7.助っ人
鳥居さんと仲直りしたと言っても、別に何が変わる訳でも無かった。
学校では、時々他愛も無い話をするだけで。家に戻ってからも、ミトミトとしてリィナと話すことはしたが、ゲーム自体は一度もやらなかった。それでも、鳥居さんは不満を言わなかった。
そんな表面上は穏やかだった日々も、生徒会長の思いつきで大きく揺れてしまうことになった。
「リアルバトルバディ!?」
東から渡された紙を見て、鳥居さんが驚きの声を上げた。
「それ、生徒会が配ってたんだよ。今度の文化祭で、後夜祭的なイベントをやるんだってさ。なんでも会長の発案で、会長の家が全面的に仕切るらしいよ」
「会長の家って……あの御厨グループ?」
御厨グループ、か。確か、玩具開発の大手で、グループ内にはゲーム開発の部門もあった。そこがネトゲのバトルバディの開発にも一部携わっていた筈。
「そそ。あの会長って、サバゲとネトゲが大好きらしいんだよ。それに、会社でも企画に携わっているらしくてさ。この企画も、会長が会社に持ちかけたって噂だよ」
俺が聞いた噂だと、会長はお祭り好きで、自分でやるのも好きだが、自分が考えたことに人を巻き込むのはもっと大好き、というはた迷惑な内容だった。そしてそれは、今聞いた話をプラスしても全く違和感が無かった。
「それでさ。どういう形式で行われるかはまだ判らないんだが、出来たらその……一緒に出れないかな、と」
なるほど。それが言いたくて、わざわざその紙を持ってきたのか。
「えーっと……」
鳥居さんは暫し思案して。チラっと俺の方を窺って。
「……考えとく」
結論は出さなかった。
東はがっくりと項垂れて。
「……うん、考えておいてね」
と言い残して、ふらふらと出て行った。
彼女はそれを見送って。横向きに座りなおして、俺の方に身を乗り出した。
「聞いてた?」
「ああ、聞こえてた。会長のお祭り好きは聞き及んでいたけど。リアルバトルバディとは、ね」
彼女が言いたそうな事は判ったのだが、俺は、わざととぼけて見せた。
彼女は不満げに口を尖らせる。
「……いけず」
可愛らしく怒る彼女に、
「ぷっ」
隣の柏さんが噴出した。
文化祭の前日、全ての部に対して、生徒会が召集を掛けた。名目は、後夜祭イベントに関して。そして、時を同じくして、全校生徒に概略が書かれたプリントが配られた。
『クラブ対抗部費上積み獲得イベント、リアルバトルバディ開催決定! 期日は文化祭二日目終了後。このイベントは二人一組のチーム戦で、各部から一組だけ参加可能。条件は、少なくとも一人はこの発表時点で部員である者が参加すること。相棒は、生徒会を除いてこの高等部在学生であれば誰でもOK! また、チーム戦参加者以外でも、敵役も募集します。撃退人数上位者には、本校学食の食券が順位に応じて授与されます。参加希望者は、本日中に生徒会まで届け出てください。なお、参加されない方で観覧を希望される方及び出番が終わった方は、体育館でのモニター観覧が可能です』
受け取ったプリントを見て、会長の本気度に驚かされた。部費の上積み&食券という形にしてあるのは、恐らく賞品を現金で渡すことに問題があるからか。このタイミングになったのは、ギリギリまで調整をしていたのだろう。そして、どうやら完全に学校と御厨グループのオフィシャルイベントになっているらしい。プリントの裏に、細かい解説が書かれていた。
「本イベントは、御厨グループが開発した玩具の評価試験と、プロモーションを兼ねています。イベント中に撮影された映像は、CMや販促物として使用される場合があります。また、オンラインゲーム・バトルバディの運営会社及び版権元とも提携し、アミューズメントの展開も視野に入れており──」
などと続いていた。
そして、最後の方には手書きで、生徒会長からのアドバイスが書かれていた。
『各部に告ぐ。本イベントは、サバイバルゲーム及びオンラインゲーム・バトルバディの経験者向けに用意されている。部に経験者が居なければ、経験者をスカウトすることをお勧めする。バトルバディでミッションモードを経験した者であれば更に良いだろう』
つまり、バトルバディのミッションモードに類する形態のイベントだと言う事か。
生身でゲームと同じことが出来るとは思っても居ないが、それは妨害側も同じ条件だろうから、アトラクションとして楽しめそうではあった。
教室で文化祭の最終準備を進めていると、廊下を集団が走り回っている騒音が聞こえてきた。色んな部の連中が、イベント参加者のスカウトに駆けずり回っているらしい。部の中に経験者が二人以上居れば問題無いのだろうが、それほどプレイ人口が多いとも思えず。このクラスにはたまたま複数人居るのだが、他のクラスの状況など知る由も無かった。
そして。
教室の扉が勢いよく開かれて、上級生らしい女子が入ってきた。
「水鳥君って、居るかしら?」
見知らぬ相手に呼ばれて、戸惑った。それでも、
「はい」
と返事だけは出来た。
彼女は俺の前まで来て。
「あなたが……? うーん……大丈夫なのかしら……」
不躾に値踏みされる。意味が判らない。
「何か?」
「ああ、ごめんなさい。私は、文芸部部長の志賀です。イベントの相棒を探していたら、武井さんからあなたのことを勧められて、誘いに来たのよ。あなたもバトルバディの経験者なんでしょ?」
なるほど、武井さんから言われたのか。だけど、志賀さんの口ぶりからすると、志賀さん自身が出場するのか。そして、武井さんには、その気は無いらしい。
思案していると、そこに鳥居さんが駆け込んできて。
「水鳥君お願い! 私とイベントに出て!」
開口一番、志賀さんと俺の間に割り込む。志賀さんはムッとして鳥居さんを睨んだが、彼女はそれを無視した。
「美術部の人たちを説得していて出遅れてしまったけれど。私にもチャンスを頂戴……ゲーム中では、あなたの意向を尊重して、一緒にプレイすることは諦めていたけれど。こういうイベントなら、私の相手をしてくれてもいいでしょう?」
彼女の場合、イベントそのものよりも、俺とバトルバディをプレイすること自体を主眼にしているのか。それはとても光栄なことではあるのだが。
「私が先に誘っているのだから、割り込まないで欲しいのだけど」
文句を言う志賀さんに、
「こっちはこんなイベントに関係無く、二ヶ月以上前から誘っているんですけど?」
鳥居さんは食って掛かる。事情を知らない志賀さんは、眉を顰めるばかりで。
そんな俺たちの中に、更に割って入る者が現れた。
「鳥居さん、どうしてそんな男に頼ろうとするんですか。私がお供しますよ」
騒ぎを聞きつけてか、東が現れた。
「サバゲ経験者でもある俺なら、そんな男よりも絶対うまく立ち回れますから」
東は鳥居さんではなく、俺の方を見て、そう宣言した。
だけど鳥居さんは、今は俺とのことで頭が一杯な様子で。
「私は、水鳥君と、自分を試して見たいのよ! それに、リアルでこんなこと、誰もやったことが無いでしょう? 全員未経験者なのだから、こういう事態はランダムマッチの覇者である彼の独壇場だと思うのよ」
彼女は感情的になっているのか、俺のことを口走った。
「……あっ……ご、ごめんなさい」
直ぐにそのことに気付いて、彼女は俺の手を両手で掴み、拝むように謝罪した。だが、言ってしまったことはもう戻らない。
「まさか……お前が、ミトミトだと……」
東は目を見開いて、後じさった。
その言葉を受けて、
「ええっ!? あなたが、あの……!?」
今度は志賀さんが驚きの声を上げた。ランダムマッチの覇者、ではピンと来なかったのだろう。それでも名前を聞いて、それに思い当たった様子。
鳥居さんは、俺の手を掴んだまま、顔を上げた。
「バラしてしまってごめん。この償いは別に何かさせてください。だけど今は、私のお願いを聞いて欲しいの……」
懇願する彼女の様子に、俺は自分の姿を重ねた。
武井さんのことを求めてやまない俺と、俺を求める鳥居さんの感情が同じとも思えなかったが、それでも状況が似ている気がして。彼女に報いてあげたいと思う反面、やはり俺は、武井さんのことを求めていた。
「駄目よ。それを聞いたら、尚更譲れないわ!」
志賀さんは、俺を抱えるように腕を掴んだ。
何も言わない俺に、鳥居さんは涙を浮かべた。
「こんなイベントでも、あなたは彼女とじゃないと出たく無いって言うの? ゲームでならともかく、リアルで彼女がこんなイベントに出るとは思えないんだけど」
そう。俺は、武井さんとこのイベントに参加してみたい。だけど、彼女がそれを承諾してくれるかは微妙だった。そもそも、リアルでの接触は断られているのだ。それでも俺は、それを試すことにした。
「鳥居さん、ごめん。俺、君の言う通り、彼女としか組めそうにない……」
鳥居さんに頭を下げ、そして志賀さんに向き直る。
「志賀さん。俺、文芸部の助っ人をやること自体は吝かでは無いんだ。だけど、相棒があなたでは、ごめん……」
失礼な言い方ではあったが、正直に打ち明けた。
「私では不満? ……って、そうよね、ランカーのあなたとじゃ釣り合わないとは思うけど。……文芸部にあてがあるの?」
彼女は俺の含みに思い当たったのだろう。
「ええ。武井さんが出るのなら……俺は助っ人を請け負うよ」