アッシュとフローラ
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今回は幼い頃のフローラと、アッシュの出会いの回想です♪
「いやー、あのときは驚いたぜまったく。助けてみたら、この国のお姫様だったんだからな」
そう笑いながら、アッシュは結衣に当時のことを教えてくれた。
たまたま常連さんの家に商品を届けた帰り道。路地裏を通って帰る途中で、どこからか女の子と男の話し声が聞こえてきた。
なんとなく気になって様子を伺ったところ…
「な、この美味しいお菓子をもっと食べたくねぇか?」
「うん、食べたい!」
「じゃあ俺様と一緒に向こうの家まで取りに行こうや」
「分かった!いいよ!」
フードをかぶった女の子が、まさに今怪しげな男に連れ去られそうになっている場面に遭遇。
遭遇したからには放ってはおけないわけで…
「おいそこの兄ちゃん。その子を連れ去ってどうするつもりだ?」
「あ゛?誰だテメー。んなことテメーに関係ねぇだろ!?」
見つかったことに焦りを覚えたのか、男はアッシュに殴りかかって来た。
だがアッシュが一歩もそこを動く気配はない。
それを恐怖で動けないのだと勘違いした男は、そのまま足を止めることなく突っ込んでくる。
そして、振り上げられた男の拳は、身長差的な問題で、アッシュの胸に直撃したのだった。
数秒後…
「いってぇっ!!なんだこりゃ?!どうして殴った方の俺様が傷付いてやがる?!」
痛みで叫び声を上げたのは、アッシュではなく男の方だった。一方殴られたアッシュの方はびくともせずに、ただ男を見下ろしている。
「誘拐企ててる割には情けねぇ。一般市民に攻撃をして負けるなんざ、情けなくて仕方ねぇな」
「るせぇ!その胸の強度がおかしいんだろうが!テメー一体何者だ?!」
「あ゛?しがない果物屋の店主だが」
「嘘つけ!果物屋の店主がこんな“熊”みてぇな体格はおかしいだろ!」
ピキッ。“熊”という単語を聞いて、アッシュの額に怒りのマークが刻まれる。
「じゃあ…お前は熊に刃向かったってこったな。上等だ、熊の怒りを思い知れ!!」
アッシュの拳が、男に向かって振り上げられる。
「ひぃっ!」
まさにアッシュが拳を振り下ろしかけたそのとき…
「だめ!」
それまで不安げにこちらを見ていた女の子が、突如制止の声をあげた。それに驚いてアッシュは拳を振り下ろすのを止め、その恐怖から解放された男はチャンスとばかりに逃げ始める。
「あ、おい待てこら!」
「だめー!熊のおじちゃん!」
追おうとするアッシュの洋服の端を引っ張り、女の子は拒否するように首を横に振った。
「あの人は美味しいお菓子をくれただけだよ。だからおじちゃん達が喧嘩することないの!」
「い、いやそうは言ってもなぁお嬢ちゃん。悪いがあいつはお前さんをどこかへ連れ去ろうと近付いてきたんだぞ?お菓子は、下心あっての行いだ」
「した…ごころ?よく分かんない!」
ぶんぶんと首を振った拍子に、女の子の被っているフードがスポッと外れた。そのせいで、今までフードで隠されていた髪の色が露わになる。
「は?!翡翠色の髪だと?!ま、まさかお嬢ちゃん…お名前は…?」
「フローラだよ、熊のおじちゃん!」
にこっと笑顔で、サラッと爆弾発言をした女の子の正体に、アッシュは危うく大声で名前を復唱しかけた。それを気合いで押しとどめ、改めてまじまじと彼女を見やる。
「み、見間違えじゃないようだな。いや、ということはこの国の姫が危うく誘拐されかけてたってことになる。見間違えの方が良かったのかもな…」
「ねぇねぇおじちゃん、熊さんなのに丸いお耳はー?」
「つーかどうしてこんな城下町に一人でいるんだ?姫様なんだから護衛がいないとマズいだろ」
アッシュの疑問をよそに、当の本人は、“尻尾はー?どこー?”などと言いながら、アッシュの周りをグルグルと回っている。
さてどうしたもんかとアッシュが考え込んでいると、こちらに向かって駆けつけてくる数人の男の姿が見えた。
「ご無事ですかーっ?!」
そんな彼らを見てフローラは、
「あーあ、もう見つかっちゃった…」
と不満げだ。
「おいおい、まさか誰にも言わないで来たとか言わねえだろうな…」
「うん!“おしのび”っていうのをやってみたかったのー!だから誰にも言わないできたよ?」
「…そうか」
なぜか自慢気に語るフローラを見ながら、これからも彼女に振り回されるのであろう周囲の人間に、心から同情するアッシュであった。
そして同時に、疑惑の目でこちらを見てくる衛兵達に、どうやって納得してもらえるだろうと悩む。
だが事情を尋ねた衛兵にアッシュが話す前に、フローラが口を開いた。
「このおじちゃんは悪い人じゃないよ!えーっと…お菓子は…した…ごころ?って教えてくれたもん!」
フローラの曖昧な言い方により、アッシュに対する衛兵達の疑惑は、より一層深まる。
「なに?!貴様やはりお菓子で姫様を誘拐しようと!」
「いや俺はしてねぇーよ!むしろその現場を止めたのが俺だからな?!…頼むから誤解されるような言い方はよせよお嬢ちゃん!」
「姫様に向かってなんて態度だ!やはり貴様っ!!」
「だから否定してるだろうがーっ!」
両者ともに落ち着いて、フローラのより詳細な説明によりアッシュへの疑惑が晴れるまで、それから優に十数分を要したのだった…。
ちなみに余談ですが、このアッシュと出会ったお忍びが、フローラのお忍びデビューだったりするのです笑