレイするだろう。そして、終わってしまったら、元の関係に戻ってしまうと思う。
束の間の邂逅。だけど、何か余計なことを話す気にもならなかった。
手が届くところに彼女が居て。そして、そのことを拒絶されずにいる。その状況が心から楽しかった。
やがて。
「次、文芸部の方!」
俺たちが呼ばれて。
「よし、行こうか」
右手を彼女に差し出す。彼女はその手を取り、
「うん」
微笑みながら小さく返事をした。