10.リザルト
出番が終わった俺たちは、体育館に案内された。
そして、俺たちが中に入ると、──割れんばかりの歓声を浴びせられた。こういう形で注目されたり、歓声を浴びせられることに慣れていない俺だったが、隣の武井さんが気になってそれどころでは無かった。彼女は、俺など比較にならないほどこういう事が苦手で。すっかり固まって動けなくなっていた。
壇上にはスクリーンが降ろされていて、イベントの様子が複数のカメラで映し出されていた。それで俺たちがクリアするところを見て、この喧騒になっているらしかった。
生徒会の人が俺たちを手招きしていて。俺は、武井さんの手を強引に握って、彼女を引っ張るように歩き出した。彼女は、嫌がらずに俺に従ってくれた。
案内された先には派手な椅子が二つ用意されていて、そこには鳥居さんと東が待っていた。どうやら暫定一位の席らしく、俺たちが来るまでは鳥居さんたちが座っていたらしい。
鳥居さんが俺たちに座るように勧めて。
「……悔しいけど、私ではあなたの相棒は務まらないみたいね。……今のところは」
彼女はまだ諦めてはいないらしい。何が彼女をそこまで駆り立てているのか判らなかったのだが、それでもその気持ちを嬉しく思ってしまう。
だが、それを受けて。
「……浮気しちゃ、嫌……」
喧騒の中、ぼそっと呟く武井さんの言葉を、俺は聞き逃さなかった。
俺は、武井さんを笑顔で見つめて。
武井さんは照れたように俯いて。
鳥居さんは口を尖らせて俺たちを見ていた。
結局。俺たちより後の組は誰もクリア出来なくて、そのまま俺たちの優勝が決まった。
優勝者のインタビューらしきことをやるのだろう、俺たちの周りでスタッフがマイクやカメラのセッティングをしていた。
だが、前半にプレイした参加者たちからクレームが入った。
八百長疑惑らしい。
「御厨、待機室にいた連中には、プレイ内容は知られない筈だったよな?」
前半の連中を代表してか、サッカー部の部長が会長を相手取って、詰問した。
「もちろんさ。参考にでもされたらゲームバランスが崩れるからな」
会長は当然とばかりに、不敵に笑う。
「だったら、どうして後半の連中は、あんなに成績がいいんだ? 前半は体育系の部活が集中していた。少なくとも運動能力において後半の連中よりは優れている筈だ。文科系の連中に、ハンデかなにかつけたのか?」
「これはゲームだからね。運動能力が戦力の全てでは無いのだよ」
会長は眼鏡を右手で顔に押し当てて、何かのキメ台詞っぽいこと口にした。眼鏡がキラリと光る。
「現に、優勝者の二人は、運動能力的には平均的な成績だったよ」
入学してからの、俺と武井さんの成績表らしきデータを会長は手にして、解説した。それって、個人情報とかじゃないの?
そこに、鳥居さんが割り込んだ。
「私たちを含め、後半の人たちの成績が良かったのは、その二人からアドバイスを貰ったからよ。与えられた情報から、考え得る対策を」
「その二人が怪しいっての」
今度は女子陸上部の部長が割り込む。
「いくらなんでも、その二人は『出来すぎ』なのよ。事前に、何度も練習しているとしか思えない」
「おいおい、上場企業の情報漏えい対策がそんなにずさんな訳が無いだろう。それに、お祭り好きのこの僕が、そんな無粋な真似をするとでも?」
会長に睨まれて、女子陸上部の部長が怯む。会長の悪名は有名だった。
「大体、体育系の君らは、僕のアドバイスを無視しただろう? 僕は言った筈だよ、バトルバディ経験者を出場させるべきだと。もっとたっぷり時間を掛けられるイベントに出来たなら、ここまで差はつかなかったのだろうけどね。持ち時間が少なかったから、ゲーム的な要素が強くなってしまって、ゲーム未経験者との差が大きく出てしまったのさ。文科系にゲーマーが多かったこともあるのだろうけど、多くの部は経験者を助っ人に入れている。それが、この結果だよ」
会長は、出場者全員の個人情報をどこからか入手しているらしい。手にした資料を捲りながら、皆を見回した。
「そして、優勝者の二人は、バトルバディではすごく有名なプレイヤーなんだよ。学校では、彼らは話をしたことすら殆ど無いらしいのだが、ゲームの中では今回のイベント同様、会話を交わす必要すら無いほど息が合ったペアらしいよ。それも、初めて出会った時から、ね。八月に、彼らが初めて会ったときに叩き出したランダムマッチのスコアは未だに破られていない」
体育館のそこかしこから、驚きの声が上がる。大半のバトルバディプレイヤーは、今の会長の説明だけで俺たちのことが判った様子。次第に増す喧騒に、体育系の連中は何事かと周囲を見回した。
会長に二人の素性をバラされて。俺は会長に食って掛かろうと身を乗り出すが、会長はそれを手で制した。
「もう素性を隠す意味は無いと思うよ、お二人さん。今回のイベントで撮影した映像は、大々的にプロモーションで使わせてもらうからね。中の人の方が有名になるんだから、ゲームでの素性を隠す意味があるとは思えない」
そこまで会長に言われて、ようやくこのイベントの意味が判った。
「……私たち……会長に嵌められたのね」
俺の代わりに、武井さんが呟く。その音声は、マイクに拾われて、体育館に響いた。儚げな彼女の声の響きに、喧騒が静まった。
そう。このイベントは、御厨グループのプロモーションに俺たちみたいなランカーを駆り出す意図があったのだ。
「ははっ、バレてしまったか。だが、僕は強要した訳では無いからね。あくまで、君たちの意思で僕の思惑に乗ったのだから、もう遅いよ。それに、今回のことは、君たちにもプラスになったと思う。存分に楽しめただろう?」
悪びれもしない会長の言葉に、俺と武井さんは見つめ合って。小さくため息を吐いて、頷くしかなかった。
***
イベント以降、俺と武井さんは、周囲から多少冷やかしの言葉を掛けられるようにはなったものの、俺たちの関係はそう大きく変化した訳でも無く。未だに武井さんは一人でいることが多かった。
だけど。
鳥居さんが俺と一緒に居ると、彼女は時々割り込んで来るようになった。
交わす言葉は少なかったが、それでも意図して接近してくれる。俺には、それが嬉しくて。
鳥居さんも、最近ではわざとやっている風にも見えた。
「武井さん、もっと頑張らないと、私が水鳥君を取っちゃうよ?」
そう嘯く彼女に助けられて。俺たちは少しずつその距離を縮めて行くのだった。
これにてお終いです。
読んでいただけた方、ありがとうございました。
プレイ人口があまり多くは無いという設定の割りに、一つの学校にプレイヤー数が多いとは思いますが、元々協力プレイ専用ゲームなので友人知人を誘ってプレイする、みたいな状況になるだろうからプレイヤーは集まりやすい、という考えで書きました。




