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バトルバディ  作者: KARYU
4/10

4.遭遇

 掃除の時間。廊下で窓を拭いていると、ゴミ箱を抱えた鳥居さんたちがこっちに向かって歩いて来るのが見えた。鳥居さんと、もう一人は誰だったか。鳥居さんと目が合う。

 そちらを見ていて。手前の階段でふざけて遊んでいる連中が、上の方から彼女たちが来る方に向かってジャンプしようとしているのが見えた。歩いている鳥居さんたちと、ぶつかりそうなタイミング。そして、それは彼女たちからは死角で見えていない。

 慌てた俺は、咄嗟に手で合図を出してしまった。バトルバディで基本モーションと呼ばれる、チュートリアルで教わるやつだ。『その場に留まれ』と『(そっちから見て)右に注意』と合図。それを見て、彼女らは足を止めて。その直後、ジャンプしたやつが彼女らの目の前に飛び込んだ。

 「きゃあ!」

 「うわっ!」

 鳥居さんと、着地した男が同時に声を上げた。

 「……危ないじゃないの。気をつけてよ」

 鳥居さんは胸を撫で下ろすと、男に注意した。

 男は一言「ごめん」と謝罪して、他の連中と一緒に自分らの教室に戻って行った。

 鳥居さんは小走りに俺のところまで寄って来て。

 「水鳥君、ありがとう。あなたもバトルバディをやっていたのね。そのおかげで助かったわ」

 彼女は俺の肩をポンと叩くと、ゴミ箱を抱えて教室に戻っていった。やはり、彼女はバトルバディで遊んでいたのだ。

 俺と同級で、イニシャルがNTの彼女。ちょっと短絡的過ぎる気もするが、どうしても考えてしまう。

 だけど、考えなければいけないことは増えてしまっていた。もう一人、俺の合図を理解した女性の存在。彼女は、こちらに向かってゆっくり歩いて来て。俺に向かって、ペコリと頭を下げ、教室に入って行った。

 その女性は、クラスの中で、俺以上にぼっちだった。普段誰とも話さず、俺も彼女と話をしたことは殆ど無い。彼女の名を思い出す。彼女の名は、武井渚。そのイニシャルは──NTだった。


 ***


 帰宅して、直ぐにバトルバディにログインした。別に、それで何があるという訳でも無かったのだが、気になって仕方が無かった。

 新着メールは数件来ていたが、NTからは無かった。代わりに、という訳ではないが、リィナからのメールが来ていた。

 昼間の、俺の返信に対して、

 『今日は他の仲間と数プレイ遊ぶ予定です。時間を空けておきたいので、都合がいい時間を教えていただけると嬉しいです』

 他の仲間、という表現にほくそ笑む。既に、俺のことも仲間扱いしているのか。

 NTは、平日はいつも二十二時までにはログアウトするので、リィナへは『二十二時過ぎあたりで』と返信した。

 リィナからは直ぐに『了解です。また、連絡します』と返信が返って来た。


 ログインしたまま呆然と待っていたのだが、NTはログインして来なかった。

 二十二時になって、リィナからまたメールが届いた。

 『九十一番で待ってます。パスは教師で』

 思わず噴出してしまった。教師って。一昔前の用語。今でも使われているのか?

 九十一番というのは、ゲーム内での個室番号のことだ。プレイ時間がある程度経過すると開放される機能で、多人数が同時に話せるロビーとは別に、少人数で落ち合う場所が用意されているのだ。空室は自由に使えて、最初に入った人が部屋の名前とパスワードを設定して使う様になっていた。

 個室へ進む。現在の入室者数は一人。誰が入っているかは外からは判らない様に設定されていた。

 パスワード要求に今日の月日を入力して、中に入る。

 「来て……くれたんですね」

 初めて聞く、リィナの声。彼女も声を弄っている様子で、やたらと甲高い。TVでよくある、プライバシー保護のため、という理由で変換しているような、あんな声。

 「約束したからね。……信用無いんだな、俺」

 そもそも会わないのなら返信しない。

 「あ、いえ……。すみません、ずっと無視されてたから、半信半疑だったので……あっ、そういう意味じゃなくて……」

 暗に、俺のせいだと言っている風になり、彼女は慌てて言葉を濁した。

 「まぁ、いいさ。それで、俺なんかとしたい話って?」

 ちょっと冷たい言い方になってしまったが、そもそも中の人に興味がある訳では無いだろうという思いが先にあった。

 「あ、あの……」

 彼女は言いかけて。咳払いをして、仕切りなおした。

 「すみません。若輩者ゆえ、こんなときどう切り出せばいいのか戸惑ってしまって……」

 「若輩者って……。それは実年齢について言ってるんじゃないんだろうけど。多分、実年齢もたいして変わらないと思うよ」

 「そ、そうですか? 私、まだ十五なんですけど……」

 彼女も同世代か。

 「それって、中三? 高一?」

 「高一です」

 「それなら、俺と同じだね。俺も高一なんだ」

 「ええっ?」

 驚かれる程、俺の声は爺むさいのだろうか。俺は、声にフィルターは掛けていない。生の声とは若干違って聞こえるかもしれないが、電話口ででも話したことがある相手だったら、俺だと気付くだろう。

 「そう……なんですか。このゲームをやってる高校生って、結構いるんですね。うちの高校にも結構いるみたいで。私のクラスにも何人かいるんですよ。他のクラスでやってる人も知ってますし。今日も、さっきまでうちの高校の人と遊んでいたんですよ。私はあまり乗り気じゃなかったんですけど、あと一回やろう、って何度も迫られて。結局三回も付き合わされたんですよ」

 なんだか言い方がいやらしいな、などとくだらないことを考えてしまった。

 同学年と知って、少しは話を続けることに安心したのだろう。次第に口も滑らかになって。

 「今日はクラスメイトが、このゲームのモーションを使って、私が誰かとぶつかりそうになっていることを教えてくれたんですよ。そのおかげで、事故を回避できて。ゲームのことがリアルで役に立つなんて、初めてでしたよ」

 えっ……?

 彼女が漏らす個人的な情報に、思わず息を呑む。声は出さなかったから、相手に気取られては無いだろうけど。

 「あっ、そんなこと、どうでもいいですよね、すみません。お話したかったことは、ゲーム中でのコンビネーションについて、なんですよ。どうすれば、あんな風に、息が合ったプレイが出来るのか。その、コツを聞きたくて……」

 さっきの言葉が気になって、頭が回らない。言葉は聞こえていたが、思考が追いつかない。

 「ミトミトさん……?」

 彼女が不安げに問う。俺が黙り込んでしまって、彼女を不安にさせてしまったらしい。

 「あ、いや、ごめん。コツとか言われても、実のところ意識したことが無いんだよ。そもそも、俺たちは初めから息が合ってたからさ」

 そう。ランダムの抽選で偶然一緒になっただけのあの時から、俺たちは息が合っていた。

 「うーん……。やっぱり、あのランダムマッチが初顔合わせなんですね。データ上そうなっていましたが、とても信じられなくて……」

 俺はプレイ履歴について特に非公開設定にはしていなかったから、暇な人がそれを辿って見れば、あれ以前にNTとのマッチングは無いことも調べられるのだ。彼女がその暇人だったみたいだが。

 「ああ。だから、偶然なんだよ。俺とNTが同じ様な思考パターンなことも。俺が、自分と息が合う存在と出会えたのも。だから、俺はNT以外の誰かと一緒にプレイしても、同じことは出来ないんだよ。それが判っているから、あれ以降、他の誰とも一緒に遊ぶ気にはなれなくて。それは、リィナでも同じ」

 「本当に……そうなんでしょうか……?」

 彼女は尚も食い下がる。

 「私、あなたたちのリプレイを見て。すごく、羨ましかった。とても、気持ちがよさそうだったから……私も、あんな風にできないものかと、ずっと思うようになって……。もちろん、息が合ったとしても、行動力が伴わないと駄目なことは判ります。私にその行動力があるか、自信ありませんし。そして、他人と合わせることの難しさも。だけど、それが既に出来ているミトミトさんとだったら、あたしでも頑張ればそれなりに出来るんじゃないか、なんて、勝手に思ってしまうんです……」

 「ごめん。俺、そこまで誰かに合わせることが出来るとは思えないんだ。そして、他の誰かとプレイすることで、自分のパターンが変わってしまうことも恐れていて」

 そう。今のところは、NTと息がピッタリ合っている。そして、それを失いたくなかった。

 「だからさ。この先ずっとそうしているかは判らないけど、当分の間は、NT以外とは、無理。彼女も学生だから、なかなか遊べなかったりするんだけど、もし彼女がこのゲームを引退してしまったら、俺も続けるかどうか判らない」

 俺の中ではそれくらい、このゲームではNTの存在は大きかった。いや、既にそれ以上の存在かもしれない。ゲームに関係なく、NTと会ってみたいと思うようになっているほどに。

 「そう……なんですね……。ごめんなさい、わがままを言って」

 彼女は消沈した様に、その音量が下がった。

 「だけど、時々でいいから。こうして、またお話しさせて貰えませんか? もちろん、下心はありますが」

 正直に話す彼女に思わず噴出す。

 「あなたが宗旨替えをするか、お互いのことをもっとよく知って、息を合わせる自信がついたら、改めてお願いします」

 どう言っても引きそうには無かったから、その辺りが落とし所か。

 「わかった。それくらいなら、構わないよ。もちろん、俺が暇なときに限らせてもらうけど」

 「はい。ありがとうございます」

 彼女はアバターをお辞儀させた。



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