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バトルバディ  作者: KARYU
5/10

5.NTの中の人

 午後の最初の授業は、水泳だった。今年のプール納め。

 全員で軽く一本流した後は、自由時間にして貰えた。

 俺は泳げない訳でもなかったが、特に泳ぐことが好きな訳でもなく。プールサイドでぶらぶらしていると、反対側で女子が手を振っていることに気付いた。

 鳥居さんだった。彼女は俺の方を見ながら、武井さんと話をしていた。おそらくバトルバディに係わる話なんだろうな。

 などと思っていると、鳥居さんが俺に向かって、何やら合図を送っていた。バトルバディの基本モーションで、『背後に注意』だった。直後、背後に気配を感じて、咄嗟に左へ飛ぶ。

 「あっ!」

 俺が元居たところにクラスメイトの誰かが倒れこんで、そのままプールに落ちた。おそらく、俺をプールに突き落とそうとしたのだろう。

 反対側では、鳥居さんがこっちを指差して、腹を抱えて笑っていて。武井さんも、微笑んでいた。

 そして、彼女らの背後にも、二人忍び寄っているのが見えた。

 俺は、一瞬躊躇して。そして、基本モーションではなく、NTと考えたモーションで合図を送った。

 『屈んで背後の敵を迎撃』

 彼女たちの反応は、対象的だった。

 鳥居さんは、合図の意味が判らず、首を傾げて。

 武井さんは、──唐突に座り込んだ。

 「きゃあ!」

 鳥居さんは後ろから突き飛ばされて、プールに落ちて。

 武井さんは座ったまま、自分に躓いた相手の後ろに手を回して、そのまま自分の背中の上を転がす様に、相手をプールに投げ落としたのだった。

 その結果を、俺は呆然と眺めていた。

 武井さんは、反対側の人たちに注目される中、ゆっくりと立ち上がって、俺の方を見て。

 鳥居さんは、プールを横切って、俺の前まで泳いで来た。

 「水鳥君酷いよ! 基本モーションしか私には判らないってば」

 彼女はそのままこちら側に上がりかけて、俺に手を取れとばかりに右手を差し出した。

 「ははっ、悪い」

 俺はその手を両手で掴む。

 「えいっ」

 彼女を引っ張り上げている最中。彼女は上がることをせず、勢いよく俺の手を引きながら、後ろに大きく伸び上がって、背中からプールに向かって飛んだ。

 「ちょっ……」

 不意を突かれ、俺には成す術も無く。空中で彼女と絡まりながら、プールに引き摺り込まれたのだった。

 突然の事態に、俺はすごく動揺して。それを自覚したから、息が続く間、俺は水の中で大人しくしていた。水の中から、鳥居さんが俺を指差しながら腹を抱えて笑っているのが見えた。


 放課後になって。俺は自分の席で、クラスの男子三人に囲まれていた。

 こいつらの名前は何だったかな……。よく見たら、プールで俺を突き落とそうとしたやつが混じっていた。

 これまで大人しくしていたから、こういう事態になる心当たりは、さっきの件しかなかった。

 その心当たりの当人は、今は居なかった。鞄はあるから、まだ帰ってはいないのだろうけど。部活かもしれないが、鞄を置いていくとも思えないし、そのうち戻ってくるだろう。彼女に戻って来て貰った方が、拗れなくて済む。

 彼らがどう出てくるのか待っていると、教室に東が入ってきて、囲んでいる連中に加わった。

 「お前、鳥居さんとはどういう関係なんだ?」

 まだ他のクラスメイトも残っているのに、大胆なやつだ。

 「どうって。最近、少し話をするようになったクラスメイトだけど?」

 人付き合いは未だに苦手だったが、こうはっきりと相手から意思表示して来る場合は逆にやりやすかった。

 俺の落ち着いた様子にカチンと来たのか、東が俺に食って掛かる。

 「とぼけるな! 鳥居さんは俺の女だ。だから勝手に近付くなって言ってるんだ!」

 ということは、他の三人は、東の取り巻きなのか。

 「そうなの?」

 俺は、東の背後に駆け寄って来た当人に問う。東が教室で騒いでるのを見て、慌てて入ってきた様子だった。

 「ち、違うわよ。東君が勝手に言ってるだけ」

 東は、驚きつつも、ムッとして。逆切れ気味に、

 「じゃあ、鳥居さんはこんなやつが好きなのか?」

 と俺の話題を振る。話を逸らす心算か。

 「ちょっと、そんなんじゃ無いんだってば。別に、水鳥君のことなんか、なんとも思ってないって。ただ、彼もアレをやってるみたいだから、仲良くしてあげてただけよ」

 彼女の、その上から目線の物言いにも、俺は別に腹も立たなかった。それが、この場を収めるための言葉ではなく本心だったとしても。だけど──

 「それに、水鳥君は、武井さんと仲がいいみたいだし?」

 プールでの合図のことを言っているのだろう。俺が、自分には判らないが武井さんには判る合図を送ったことを指して。だけどそれは、俺はそうなると判っていてやったのでは無いのだ。ただ、確かめたくて、そうしてしまっただけで。

 だが、そんなことより。俺は、この場では関係無い武井さんのことを持ち出したことに、──ものすごく腹が立った。

 俺はガタッと大きな音を立てて、勢いよく立ち上がった。

 そして、鳥居さんに文句を言おうとした時。俺を囲んでいる連中の背後に、武井さんの姿が見えた。彼女は俺に向かって、NTと二人で考えた合図を送った。

 『落ち着いて、周囲の状況を確認せよ』

 「……水鳥……君……?」

 俺の様子がおかしかったのが見て判ったのだろう。鳥居さんは、不安気に俺を見て、恐る恐る手を伸ばしていた。

 俺は、それを無視して。自分の鞄を掴むと、そのまま教室を飛び出した。


 その日の夜。俺は、ログインしたままずっと彼女を待っていた。フレンド相手だと、ログイン状態が判るから、ただそのまま、俺は待っていた。

 現実ではひっそりと過ごしていた彼女を、あんな風に巻き込んでしまって。もう来てくれないかもしれないと思ったが、それでも待っていた。

 やがて、彼女はログインしてきた。

 「話……出来るか……?」

 ログイン時のパーソナルルームは、フレンド同士は操作一つで遠隔でも会話が出来るようになっていたので、俺は勝手に会話を始めた。

 「うん……大丈夫、だよ……」

 彼女は力なく返事をした。

 「あんなことがあったから……今日は来てくれないかと思ったよ……NT……いや、武井さん」

 彼女の名を呼ぶ。

 「駄目よ。ゲーム中はハンドルで呼ばなきゃ……マナー違反よ」

 彼女は、音声のフィルターを外した。リアルで彼女の声を聞いたことは殆ど無かったが、それでもそれが素の声だと判った。

 「ごめん……じゃあさ、リアルで話掛けてもいいか?」

 「それも……駄目。私は……ここでは普通に話が出来ても……リアルでは……臆病で何も出来ないの」

 そう。俺にもそれが判っていたから、鳥居さんが彼女を巻き込んだことに腹が立ったのだ。

 「じゃあ、俺は……君の名前を呼ぶことすら許されないのか……俺の心は……君を求めてやまないのに」

 自分で思っていたよりも、俺はNTに執着していたらしい。そしてそれが、身近にいる存在だと判明して、我慢が出来なくなっていた。

 自分でも意外だった。これまで、誰とも親しくせずにいて、特に苦痛にも感じていなかったのに。NTに接近を拒絶され、胸が締め付けられる。

 「いつもの、冷静なあなたはどこへ行ったの? 確かに、あなたと私は……すごく息が合っていて……特別な存在に感じられた。だけど、それはここだけの話で……リアルにその感情を持ち込んでは、駄目よ」

 「そんな……」

 ゲーム中には反映されないが、現実の俺は、涙を流していた。多少鼻声にもなっていたから、彼女には気づかれているかもしれない。

 「君は傍にいるのに……俺はずっと……それに耐えなければいけないのか……」

 手を伸ばせば届く所に君が居るのに。

 いつの間にか、俺の中でNTの存在がここまで大きな物になっていることを、今更ながら自覚した。

 「先のことは判らない……だけど、それにあなたが耐えられないのなら……私はあなたの前から去らなければならなくなる……」

 「やめてくれ!!」

 思わず叫ぶ。

 「それだけは……やめてくれ……俺は……それだけは耐えられないよ……」

 「でも……会話はここだけで……リアルでは無視して……くれるの?」

 それは、とても残酷な話で。だけど俺は。

 「君を失わずに済むのなら……我慢するよ。だけど、普通のクラスメイトとしては……最低限の接触はさせて貰うよ」

 「判った……ごめん、今日はもう落ちるわ……おやすみなさい」

 「ああ。おやすみ……」

 彼女はログアウトした。


 二十二時を過ぎて、リィナからメールが届いた。

 『相談したいことがあります。話を聞いて貰えませんか?』

 だけど俺は。彼女のことが今は許せなくて。

 『リアルで機嫌が悪い。当分係わらないでくれ』

 そう返事をしたのだった。

 先日リィナと交わした会話で、彼女が言っていたリアルの出来事。偶然にしては一致し過ぎていたから、俺はそれを俺とのことだと確信していた。そして、当事者は、鳥居さんと武井さんの二人だけ。初めは鳥居さんがNTなのかと勘違いしていたが、それは武井さんだったから、残る鳥居さんがリィナということになる。

 気付いてしまえば、何のことは無い。リィナとは鳥居さんの氏名から取っただけなのだ。鳥居奈那子──『とりいななこ』の二文字目から。

 だけど俺は、事実関係を彼女に打ち明ける気にもならなかった。それを振りかざすのは、下種な気がして。

 だから、係わることだけを避けたのだった。


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