決裂
ガヤガヤとした町の喧騒が、三人の沈黙の間を埋めていく。
その間にも結衣はクラインが放った衝撃の内容に、どう反応すべきか迷っていた。
(な、何を言ってるのかな?この男は。私の耳が正常なら、専属騎士を辞めるとか聞こえたんですけど?!)
「二人して何呆けてるんだ。聞こえなかったのか?俺は明日の結婚式が無事終わるのと同時に、騎士の仕事を辞めると言ったつもりだぞ」
「何故にそのようなおぞましい行為を!クラインが騎士辞めちゃったら、姫と騎士の甘々な日々が見れないじゃん!」
「は?」
「……あ、いや何でもない何でもない!」
(つい本音が出てしまった────って、あれ?“二人”して?ま、まさか……)
結衣が恐る恐るフローラの方を見てみると、彼女は顔を伏せながら口を開いた。
両手はキュッと握り締められて、わなわなと小さく震えている。
「……クライン、それはいつ決めたことなの?」
静かな、でもわずかに威厳を感じる声音で、フローラ姫はクラインに尋ねる。
その目はクラインが騎士を辞める件について、何も知らなかったことを物語っていた。
「……お前が隣国の王子と結婚すると、決まった時だ」
「そんなに……そんなに前から?何故なのクライン!一体どうして────」
今にも泣き出しそうな彼女の顔に、クラインは罪悪感に苛まされて、ふぃと目を背ける。
「この話は誰にもしてない。全て、俺自身で決めた……悪いな。これからのお前を側で見ていることは、どうやら俺には出来そうにないらしい」
(それってクライン、姫様のことを……これは何とかしてあげたい。だってどこかの知らない王子より、私はクライン推しだもん!)
結衣が心の中でクライン推しを叫んでいる間にも、二人の話は進んでいく。
「……そう、止めても無駄なのねクライン────私、お城に帰るわね」
泣きそうなのを我慢して、フローラ姫はクラインの顔から目をそらす。
ついて行く、と言ったクラインの言葉を拒否し、フローラ姫は一人で歩き始めた。
彼女を追いかけようとしたクラインの足は、何かに阻まれたかのように止まったままだ。
「くそっ……すまないユイ、俺が行くより今はお前の方がいいのかもしれないな────頼む、俺の代わりに彼女の側にいてくれないか?」
「えっ、私?」
有無をいわせぬ彼の懇願に、結衣はかなり驚いた。
(今日会ったばかりの怪しい私に頼むなんて……クラインは相当姫様の拒絶が応えたみたいね)
「お前に行く義理がないことくらい、分かってる。今日会ったばかりの人間に頼む内容ではないこともな」
だが、とクラインは続けた。
「お前が信用に値するやつかどうかくらい、目を見ればわかる。今はお前に頼むしかないんだ!」
どうか頼む、とクラインは結衣に頭を下げる。その様子を見て結衣は、ふっと微笑んだ。
(大丈夫、私の答えは決まっているよ)
「うん、任せて!」
クラインを安心させるように、しっかりと頷き、結衣は姿が見えなくなりかけているフローラ姫の後を追う。
「フローラ……ごめんな」
その後ろ姿を見送りながら、悲しみを押し殺したような声でクラインは一人呟くのだった────。